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犬猿の騒乱  作者: K_yamada
二.春
37/59

37.

■ ■


 あれからの事を、少しまとめておこうと思う。

 俺達は、何度か追っ手の襲撃を受けながらも何とか逃れ、(と言っても俺はずっと眠っていたのだが、)夜八時ごろに清花姉の待つ家へと帰り着いた。清水の仲間というその男は、まだ別に仲間達を支援せねばならないからと言って施設の方へとまた出て行き、眠ったままの俺を清水と清花姉の二人で俺の部屋まで運んで、その日はそのまま事を終えた。

 エー地区の人々の行動は、迅速だった。元々あった和平派閥は、主戦派閥が頼りとしていた兵器の喪失によって、大きくその勢力を伸ばした。俺達が兵器を無力化した二日後にはエー地区軍員の過半数が和平派閥となり、ビー地区との和平は速やかにまとまった。だからと言って俺達の生活にすぐさま変化が訪れたという訳ではなかったが、日本の歴史においては大きな事件だっただろうと思う。

 仕事にも復帰した。よく考えると、生きて帰ってくるつもりだったのに、何故辞めてしまったのだろうと思う。弥生道の方へ戻ろうという気持ちは全く湧かなかったので、飛鳥橋高架下現場の方へ、生還して次の週の月曜日からまた働かせて貰う事になった。俺が戻って来た時の多田野と夢花ちゃんの驚きの表情は、今でも忘れられない。

 もっと大きな事件も起こった。あの桜川が、桜川詩帆が、あろう事か俺の家に居候したいと申し出てきたのだ。ついでに、俺と付き合いたい、とも。これにはさすがに驚いて、少し時間をくれ、と逃げたのだが、その翌日には回答を求められ、しぶしぶ居候の件においてのみは承諾する事にした。付き合う云々に関してはもう少し時間を貰って考える、と答えると、桜川は少しの間を取って、はい、と笑った。

 その経緯を清花姉に説明したところ、清花姉は、

<ついに武司も、彼女と同棲するにまで至ったかぁ>

 と溜め息をついた。更に、その後の俺の反論抗弁を、

<うんうん。分かってるよ、うん>

 と何も分かっていない感たっぷりの返事で受け止め、最後には、

<じゃあ、そろそろ、私も出ていかないとね>

 と言った。何でも清花姉は、俺に彼女や婚約者が出来た時には、家を出ようと決めていたらしい。俺の必死の制止も聞かず、

<お姉ちゃんが居なくなって寂しいのは分かるけど、ちゃんとガールフレンドちゃんを守ってあげないと。私の方は、私が生活費を作って何とかするから、心配しなくて良いよ。あ、清水ちゃんは貰っていくからね。ふふ……ふふふ>

 と意味深なセリフを残して、俺が桜川の事を相談した四日後には、委細整えて家を出ていった。とは言え、清花姉が書き残していったメモによると、その清花姉の新住所は今の家から徒歩二分ぐらいの所にあるアパートで、実質離れ離れになったという程ではない。実際、清花姉は三日に五度ほどの周期で清水を連れてやってきて(そのせいでいつ働いているのか定かでない)、お茶を飲んでくつろいでいた。

 そんな経緯で、俺は図らずも桜川との同棲生活を営む事になった。楽しくて、賑やかな日常。きっと美しくて、幸せな日々。それを目の前にした俺は、そこから目を背けざるを得ない、一つの大きな自分の中での課題を、まだ片付けられずにいた。




「はは。いやぁ。現場長の娘さんが、まさか僕に告白してくるなんて、思いもしなかったよ。はは、ははは」

 飛鳥道のいつもの岩場で、俺と多田野、それに夢花ちゃんは昼食休憩をとっていた。俺が現場に復帰した月曜日から、次の月曜日が過ぎて、また次の月曜日を飛び越え、今日はそのまた次の月曜日だった。新しい生活にも慣れたもので、家で黙々と家事と勉強をこなす桜川は、俺に弁当を持たせてくれるまでになった。

「多田野が幸せそうだと、何か箸が進まない」

「あんた無茶苦茶だよねっ! 良いじゃん、そっちは睦まじくやってるんだからさ。僕にもその幸せ、感じさせてよ」

「嫌だ」

 手を伸ばしてきた多田野から、弁当を遠ざける。桜川の弁当は、清花姉のそれに比べて、とても可愛らしく女の子の弁当といった雰囲気を出していた。

「もぐもぐ……」

「うがあっ!」

 離したはずの弁当から、卵焼きが一つなくなっていた。

<ごめんなさい、武司さん……。私、私、もう食べられちゃったの……>

 悲痛な卵焼きの泣き声が聞こえたような気がした。

「美味しいです。さすがは、詩帆さんですね」

「……お前も、逞しくなったよなぁ……」

 いつも不安そうで、人付き合いが苦手そうだった夢花ちゃんは、多田野に悪影響を受けたのか非常に言葉の上手い外向的な性格に変わってきていた。

「まぁ、僕も夢花ちゃんも武司も、順風満帆って事だよね」

「ん、そうだな……」

 大抵の事は、非常に上手く進んできていた。だが。いや、だからこそと言うべきか、俺の心にはいつも一人の女の子の姿がちらついていた。

「あ、海老フライも美味しいです~」

「なにぃっ!」

 ボーッとしている間に、愛すべき海老フライもその姿を消していた。

<また……また、会えますよね……?>

 沈痛な海老フライの別れの言葉が聞こえたような気がした。

「え、海老フライー! 絶対、また会いにくるからなー!」

「……あんたも、ちょっと吹っ飛んだよね。賑やかで良いけどさ」

 仕方がない。心のほとんどは、新しい生活の幕開けにわくわくしているのだから。

 食事が終わって、俺がお茶を口に含んで一服ついた頃、夢花ちゃんは透明なフィルムに包まれた山吹色に見えると有名なお菓子を取り出した。

「はい。海老フライと卵焼きの、お返しです」

「あー、ダメダメ。分かってないなぁ。そこは普通……」

 そのお菓子を俺に差し出そうとする夢花ちゃんを多田野が制止して、ごにょごにょと何かを吹き込んだ。

「ううと、分かりました。……こほん。『代官様、これが異国のカステラというお菓子にございます』」

「そうか。ありがとう」

 再び差し出されたお菓子を、素直に受け取る。

「いえいえ、貰い物ですから」

「おいっ! 武司、ちゃんとやれよっ!」

「俺は良い代官だからな。山吹色でもないし」

 カステラのどこにも、黄金は仕込まれていないようだった。当たり前ではあるが。

「これ、月爺から貰ったのか?」

「はい、ううと、そうです」

 そうか、と俺は頷いた。月爺とは、最近この辺りに現れるようになった、謎の爺さんである。見た目は仙人のようなよぼよぼで、杖まで持っているのだが、一度口を開くと多田野にも負けない盛んな勢いで、日本文化の素晴らしさと外洋文化の劣悪さを熱弁してくるから、俺と多田野は月爺を苦手としていた。ただ、一人夢花ちゃんだけは献身的にその話を聞いてあげていたので、月爺と夢花ちゃんとは急激に関係を築きつつあった。

「ムーングランパか……得体の知れない奴だよね」

 ムーングランパというのは、外洋文化を嫌うのに何故かカステラやコーク、クッキーなどの洋菓子類洋飲料類を好む月爺に、多田野が付けたあだ名である。

「だから、グランパじゃなくて、オールドマンだろ?」

「いいや、グランパなんだよっ。なあ、夢花ちゃん、やっぱあいつとは縁を切った方が良いって」

「嫌です。月さんは、良い人です」

 強情な二人である。やはりグランパではなく、やはり良い人で割り切れはしないのだが。

「多田野に比べると?」

「三.七倍ぐらい良い人です」

「あんたら酷ぇなっ!」

 カステラを食べるだけの時間は、もう残っていなさそうだ。俺達は残りの数分も、駄弁に費やした。

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