ショートショート「妹」
俺には妹がいる。
妹は、中学二年生の、十四歳。
俺より二歳年下で、生意気だけど憎めない存在だ。
去年の秋。
妹は、他の人と違う体験をする。
その時。俺は、必死だった。
とにかく必死だった。
頑張ればなんとかなると思ってた。
…だけど、現実はそう甘くない。
妹は、中学一年生の秋。
ある宣告をされた。
「あなたは癌で、余命は2ヶ月です。」
中学一年生には、余りにも重い宣告だった。
妹が、医者から話を聞いたあと、俺は妹の病室に行った。妹は、笑っていた。
「私ねー、癌なんだって。余命、2ヶ月なんだって。
笑っちゃうよね!
昨日まで普通に友達と喋ったり遊んだりしてたのに、今日からそんなこともうできないってさ。
あ、でもお兄ちゃんにとってはラッキーだった?ウザくてムカつく妹がいなくなるんだもんねー!」
「……んでだよ…」
「……へ?」
「…何で死ぬって分かって笑ってられるんだよ!お前は悲しくないのか?2か月後にお前はここにいないかも知れないんだぞ?
俺がお前が居なくなって喜ぶと思うのか?喜ぶわけないだろ!
何でもっと…もっと…悲しまないんだよ…」
「…私が余命宣告されて、一番に思ったのはね、今までお世話になった皆に、感謝と恩返しすることなの!
この13年間でお世話になった全員にだよ?
特にね、お兄ちゃんには、たくさんお世話になったから、私が一杯笑ったら、俺も幸せになるって、お兄ちゃん言ってたよね?だから、お兄ちゃんの前では、たくさん笑うこと、決めたんだ!だから、悲しくなんてないよ?」
「…でも…」
「…んー?」
「…でも本音は?本当に悲しくないのか?文句なんてないのか?本当は…死にたくなんかないんじゃないか…?」
「…えへへ、やっぱりお兄ちゃんには嘘…つけないね…。
…………ほんとはね…何で私だけ、って思った。
まだ若くて、恋も結婚も義務教育を終わってすらないのに、何で私だけ死ななきゃいけないの?
死ぬって、何なの?
本当は、すごく怖いよ。もう、明日なんて来なければいい。永久に今、時が止まってしまえばいい。
本当は…まだ…死にたく…ないよ…
もっともっと…皆とお喋りしたり、おしゃれしたりしたい。
もっともっと、お父さんとお母さんにありがとうって言って、恩返しがしたい。
もっともっと、お兄ちゃんと遊びたい。
もっともっと…生きて、いたいよ…」
「…そっか…」
「…うぅ、うぇーん!」
「…紗英。」
「…何…?」
「…お兄ちゃん、今日から毎日ここくるから。そんで、毎日ここきてお前を笑わせるから。そしたら、きっと紗英は、もっともっと俺の話聞きたくなって、生きようとする!」
「…は?…ふふ、何いってんの?」
「ほら、今笑った!とにかく、俺は今日から毎日笑わせるからな!
今さら死にたくなってももう遅いぞー!」
「わかったわかった。毎日話聞いてあげるよ。これでいい?バカ兄貴。」
「んなっ…!お前、兄ちゃんをなんだと思ってんだ!兄ちゃんはなぁ、神様より偉いんだぞ!」
「あーあ、なにいってんだか。お兄ちゃんごときが神様より偉い分けないじゃん。あはは、おっかしーの!」
「ふっふーん、また笑ったなー!これで二回目だ!よーし、兄ちゃん、お前が病気治して退院するまでに五百回は笑わせてやるからな!」
「…うん、頑張れ(笑)」
「今の気づついた…でも、スリーカウントな!」
「えー、今のはせこいよ!」
この時の俺は、紗英が笑っていてくれるなら、なんだってしてやれると思った。
本当は癌なんかじゃなくて、もっと別の病気で、すぐ治るかもかとも思っていた。
だけどやっぱり、現実はそう甘くはなかった。
ー2か月後。
その日も、俺は紗英の病室に来ていた。
紗英は、2か月前より痩せほそっていて、腕には点滴の後がたくさんついていて、髪は、抗がん剤の副作用で抜け落ちてて、食事も一人じゃ出来ないくらいになっていた。
一目見ただけじゃ、紗英じゃないんじゃないかと思うくらい、紗英は変わっていた。
今日は、紗英にリンゴが食べたいと言われた。
今は歯茎も副作用で弱々しくなってるから食べれないけど、買ってきた。
紗英に見せると、
「…ありがと、お兄ちゃん。
今は食べれないけど、今日は…眺めとく…。」
と言われた。
だから俺が、
「じゃあ、早く食べれるように、早くなおらないとな!」
と笑うと、紗英もつられて笑った。
これで、474回目の笑いだ。
その日は、一時間ほど喋って、結局490回までいった。
紗英に、
「また明日来るから、それまで生きとけよ!」
と言うと、紗英は笑いながら
「待ってるね!」
といった。
後、9回。それが、紗英との約束の500回までの残りの回数だ。
次の日。
まだ3時間目の授業中なのに、先生に呼び出された。
高校に入ってからは、ちゃんと真面目に過ごしてたから、怒られるようなことはしてないはずだけどな…と思いながらも先生の後をついていく。すると、
「落ち着いて聞いてくれ。お前の妹さん…たった今、容体が悪化して、生死の境をさまよっているそうだ。おやごさんも迎えに来てる。落ち着いて、早く妹さんの元に行け!」
鼓動が速くなるのがわかった。
動揺を隠せない。
でも足は自然と紗英の病院へと向かっていた。
病院に着くと、そこには父さんと母さんと紗英の友人たちが集まっていた。
「紗英っ、紗英?おい、返事しろよ!紗英!」
俺がそう叫ぶと、紗英はゆっくり目を開けた。
「…お…にい…ちゃ…?」
「紗英っ?」
「約束…守れなくて、ごめんね…?500回…笑わせてくれるって言ったのに…」
「そんなの…どうでもいいから…もう喋るな!元気になるって言っただろ?」
「えへへ…ごめん、もう、無理だよ…
あのね、最後に、皆にね、私のこと気にしてくれてありがとうって言っておいて?
それとね…、お兄ちゃん。大好き…だったよ…?」
「…11時23分、御臨終です…」
「う…うわああぁぁぁぁ!」
この時は、泣いたけど。
でも本当は、紗英が死んだなんて実感がわかなかった。だって、紗英、まだ暖かかったんだ。
俺はあの手の温もりを、生涯忘れることはないだろう。
次の日の、お通夜。
紗英の友達が、号泣してた。
紗英をみて、よく頑張ったねって言って、皆で泣いてた。
それをみて、俺は嬉しくなった。
でも、まだ実感がわかなくて、涙がでなかった。
さらに次の日。
お葬式が終わって、あとは火葬場にいくだけだ。
火葬場で、最後のお別れの時。
その時の紗英の顔は、とても安らかに微笑んで、まるで、眠っているようにしかみえなかった。
ここでも皆が泣いているのに、俺は泣けなかった。
2時間後。
紗英がお骨になって帰ってきた。
俺は今さら、そう今さら、そのときになってあぁ、紗英は死んだんだな、って実感がわいてきた。
そしたら、涙が止まらなくなった。
もうみんな、泣き止んでる。でも、俺は、やっと泣いた。俺は泣きじゃくった。
こんな俺の姿を見たら、紗英はきっとまた笑うんだろうな。
それから3日が過ぎた。
俺は心に穴がぽっかり空いたように、寂しくなった。
もう何もやる気が出ない。
俺はこのまま死んでいくのかな…とか思っていた。
そんなある日、母さんが、1通の手紙をくれた。
何でも、紗英の使っていた病室の整理をしていたら出てきたそうだ。
俺は、読む気もしなかったが、せっかく紗英が書いてくれたので、読むことにした。
「ー拝啓、お兄ちゃんへ。
お兄ちゃんのもとにこの手紙が届く頃には、私はこの世にいないでしょう。
だけど、伝えたいことがあって今回筆をとらせていただきました。
なーんて硬い言い方しても兄妹だかは違和感があるだけだから普通に書くね!
まず。
私が癌宣告をされた日の事を言います。
あの日、私はこの世の終わりのように悲しかった。
もう死んでもいいと思った。
そんな時、お兄ちゃんが私のことを笑わせてくれた。
そしたらね、今まで暗かった気持ちが晴れて、今すぐ死んでもいいと思ってたのに、余命の限り、全力で生きようって思ったよ。
それから、学校も忙しいのに毎日お見舞いに来てくれてありがとう!
お兄ちゃんの話、凄く面白かったよ!
これなら私が死ぬまでに500回笑わせるのも夢じゃ無いかもって位面白かったです。
それから、最後に。
私が死んだらどうせお兄ちゃんは泣き続けるかずっとボーッとしとくかのどっちかでしょ?
だから、私からの人生最後のお願いです。
私のことで泣かないで。
お兄ちゃんは男なんだからいつまでもメソメソしてないで元気に私の分までお勉強とお仕事頑張ってね!応援してるよー♪
お兄ちゃん、今まで本当にありがとう。
これからも、ずっと大好きだよ!
紗英より。」
俺は、泣いた。
この手紙を読んだら、今までの事を、全部思い出した。
紗英が生まれたばっかの時の事。
紗英と二人で遊んだ時の事。
紗英とした下らない喧嘩の事。
紗英の小中学校の入学式。
病室で過ごした何気ない時間。
二人で笑ったあの時。
ふと思い出せばどれも下らない思い出ばかりだけど、それでも二人にとっては大切な思い出。
紗英、ごめん。
約束、少しだけ破らせて。
明日になったら、俺、頑張るから。
だから、今日だけ。
だから、今だけ。
だから、少しだけ。
二人の思い出を思い出したら終わるから。
少しだけ、泣かせて。
紗英の事、誰よりも好きだったよ。
バイバイ、ありがとう。
またね。