14.
昼休みになって、俺はいつもの岩場へと腰掛け、とりあえず弁当箱を出した。
「うす、武司。お疲れ。現場長から、コーヒー預かってきたけど、飲むよね?」
「ああ。飲む。女の子からの差し入れだろ?」
そこへ、片手で二つの缶コーヒーを掴んだ多田野がこれもいつも通りにやってきて、俺の隣に少しの隙間を取って座った。その手から缶を一つ受け取りつつ、
「言っとくが、『お前が大好きな女の子が、直接渡すのは恥ずかしいからこうやって遠回しに受け取って貰おうとした』んじゃねぇと思うぞ」
と言った。
「げ。……なに、あんた心読めちゃう感じなの?」
的中した。多田野はとても単純で、かつ煩悩まみれである。
「お、揃ってるな。私の分の弁当は持ってきたか」
ついで、これで三日目になる弁当魔井上も、まるで当然かのように現れて、俺の左隣、多田野の居ない方へと座った。
「ああ。今日はメロンパンだってよ。良かったな、甘くて」
「だから、それ僕のだってばさぁ! 今日のメロンパンナパンは絶対譲らないからな!」
「何だその可愛い名前。全然似合わないからな、あげちゃえよ」
「無茶苦茶言うよね、あんた!」
そもそも、メロンパンなんて多田野にはミスマッチ過ぎる。俺はメロンパンの専門家ではないが、メロンパンを作った人も、多田野に食べられるよりはよほど弁当魔井上に食べられる方が嬉しいだろう。
「良いじゃん、お前には現場長の娘さんが居るだろ? よっと」
「うがあっ!」
俺は、多田野の右手からメロンパンの袋を奪うと、そのまま井上の方へと投げた。器用にそれをキャッチした井上は、多田野が慌てて立ち上がって止めに入るより先に、袋を裂いてパンに被りついていた。
「……ば、馬鹿武司め……! こっちは、『言っておくが、今日はねぇからな。ギロリ』って現場長に言われてんだよぉ!」
ギロリは不要だと思う。いや、多分それぐらい睨まれたのだろうけど。現場長は、根は間違いなく良い人なのだが、目付きと声と言葉と、それから普段の見てくれが全体的に怖かった。
「良いじゃん。昨日みたいに縫い針仕込まれるよりさ」
「仕込まれてたのかよ! 全部食べちゃったじゃん!」
「お前達、うるさいぞ。せっかくの……そこそこのメロンパンが不味くなるだろう」
今日のメロンパンの味はそこそこらしい。まあ確かに、包装の見た目からして安物感が漂っていた。
「くそう……僕が仕事中倒れたら、あんたらのせいだからなっ!」
「何言ってんだよ、正当防衛だって」
「何に対するだよっ!」
声を荒げに荒げて怒る多田野を無視して、弁当を開く。中に詰まっていた、いつも通りながら美味しそうな色とりどりのおかず達に食欲をそそられて、俺は箸を出しながら唾を飲んだ。それから思い出して、コーヒーの缶を開ける。
「……あ、さっきの方。先ほどは、お仕事中お邪魔したのに、ご親切にどうもありがとうございました」
俺が一口、コーヒーを口に含んだ時、目の前にそのコーヒーを差し入れてくれた少女が現れた。
「あ、いや、どう致しまして」
慌てて味わう暇なく飲み込みそう答えると、少女はもう一度ありがとうございました、と頭を下げた。
「ふむ。なあ、私の分がないぞ」
「おお、そうだな。多田野」
「絶対渡さねぇからねっ!」
多田野がコーヒーをお腹に抱え込んで、フルディフェンス体勢に入った。こうなるとさすがに、奪う事はためらわれる。
「あ、良ければ、まだいくつか余っていますので、どうぞ」
「む。気が利くな。恩に着るぞ」
少女が、品の良い笑顔と共に井上に缶コーヒーを手渡す。井上はそれを受け取ると、これまた凄まじい速さでプルトップを引いて開くと、ごくごくと喉を鳴らし始めた。
「僕、多田野って言うんだよね。君、なんて名前?」
その間に、自分の分のコーヒーに手を付けていた多田野が、まだいくらか余裕のある岩場に座るよう手で促しながら、少女に尋ねた。
「桜川詩帆、と申します。お名前も名乗らず、失礼致しました」
丁寧ながら、堅苦しくない言葉と声で挨拶し、それから少女は多田野によって示された場所、一番端に座っていた多田野のもう一つ端の方へと座った。
「皆さんの名前も、お伺いして構いませんか?」
「ああ、俺は岡村武司。こっちが、弁当魔井上」
「おい。勝手に不名誉な称号を引っ付けるな」
少女……桜川は、一人ずつを確認して、うん、と頷いて、
「ありがとうございます。皆さん、素敵なお名前です」
と柔らかく笑んだ。
「なあ武司……この娘、無茶苦茶可愛くない?」
「そうかもな。……あ、後ろから現場長が」
「ひええっ! むむ、娘さんの方が百倍可愛いです、はい!」
もちろん嘘である。だが、そんな多田野の様子に、柔らかかった桜川の笑顔は、もっと自然なものに変わった。
「あんたねぇ……。くそっ、武司の馬鹿野郎!」
「いやいや、正当防衛だからな」
「だから何に対してだよっ!」
ますます、桜川は笑った。
非建設的ではあったが、そんな楽しいやりとりによって、昼休みは風のように過ぎ去っていった。