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犬猿の騒乱  作者: K_yamada
二.春
40/59

40.

 清水を追い出した後、換気として窓を開けるとコウモリが入ってきた。手元にあったかばんを振り回して追い出すと、今度は入れ替わりに黒猫が入ってきてすぐに出て行った。すると、かばんのボタンがちぎれて飛んで、床に落ちたそれを拾おうとした指は紙によって切り傷を負った。

 幽霊的なあれだ、と、気付いた。何故突然、とも思ったが、昔にも実家でこんな事があったのを思い出して、納得した。

「トミ子さんだったっけ……」

 そう。我が家系には代々、トミ子さんと呼ばれる守護霊が存在していた。いつの時代の人とも分からないのだが、この超常的な存在は、我が家では実在のものとして扱われ、よくよく線香も上げ、お盆には迎え送りもしていた。しかし、ある年、 母方の祖母が死んだ時、トミ子さんは急に姿を消した。感じる気配がなくなったのである。

 そして翌年、秋になって、トミ子さんは俺達に牙を剥いた。まず最初に起こったのは、扉が開かなくなる、という怪奇な現象だ。被害に遭ったのは父で、書斎に閉じ込められた父は二日間、飲まず食わずの憂きを味わった。そしてその間中、俺達は父の存在を全く心の隅からも消してしまっていた。父が、このままではいけないと扉を無理やり破って出て来なければ、ずっとあのままだったかも知れない。

 その後も多々なる危険が俺達を襲ったのだが、その年以降はばったりと止んでいた。それが何故今になって、家を移した俺の元に現れるのだろう。

(やっぱり開かないか)

 扉は、さも当然かのように閉ざされていた。二度、三度と繰り返し引いたり押したりしてみるが、うんともすんとも言う様子はない。

 困った事になったな、と思った。父のように押し破って出るには、ここの扉は頑丈過ぎる。かと言って中で外からの助けを待つには、俺の空腹は切羽詰まり過ぎていた。そもそも、父の時と同じならば、俺が思い出される日は近くはないはずである。一度、机の前の椅子へ腰掛けて、一つ、息を吐く。

「くくく、大変そうであるな」

 急に声を掛けられて、少し落ち着いたはずの俺は、驚きの余り右足の小指を思いきり机の脚へとぶつけた。

「何だその反応は、無礼であるぞ」

「あのさぁ。これで何度目か知らねぇけど、いつも、突然出てくんなって言ってるだろう?」

 ベッドの上に、はげた爺さんがちょこん、と座っていた。この爺さんも我が家の守護霊の一人だが、三年姿を見せないと思ったら、一週間続けてトイレを占領した事もあり、要するに気まぐれな奴だった。ただ、ここ数年は見ていなかったのだが。

「しかし、ゆっくりと出てくるのは労であるのでな。ところで、これはトミ子が暴れておるのではないぞ」

「じゃ、爺さんが暴れてるのか。迷惑な話だな」

「我ではない。これはそうだ、外来の者だな」

 トミ子さんやこの爺さんの話をすると、誰もが「それじゃあ幽霊を信じてるんだ」と早合点するのだが、そんな事はない。俺達はこの二人以外の霊を知らないし、祖母や祖父が霊としてどこかにいる、なんて思った事もない。ただ、純粋に、この二つの存在についてのみは実在を認めているだけなのだ。似たような物でしょ、と言われるかも知れないが、俺達の中では違うのである。

「外来の者? そんな夢みたいな事、言うなよ」

「夢ではない。実際、お前の祖母が死んだ翌年の秋には、トミ子にも手に負えぬだけの悪霊が集まったのだからな。あの時は、我が絶大なる力をも結して防いだのだ。くくく、しかしトミ子は女系を守る霊である。それで、お前の方が手薄になった」

 なるほど、一応筋は通っているらしい。現実的な話かどうかは置いておいて。

「どうしてそんなに狙われてるんだよ……」

「お前達は、霊媒体質のある家系の一員であろう。狙うには打ってつけなのだろうな」

 そんな取って付けたような新情報をさらっと言われても困る。爺さんの方へ向くように、俺は椅子に座り直した。

「で、どうすれば良いんだ?」

「そのような事、我の知る所ではない」

 机に向き直す。役に立たない爺さんの顔を見ていても仕方がない。

「くくく、まあ、我が威光をもってすれば、追い払う事は簡単であるがな」

「じゃあ、やってくれよ」

「くくく、さっき失敗した」

 早く成仏すれば良いのに。爺さんは放っておいて、自力に期待する事にする。

 さて、爺さんの言葉が真実だとすると、この部屋は悪霊によって支配されているという事になる。

「……うわ、急に怖くなってきた……」

 幽霊には全く耐性がない。子供の頃から心霊スポットは避けて歩いているし、怪談には耳を傾けないように心がけていた。それがどうして、こんな目に遭うのだろう。何か悪い事でもしただろうか。

「お前の姉の方には向かっておらぬようであるな。狙いはお前のみのようだ」

 ああ、厄介な。そう溜め息をつきかけた時、ふと紗季ちゃんの事を思い出した。

 紗季ちゃんは、俺達の責任で死んでしまった。もし恨まれていても、何の反論もできない。

「なあ、その霊ってのは、女の子か?」

 もう一度、爺さんに向き合って訊いてみる。

「女色は程々にせよ」

「違ぇよ!」

「ふむ。たくさんの男である。男色も程々にせよ」

 男なら、紗季ちゃんではないらしい。紗季ちゃんでないと分かった途端に、尚の事恐怖は増した。

「くくく、少しトイレに行くぞよ」

 ただし、爺さんのせいで緊張感は欠片もなかったが。

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