☆ 第26話 三途の川
僕は花畑にいた。見渡す限り、色とりどりの花が咲き誇る草原に。
名前も知らない花の間を進むと、小川のせせらぎが行く手を阻んだ。
――なに、なんてことはないさ。たかだか数歩で渡り切れる。
見たところ大した深さもないようなので、靴を履いたままで足を踏み出した。同時に慣れた友の声が聞こえた。
「おい、こっち来んな」
「キモいぞ。早く帰れよ」
口々に暴言をぶつけられ小川の向こうを睨み付ける。友人たちが顔を歪め、あっちへ行けと合図を送ってきていた。
何を、と僕はさらに一歩を踏み出す。
「イヤァっ」
女の子の悲鳴が空を切り裂いた。顔を覆い崩れ落ちたのは、見紛うこともない。僕の片想いの人だった。
「来ないで、お願い……」
彼女は、震える声で懇願する。
どうして僕はここまで嫌厭されなければならないのだろう。一体何をしたというのだ。
うつむくと涙が落ちた。川に落ちた涙は、清流と同化して流されていく。震える肩に力を込め、顔を上げる。
涙で潤んだ視界に映ったのは、荒れ果てた土地だった。空は紫に染まり、枯れ木の枝が死神の手のように僕を招いて揺れる。
ぼろきれのような服を着た友人や彼女が、必死に僕を川の向こう側へ戻そうとしていた。
――ああ。これは三途の川だ。
僕は直感で理解し、踵を返した。
「そうだ。お前なんて行っちまえ」
友人の悲しげな声に背中を押され、花畑を駆け抜ける。
目覚めると、いつものベッドの上だった。誰も死んでいないし、怪我もしていない。それだけはすぐに確認した。
なのに、僕の寝巻の裾は雫が落ちるほど濡れていた。