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犬猿の騒乱  作者: K_yamada
二.春
48/59

48.

「里田紗季さんのご遺体は、このボックスの中にございます。……火葬なさるのですか?」

 まもなく、遺体安置室に到着した俺達は、武田さんの案内の下、「L201-1」と札の入った棺の前へと立った。

「いや、そういう訳じゃないんだけど……。色々あったんだ。ここに来たら、何か分かるかも知れない、って」

「そうですか。……里田紗季さんのご遺体を見にいらしたのは、岡村さんが初めてです」

 岡村さんとは、俺の事だ。武田さんは、最初の無愛想なそれから打って変わって、とても印象の良い、親切な受け答えをするようになっている。これは、さっき咲歩ちゃんが、「この男は未来のヒラ探偵候補よ」と武田さんに耳打ちした事による影響に違いなかった。ありがたいのか迷惑なのか、微妙なところである。

「里田なぁ……。俺の知ってるこの子は、岡本紗季ちゃんって名前なんだ」

「……込み入った話のようですね」

 そう言って、武田さんは「L201-1」の棺を開けた。あまり高級な素材ではないのだろう、棺は重そうでもなく、いたって簡単に開いた。

 どんな風に保存しているのだろう。紗季ちゃんは、生きていた時と同じだけの肌の色を持って、そこに眠っていた。服は、撃たれたあの日と同じもので、お腹の辺りには痛々しい赤のシミがこびりついている。紗季ちゃんが倒れて、俺の腕にもたれかかってきたあの日の衝撃がそのまま蘇ってきて、俺は少しよろめいて、しゃがみこんだ。

「……大丈夫ですか?」

「ああ……。平気だ」

 そう、言いはするものの、体がついてこない。結局、十秒ほどの深呼吸を経て、やっと俺は立ち上がった。

「腹部に銃弾を受けていて、病院に運ばれてきた時にはもう……。服部はっとり医師が、一応手を尽くしたのですが」

「いや、責任は俺にあるんだ。……手掛かりなし、か」

 改めて、自分のせいで失われたものの大きさが分かった。俺は何度再認識したら、その大きさを忘れずに済むのだろう。

里田裕樹さとだひろきさんのご遺体も、ご覧になりますか?」

 武田さんが、「L201-2」の棺に手を伸ばしながら言う。

「ここの番号規則からすると……裕樹という人とこの女の子は、親族に当たるのね」

「はい。里田紗季さんの、お兄様です」

 里田紗季の……紗季ちゃんの、兄。確か、その兄を頼って、紗季ちゃんはこの町に来たのだった。それが、死んでいる?

「それ、見せてくれ」

「はい。分かりました」

 武田さんは、頷いて棺を開いた。見知らぬ……いや、どこか紗季ちゃんの面影を持つ、男の体がそこには入っていた。

「頭部への激しい殴打による、脳内部の損傷でお亡くなりになりました。この病院に運ばれてきたのは、この女の子がここに来る、少し前です」

「由々しき事件の香りね」

 咲歩ちゃんの言う通りだった。紗季ちゃんの死んだのは、不慮の事故だと思い込んでいたが、あるいはそうではないのかも知れない。

「一度、休憩室に戻らない? ここで話をするのは、良くないわ」

「ああ、そうだな」

 俺は頷いた。武田さんの手によって、棺がしまわれていく。その隙間から見えた紗季ちゃんの動かない顔に、俺は、俺の心を騒がした。




 紗季ちゃんは、両親の旅行の都合によって、兄の家で何日かを過ごすつもりでこの町へとやってきた。だが、その兄の家がどこにあるのか分からず、やむなく通りかかった俺の家に泊めて貰う事にした。その兄は、頭を強打されて死に、紗季ちゃんは治安を守っていたのだろう警察官に撃たれて死んだ。武田さんによると、紗季ちゃんのお兄さんが息を止めたのは三週間から四週間ほど前の事らしい。つまり、紗季ちゃんがこの町に来た頃に、紗季ちゃんのお兄さんは殺されたという事だ。

「二人の死に、関係性はあると思う?」

 人一人いない、がらんとした休憩室で、小さい丸卓を囲む。それぞれ買った八十円のジュースは、どれもまだ開いていない。

「病院所見としては、ありません。ただ、お兄様の方は他殺で間違いありません」

「いや。俺は、二人の死には関係があると思う」

 俺は、何となく確信を抱いていた。兄が死んで、妹が死んだ。そのどちらもが、誰かが紗季ちゃん達を何かの理由で恨んでいたからだとすれば、説明は十分につく。

「でも、その紗季という女の子は、事故で死んだのでしょう?」

「ああ。見た目はな。……けど、弾を撃った男と、撃たれた男の狂言って事もある」

「まあ……それも、なくはないわね」

 少し不服そうに、咲歩ちゃんは俺の意見を、ピンクの手帳にメモした。

「どちらにしても、手掛かりが少なすぎるわ。まずは、実況見分ね。……行くわよ、兄の方の家へ」

「え……今からか?」

「当たり前でしょう? あなたは、この謎を、解決したくはないの?」

 言われてみれば、その通りだった。他に何の手掛かりも、足掛かりもない以上、そうする他に手はない。

 だが、どうしてか、心が嫌がった。

「痛い……」

「……どうされました?」

「頭が……痛いんだ。……大丈夫、すぐ治まるから……」

 治ったと思っていた、考えすぎると体調を崩す症状が、俺を襲った。嫌な汗が、背中を流れていく。ああ、冷たい。気が付くと、目の前は真っ暗になっていた。いけない、目を開かなければ。だが、抗えず、俺の意識は遠く下へと沈んでいった。

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