56.
「ふっふっふっ……。武司、これを見ては言葉も出まい!」
昼休みになって、毎日繰り返しているように岩場へ腰掛け、少しまどろんだ頃になって多田野は現れた。その手には、謎めいてきらめく金のパンが、剥き出しで握られている。何と言うか、よく俺もそんな外見でパンだと分かったと思うほどに、特異な外見だった。
「何だ、それ」
「ふっ、これは金箔パン! 選ばれしパニストだけが、これを手にする事を許されるんだよ……! あ、パニストっていうのは、パン愛好家の事だからね」
多田野いわく金箔らしいそれは、青空に映えて何となく綺麗だった。
「でもそれ、食べられるのか……?」
「食べれる訳ないよねっ!」
急に、多田野の表情が悲しみに変わる。
「なんか、いつものパン屋に押しつけられてさ……。創業十年祭の半万円パンらしいよ。だからその弁当と交換してくれっ!」
「嫌だ」
即答して、俺はカバンの中から弁当を取り出した。今のところ、いかなるパンであっても、この桜川特製の弁当に勝りそうにはない。
「やっぱりダメかぁ……」
当たり前だ、と答える代わりに、俺は弁当を開いた。唐揚げに、卵焼き、ちくわマヨネーズなどのおかずが次々と顔を出す。やはり、今日も美味しそうだ。
「卵焼き、欲しいです」
「ダメだ。……って、おい、勝手に持っていくなっ」
俺の制止も虚しく、三つある柔らかい卵焼きの内、一つが細く小さい指につままれて口へと入っていった。
「わあ、今日も美味しいです!」
「徐々にたくましくなってくるな……」
座る俺の後ろに立って、夢花ちゃんは俺の言葉にえへへ、と笑った。
「私じゃなくて、美味しいのが悪いんですよ」
「まぁ、一つぐらいなら良いけどさ」
「じゃ、僕も」
すかさず伸びてくる多田野の手を、俺は万全たる心の構えと腕の動きではたいた。
「ひ、酷いよっ!」
「二個も取られたら、俺の分がなくなるだろ」
全く、多田野の強欲には困ったものである。俺はそう思いながら、箸を右手に弁当を食べ始めた。
静かな風が、多田野と夢花ちゃん、そして俺の間に、撫でるようにして吹いている。穏やかな時間が、流れていた。
昔、この場所を嫌っていたとは、どうしても思えないほど心地よい空間に感じられた。ここにずっと居たい。俺は自然と、無意識にも、意識的にも、そう思うようになっていた。




