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58.春
その日、家には清水と俺と清花姉だけで、日曜日だと言うのにどこかへ出掛けるでもなく、台所の机を囲んで別れを惜しみ惜しみ話をしていた。居ても良かったのに、桜川は気を遣ったのか買い物に行ってしまっていた。
話せど話せど、時計は止まらない。ある時、ついにリミットに達して、俺達は立ち上がった。
家のすぐそばまで、清水を迎える車はやってきていた。車に乗り込むぎりぎりまで、手を振り握手をして、ついに乗り込んで、エンジンがかかって、行ってしまうという時になって、清水は俺を指差した。
「私の二つ目の罪は、武司です」
車は、動き始めた。きょとんとする暇さえなく、清水を乗せた車は、遠く、小さく、薄く、霞んで、ついに見えなくなった。
清花姉は、新しく借りた部屋の契約を切って、またこちらへと帰ってくる事にしたんだと、俺に明かした。そうか、その方が良いだろうな、と俺は答えた。
清水の言った意味は、何となく分かった。俺には、多分、時間があっても応える事ができなかっただろう。
そう見上げた空には、薄桃色の蕾が、ぽつぽつ、と枝に付いて浮かんでいた。
春だった。




