23.
二階の物置にしまわれているはずの二つの人生ゲームは、どうも奥の方にあるらしく、中々見つからない。その代わりに、謎の小さな箱や小袋、あるいは清花姉が密かに買っていたと見えるダイエット補助食品の空ケースなどをどけながら奥を探していると、懐かしい一冊のファイルが出てきた。
(うわ、埃被ってる……)
慌てて、手で埃を払う。それは、母や父から送られてくる、手紙や葉書を保存する為のファイルだった。ただ、その量が膨大過ぎて今では二冊目のファイルに収納するようになったので、一冊目のファイルはこのような不遇にあっていたらしい。
(まぁ、ろくな内容じゃないんだけど)
手紙はもちろんいつも愛に溢れているのだが、内容は心配ばかりで、自立したつもりでいる俺にとってはあまり面白くない。それも姉より俺の方ばかり不安に思っているようで、読んで心は温まっても嬉しいという事は殆どなかった。
(……いいや、早く探そう)
軽くテンションを下げられながら、俺は早く人生ゲーム達を見つけようと、物置の奥へと手を伸ばした。
程なくして、こちらも埃を被った、思っていたよりも一回り大きいゲーム盤が二つ、姿を現した。外箱にはそれぞれ、『激甘! 薔薇色人生ゲーム』および『転落人生ゲーム』とタイトルが書かれており、それぞれのタイトルにぴったりの挿絵が周りを飾っていた。あえて言うのも何だが、いかにも悪趣味そうな見た目である。
まあ良いか、と思う。俺はその二つの箱と手紙ファイル、それから見つかったいくつかの掘り出し物とを手に持って、物置を後にした。
清水の部屋へ持っていくと、清水が明日までにゲームの箱を勝手に開けて、中の物をなくすだろう事が明らかである。という事で俺は、そのポップなゲーム盤を、自分の部屋へと運び込んだ。
そのままベッドに腰掛けると、何となくかばんの中の携帯電話が気になって、俺は少しだけ体を伸ばして床のかばんを引きずり寄せ、携帯電話を取り出した。
「うー……」
案の定、メールの着信が二件あった。受信ボックスを開いてみると、片方は工事会社から、片方は例の不気味なメールだった。
とりあえず、工事会社からの方を開いてみる。その本文によると、弥生道の明日の工事は、朝からの雨を見越して既に中止としたようだった。いつも中止の通達は弥生道が先で、飛鳥橋の知らせは後発で当日の朝になって届く。大抵弥生道が休みなら飛鳥橋も結局休みになるから、明日はほぼ休日になったと思って間違いないだろう。正直なところ、今週は何となく体が疲れているので、家計は痛むとは言え臨時休業はありがたかった。
急に、気が抜ける。もう一件、例のメールが残ってはいたが、昨日の内容から察するにもはや楽しい読み物ではなくなっているに違いない。俺はまだ読んでいないそのメールを、今の携帯電話にもついている既読化機能を用いて、新着メール一覧から消去、一覧をまっさらに戻した。
何となく、落ち着く。今週がどこか辛い週に感じられていたのは、井上や紗季ちゃんによるものではなく、あのメールが原因だったのかも知れない。思えば、謎の緊迫感に精神的な抑圧を受けていた気もする。俺は明日からも、メールは見ない事にしようと決め、外から清水の呼ぶ声に応えてベッドから立ち上がった。
風呂に入って、冬ながら冷えたお茶を飲んで落ち着くと、時間は眠るのに程良いぐらいになった。明日、飛鳥橋の工事が万一あったら困る。そう考えた俺は、台所に寄って話をしている三人に、お休み、と声を掛けて、自分の部屋のベッドに突っ伏した。
ぶぶ、という携帯の振動音で、俺は目を覚ました。開くと、時間は四時五十分で、新着メールが一件ある。寝ぼけたまま受信ボックスを見ると、そこには飛鳥橋工事の雨天による中止を知らせるメールが届いていた。俺は、そのまま目を閉じて、眠りへと戻った。
また深い眠りに落ち、それから次に目が覚めた時、部屋の時計は十時ちょうどを示していた。さすがにもう、起きないとまずい。俺はベッドから降りると、洗面所へ行って顔を洗った。
「ん。遅かったね、武司。朝ごはん、もう食べちゃった」
「良いよ、もうこんな時間だしな」
トイレへ行って、それから自分の部屋へ一度戻ろうとした時、清花姉が声を掛けてきた。遅かった、なんて言う辺り、眠っている俺を見て、今日はどちらの仕事も休みになったのだろうと俺を信用し、起こさなかったに違いない。やはり、なんだかんだ、気配りのある姉である。
「朝起きたら、もう九時過ぎでねぇ。お弁当も作れなかったし、もし今日雨が降ってなかったらって思うと、ぞっとするかも」
気のせいだった。なんとぐうたらな姉だろうか。
「昼ごはんは?
「お昼ごはんはパンにして、今日は清水ちゃんの部屋で人生ゲームに熱中するつもりだけど。何かリクエスト、あった?」
「清水に貸してる部屋、な。いや、特にないかな」
「なら良かった。清水ちゃんも紗季ちゃんも、いつでも始められるみたいだから、落ち着いたらゲーム盤を持って上がってきてね」
清花姉は、いつもよりいくらか楽しそうな様子で、俺の目の前を通り過ぎていった。何をどうしたら『激甘! 薔薇色人生ゲーム』なるゲームにそうも期待できるのかは謎だが、ああいう清花姉の姿は見ていてこちらまで幸せになれる気がする。そうすればやはり、本気で付き合ってやらねばなるまい、と思う。
俺は自分の部屋に戻って、寝間着から普段着に着替えると、そこで一段落おく事もせず、ゲーム盤を一つ持って清水の部屋、もとい清水に貸している部屋へと向かった。




