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犬猿の騒乱  作者: K_yamada
一.夢
27/59

27.

 次に俺が復活したのは、俺の肩を揺する清花姉の手によってだった。

「晩ご飯、要らないよね?」

「要らない前提で聞くな。要るよ」

「ふむふむ。そうか、そんなにお姉ちゃんの晩ご飯が食べたいか……」

 目覚めてすぐのこういう会話は、非常に精神力を使う。清花姉の場合、もし俺に隙ありと見れば、チャンスは今ぞと無理難題、不条理を押し付けてくる可能性があるからだ。過去にはこの手法で、宿題一週間分を代わりにやると約束させられた事もあった。その時は、清花姉は録音機まで持ち出す用意周到っぷりで、俺の反論に効果はなかった。

 俺が満面の警戒をもって起き上がったのを見てか、あるいは元から何の企みもなかったのか、清花姉はもうご飯だから早く来てね、とだけ言って部屋を出て行った。

 ポツン、と一人部屋に取り残されると、何となく寂しい感じがして、俺は軽く伸びをした後、清花姉の背中を追って部屋を出た。

 紗季ちゃんも清水も既に揃っていて、遅れてきた俺は一言二言謝罪の言葉を述べてから、自分の席へと座った。

 清花姉の言った通りに、それぞれの前には、ご飯だけでなく良い加減に焼けたシャケが一皿ずつ置かれていた。真ん中には、モヤシと肉とを混ぜ焼いて、ポン酢を絡ませた我が家定番のおかずもある。躍る食欲のままに、俺達は手を合わせ、頂きますと声を上げた。

 話題はもっぱら、今日のお昼にしたらしい人生ゲームについてだった。何でも、最初から二千万円もの大金を持って始まるのだが、リストラに遭ったり詐欺で騙し取られたり、果てはギャンブルに溺れて全財産を失ったりとで、気が付けば「債務の少ないプレイヤーが勝ち」というゲームにすり替わっていた、だそうだ。

「紗季ちゃんが最後に債務整理さえ行えなかったら、私の勝ちだったのになぁ」

「えへへ。最初の方に、良い弁護士事務所を手に入れられて、助かりました~」

 また、最下位清水は少し膨れた様子で、中盤辺りで起こったらしい銀行の倒産について不満を言いまくっていた。どんなゲームだ、と思う。

 食事の途中、何度か井上の事が思い出されて、隠す必要のある事ではないから話してしまおうかとも思ったが、妙に人生ゲームの話題で盛り上がっていたのでやめておいた。やがて全員が食べ終わると、いつものようにそれぞれの役割について、俺は風呂の準備をしに席を立った。




 風呂のお湯を全部捨てて、浴槽を洗い、水を溜め始める。それだけの作業を終えた俺は、行く先もなく、自分の部屋へと戻った。

 ふと、目がベッドの上の携帯電話へといった。本体表の、中央下部に設置された発光部がちらちらと光って、未読メールの存在を知らせている。俺は急に、あの不気味なメールを、再び読みたいという衝動に誘われた。金曜日から今日まで、四件も読んでいない。あんなにも熱を帯びた、いかにも重要そうなメールを、どうして読まないでいたのだろう。俺は、そんな自責の念さえ感じるまでになって、ついに携帯電話を開いた。

 新着メール、一件。こちらを先に読んでも仕方ないので、受信履歴を遡って、既読化されている金曜日のメールを開いた。

『こんばんは。今日もお送りします。毎日読んで下さっている事を、心から期待しています。』

 ずきり、と胸が痛んだ。木曜日には不気味に思われていたこのメールも、今ではとんと、気味の悪さを感じなくなった。より親身な心を持てていると、自覚する。

『内戦は、激化しています。ですが、私の居るエー地区側に、その全ての原因はあります。』

 エー地区とは、日本を真ん中で割った内の東側の事である。これに対して西側をビー地区と呼び、この二つの地区が内戦を繰り返しているのだった。俺達は、エー地区に住んでいる。

『ビー地区の方々は、停戦を望んでいます。戦いを望んでいるのは、劣勢のまま終戦して、不利を被りたくないエー地区の代表の人々だけなのです。そして彼らの心の拠り所は、開発中の新兵器にのみあります。』

 そこからは、新兵器なるものの説明が続いた。昔存在したという「核兵器」という武器に近いものらしく、その破壊力は絶大で、一つ放てば今ある劣勢を一気に挽回できるそうだった。ただし、ビー地区に住む人々の命を大量に犠牲にして。

『この兵器開発を潰せば、戦争は自ずと完了します。これが、私の願いです。今日は、ここまでにしましょう。』

 金曜日のメールは、ここで終わった。続けて、土曜日のメールを開く。いつもの挨拶文だけ読み飛ばして、本文に目を向けた。

『あなたが、そんな内戦の内情とは一切関係のない事、分かっています。もしかしたら、ビー地区の方かも知れません。ですが、内戦を好ましく思ってはいないだろうと、私はそう思います。』

 ふと、子供の頃の夢を思い出した。幼い頃の俺は、身の丈にそぐわない、大きな夢を抱いていた。

『どうか、私に協力して下さい。』

 土曜日のメールは短く、そこで終端へと着いた。すぐに、日曜日のメールへと移る。

『地図を添付しておきました。エー地区軍の三施設がここに集合されています。兵器開発所、処刑場、それから捕虜収監施設です。』

 添付ファイルとして、確かに地図があった。我が家からそう遠くない、弥生道を少し進んだ先にその場所はあるようだった。

『敷地内への出入りは、恐らく難しくありません。ですが、兵器開発所には、パスワードと重厚な警備とがあります。パスワードは火曜日、このメールの最後となる日に、お送りします。警備は、私にはどうにもできません。』

 頭が、きりきりと痛み出した。自分でもはっきりと分かるほど、俺の頭はよく働いていた。頭痛など、気にしては居られなかった。俺は日曜日のメールを閉じて、月曜日に届いた、つまりは今日届いたメールを開いた。

『全てをお任せする事、心苦しく思います。あなたの心を悩ませているのなら、私は謝罪します。ですが、どうか、私の願いを叶えて下さい。』

 今日のメールはどうやら説得の為のメールらしく、延々とそんな文章が続いて、本題の内容については触れないまま終了してしまった。

 読み終えて、ふと、この不思議なメールに従ってみたく感じている自分に気付く。だが、このメールが全て真実を語っているとしても、現実的に協力する事は不可能だった。計画の成否に関わらず、もし俺が死んだら、誰が清花姉と清水を養うというのだろう。

 メールの送り主へと、罪悪感が湧いてくる。一度読むのを止めて、今日また読み直したが、やはりその希望に沿う事はできそうになかった。誰が、どんな気持ちで、どうして見ず知らずの誰かへとこんなメールを送ったのかは未だに分からない。分からないからこそ、申し訳なくって仕方なかった。

 俺は、そっと携帯電話を元の待ち受け状態へと戻し、ゆっくりと、祈るようにして閉じると、それをかばんの奥深くへとしまった。




 風呂に入ると、連日の事ながら

やる事がなくなって、少しの間談笑した後俺はベッドへと入った。月曜日で、疲れもさほどではなかったはずだったが、妙に枕に吸い込まれる感覚を得て、俺は夢の中へと落ちていった。

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