53.弟愛
爺さんは、俺達の先祖の霊と共に消えた。トミ子さんも恐らく、一緒に消えたんだろうと思う。でなければ、爺さんが俺を二代目だと言う事はなかっただろうから。
少しの間茫然自失としていた俺達三人は、いつまで待っても夕飯に下りてこないのを心配した桜川によって、やっと正気を取り戻した。清水は、良い体験をしました、などと言って余裕をも取り戻したようだったが、清花姉は食事が始まっても、どことなく元気を得られずにいるようだった。俺も、清花姉と同じだった。だから、晩ご飯の席では、珍しく桜川と清水が多言になって、場を盛り上げてくれていた。
晩ご飯を終えると、清水は、いつも桜川がしてくれている片付けを手伝うと言って、桜川の隣に立った。
「あきゅー。時には家事もしなければ、良い仕事人とは言えません。清花姉さんと武司は、部屋に戻っていて下さい」
気を遣ってくれているようだった。俺は、言葉に甘えて、この機会に清花姉との隔たり……両親との軋轢についても話し合おうと考え、清花姉を、自分の部屋へと誘った。
「まさか、自分の姉を部屋に連れ込むなんて……」
「そんな、青い顔で言ってもダメだろ。ほら、さっさと行くぞ」
軽口にも、ハリがない。俺は、すっかり冷たくなっている清花姉の背中を撫でてやりながら、廊下を歩いた。
先に部屋に入って、招き入れると、清花姉は小さく会釈をして、それから中へと入ってきた。手持ち無沙汰に立っている清花姉を椅子に座らせて、自分もベッドへと座る。この家に来てからというもの、何か俺達二人の間に起こった時には、いつでもこうして話し合いをしていた。今日も、その例に漏れはしない。
「大丈夫か? その……ショッキングな話だっただろ?」
「うん……。びっくりした」
清花姉は、両手を自分の膝に突いて、かつうつむきながら、そう答えた。
「だけど、もう安心だからな。もう何も、不安に思う事はないんだ」
「うん……」
今日の清花姉の声は、歯切れが悪い。清花姉を励ましながら、俺は少しずつ自分の方が立ち直り始めていた。少し明瞭になった頭で、清花姉にどんな言葉を掛けてやれば良いのだろうか、と考える。
「あのね、武司。私、愚痴ばっかりだけど……もう一回だけ、良いかな?」
だが、俺がその妙案を思い付くより先に、清花姉が言葉を発した。
「ああ、もちろんだ」
「ありがとう。……あのね。今日一番辛かったのは……もちろん、家系の伝統も悲しかったんだけど、それより……一番辛かったのは、私が武司より愛されていないって、確信を持ててしまったから。私がお母さんをいくら愛していても、お母さんの目は、信仰に殺されかねない息子に向いているんだって……そう思ったの。……ごめん。ごめんね」
清花姉が最後に二度謝った気持ちを、俺は手に取るように理解できた。清花姉は……清花姉は、まるで心強き武士のように、自立し、弱みを見せないでやってきた。清花姉は、泣くのが嫌いだった。そんな面倒臭い女は嫌でしょ、と、冗談交じりに本音を語っていた。その自分が弱みを感じて、言わないでいたいのに抑えきれず、弱みをさらけ出している。それも、何度も。それが、情けなく感じられたのだ。俺には、ずっと清花姉と暮らしてきた俺には、そう断定できた。
俺は立ち上がって、冷たい体を温めるように、清花姉を抱き締めた。
「ごめん、清花姉。お母さんの分……俺が余分に貰った愛情の分、俺が清花姉に愛を注ぐから」
「……バカ。私から武司への愛の方が、ずっと大きいに決まってるじゃない……」
清花姉も、俺を抱き返してきた。温かい。とても、温かい。
「……って、言ってみると恥ずかしいセリフねぇ」
「清花姉らしくはないけどさ。そんな清花姉も、良いと思う」
目を閉じる。清花姉の髪の良い香りが、鼻をくすぐった。とても優しい香りだった。安堵とくつろぎの、香りだった。




