表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
犬猿の騒乱  作者: K_yamada
一.夢
24/59

24.

 箱を開け、すごろく状になった舞台を取り出し、小物入れの袋から駒である車を四つ出して、折りたたみ式になっている立体銀行を組み立てると、早くも人生ゲームの準備は整った。

「んー……と。とりあえず、お金お金……」

 清花姉は、それなりに丈夫な紙で作られたお金を、外箱の裏面に書かれている通りに全員へ配った。

「三万円……私、何となくお金持ちです!」

「それ偽物だからな」

 ついでに言えば、三万円というのもお金持ちの範疇かと言われると微妙である。

「わくわくします、とても楽しそうです~」

 清水の隣へ座っている紗季ちゃんは、言葉の通りまさに楽しそうな笑顔を浮かべている。俺も、もうそれなりの歳とは言え、こうやって目の前に並べられると、心の浮き立つのを感じずには居られなかった。

「じゃ、各自、火災保険と自動車保険に入るかどうか決めてね」

 火災保険の使いどころがいまいち分からなかったので、俺は三千円の自動車保険だけ入って、プレイヤ兼銀行である清花姉に三千円を手渡した。清水は三万円を手放すのが惜しいらしくどちらにも加入せず、紗季ちゃんは慎重に八千円を支払って両方に入った。早くもプレイングが大きく分かれている。面白い。

「私も、両方とも入っておこうかな。……じゃあ、一番お金持ちの清水ちゃんからね」

 舞台とは別にあるルーレットを、清花姉は清水に手渡した。

「わあいです。では早速……」

 ぺぺぺぺぺ、という安物感満載の音を立てながら、ルーレットは回り始めた。




 序盤、清水が清花姉に追突し、二万円の痛手を受けると、その清水に俺が、俺に紗季ちゃんがぶつかるという多重事故が発生し、その度に賠償金の支払いを受けた清花姉が一挙に優位に立った。だが、それも束の間、職業決定のゾーンで紗季ちゃんが「錬金術使い」なる怪しげな職業になると、毎ターン千円札と五千円札を一万円札に交換できるという恐ろしい能力によって、一気にトップを奪取する。一方の清花姉は「不動産屋」という、各プレイヤからターン毎に家賃と称して三万二千円を奪うこちらも恐ろしい能力の職業となり、猛威を振るうかと思われたのだが、二千円という端数が災いして紗季ちゃんの錬金を助けるだけになってしまっていた。俺と清水は同様に「盗人」となり、誰かとすれ違う度にすれ違った相手から二万円を奪う能力を得たが、全く不動産屋の下位互換だった為に、こつこつと最下位争いを繰り広げていた。

 中盤、紗季ちゃんの家が隣の家の火災に巻き込まれて焼失すると、「焼け太り」などという教育上よろしくないような単語が飛び出し、紗季ちゃんの家がデフォルトの家からとても豪華な家へと変化した。だが、それに伴い不動産屋との関係が切れてしまったらしく、錬金術を営むのに必要な端数金が出にくくなって、紗季ちゃんは突然苦境へと立たされた。ここで、清水がゴールドマスに止まり、「盗人」から「怪盗」へと職業のレベルアップを果たして、すれ違った相手から五万円を奪う能力を得たが、この頃からルーレットで出る数字が小さいものに偏り始めた清水は誰とすれ違う事もできず、ちまちまとマスのイベントでお金を稼いでは、清花姉にぶんどられるだけであった。俺は、時々紗季ちゃんとすれ違ってはこそこそと錬金によって生まれた二万円をくすねる小汚い盗人と化していたが、それでも最下位の清水とはかなりの水を開ける事に成功した。

 ギャンブルゾーンなる部分に差し掛かると、持ち前の強運を活かした怪盗清水が、なけなしの数十万円を数百万円にまで化かし、一挙に単独三位へと躍り出た。この頃トップになっていた清花姉はギャンブルゾーンで何も賭けず、紗季ちゃんは今こそ端数を作る時と千円ずつ張っては錬金によって荒稼ぎをする一種の反則プレーを行っていた。盗人の俺は、一マスずつしか進めないギャンブルゾーンの特性により専門の盗みができず、またここで賭けて外せば後がないと判断して、ギャンブルゾーンにおいては何もせず進んだ。

 ギャンブルゾーンを抜けると、次はラッキーゾーンだった。マスの文章が「ダイアモンドを拾った! 百万円を得る」などという投げやりなゲームバランスを考えていないものばかりになっていて、最下位の俺も、未だトップの清花姉と割合上では僅差に追いつく事ができた。この頃、ついに清水が俺達に追いついて怪盗の本領を遂げ始めたが、このインフレーションの中五万円程度を奪ってももはや何かが変わる訳ではなく、特に影響はなかった。また、紗季ちゃんが「神の洗礼」なるものを受けて錬金術を奪われたが、こちらももはや一万円札をいくら増やしても追いつかなくなっていたため、さほどの影響はなかった。既に時代は百万円札のそれに突入している。そんな中俺は、こまめに二万円を盗んでいた。薔薇色なんてとんでもないと思い始める。

 終盤、ついに俺は「神父」へとジョブチェンジを果たし、神の福音によりルーレットを二度回す事が可能になった。そのおかげで俺は数回、大儲けマスへと止まって三位の清水に迫ったが、怪盗清水の細かい五万円稼ぎが地味に功を奏し、清水もまた二位の紗季ちゃんへと迫っていた。また、富豪としてはもちろんの事、すごろくとしてもトップを走っていた清花姉が、「結婚し、子供が生まれた。二回休み」のマスを踏み、最初にゴールしたプレイヤが貰えるボーナスマネー三百万円の存在から、もう誰が優勢とも言えなくなってきた。

 ゴール直前、四人の駒はほぼ六マス圏内に集結する。二位の紗季ちゃんに二百万円近くの差をつけて清花姉が首位を維持していたが、さっき生まれた子供の養育費が毎ターン十万円ずつかかる為、長期戦になるならばむしろ二位以下の俺達の方が優位に立っていると言って良さそうだった。もはや薔薇色人生の何たるかは全く分からない、無職の紗季ちゃんと怪盗の清水、不動産屋を営むお金の掛かる子供を持った清花姉らに囲まれて、ゴールにはちょうど止まらなくてはならないというルールの中、二度ルーレットを回せる神父の俺はついに逆転のチャンスを得た。紗季ちゃん、清花姉と連続でゴールに至るも、目が余って帰ってくる。続く清水はゴール一歩手前で足踏みする。ただし、二人と頻繁にすれ違ったお陰で、ついに清水と紗季ちゃんとの持ち金が並ぶ。俺はそんな中、ゴールの七つ前に居た。一人がゴールすれば終了になるこのゲームの設定上、俺が上がれば恐らく何の文句もなく俺の勝ちになる。だが、俺の出した目は、二度とも六だった。清水に衝突した俺は二万円を清水に支払ったのだが、すれ違って盗むよりも少ないたった二枚の一万円札を、丁寧に丁寧に自分のお金置きへと置いた。

 ここから、全く薔薇色感のない、人生の終わりが見えない戦いが始まる。続く紗季ちゃんは、また三つ余りの「七」を出して、二度清水とすれ違って十万円をくすねられ、ついに清水に交わされ三位に転落すると、更に一回休みマスに止まって一気に優勝戦線から離脱、続く清水は「二」を出してまた元のマスに戻り、俺も二度のルーレットで「一」を出す事ができず、清花姉もゴール二歩手前へストップ、誰もゴールに辿り着けない状況は、見たまま悪夢だった。

 そこから二巡ほど膠着が続いた後、急に雰囲気を変えてやる気になった清水がゴールして、ゲームは終了した。三百万円のゴール賞金を得た清水が一躍首位に、ほぼ無事故で回ってきた清花姉が二位、紗季ちゃんが三位で、最下位は俺。計五時間二十分を費やした勝負は、そのようにして決した。




「なあ、清花姉」

 優勝して騒ぐ清水を余所に、俺と清花姉、それに紗季ちゃんはぐったりして、そそくさとゲーム盤の片付けに入っていた。

「何?」

「これ、とてつもなくしんどいんだけど」

「残念だけど、同感ねぇ……」

 時計は既に四時を示している。昼ごはんすら食べずにゲームに熱狂したせいで、体の節々が痛んだ。まさかここまで時間の掛かるゲームだとは、思っていなかった。

「さほど薔薇色でもなかったしなぁ……」

「三位でしたけど、私はそれなりに薔薇色を感じる事ができましたよ~」

 このゲームは薔薇色の人生を味わうというより、インフレーションの世の中を味わうゲームだったと思う。

「明日は絶対しないからな」

 俺は時間を大いに浪費してしまった事を後悔しながら、そう呟いた。




 雨降りの日曜日を、多少の清水の非難を受けながらもこれ以上なくだらけて過ごした俺は、明日に備えてと早めに入った布団の中で、昨日たくさん見た紗季ちゃんの笑顔を思い起こしていた。

 昨日やった薔薇色人生ゲームを、紗季ちゃんは本当に楽しんでいるようだった。ゲーム自体は、バランスの崩壊したひどい物だったのにも関わらず、である。同様に満喫していた清水にあるそれとはまた違う、純粋さを持っているように思えたが、また、清花姉が言うように家族の温かみに慣れていない、家族との触れ合いの経験が少ない、というようにも思えた。あるいは、彼女の兄とも、あまり上手くいっていないのかも知れない。

(……考え過ぎだよなぁ)

 人の事を詮索し過ぎるのは良くない。俺はそう思って、考えを人生ゲームへと向けた。

 恐らくこちらもに違いない、と思って昨日の夜自分の部屋で開けてみた「転落人生ゲーム」も、序盤のインフレーションが終盤にはとてつもないデフレーションへと変化しているという風で、「激甘! 転落人生ゲーム」に劣らないゲーム性であった。どうして母や父は、あんなゲームを俺達に送ってきたのだろうか。

 いや、違う。変なのはそこではなかった。ゲーム性などの問題ではない。清水を養っている事を告げていない俺達、つまり二人暮らしをしているはずの俺達に、何故人生ゲームを送ってきたのだろう。少なくとも、こんなゲームを二人でやっても、面白い事は一つもないだろうに。

 とは言え、この家自体、両親の不動産屋への強いコネによって破格の家賃で入居できているものだから、どこかから清水の情報を手に入れたのかも知れないとも思えた。そうだとすると、何故咎めないのかという点においてそれはそれで変ではあるのだが。そうだとするとその内、両親からその事についての手紙が届くかも知れない。

 いや。よくよく考えてみると、この仕送りがあった時分には、まだ清水は居なかった。たった一ヶ月で馴染みに馴染んだ居候は、恐らく未だ両親の知らぬ所だろう。

 例の謎のメールは、俺が読んでいないとも知らずに昨日今日と続けて送られてきた。もちろん中身を読むつもりにはならなかったが、最初の何通かを読んでしまった事もあって、消すのも躊躇われたので、金曜日のそれと同様に、既読化機能に働いてもらった。お陰で、この土曜も日曜も、平穏に過ごせたと思う。

 このまま平穏だと良いのだが。俺はそう思いながら、少しずつ眠気に紛れ、落ちていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ