第8話 ひび割れ
マーク・シュレディンガー
‥‥闘技大会の選手。大気を振動させる謎の超能力を手にする。
ビル・シュレディンガー
‥‥アニリン王立シーラン大学大学院社会学研究科博士課程後期二年。マークの弟。
セシリー・ハンセン
‥‥闘技大会の選手。水の超能力者。チーム『カミシグレ』。
ルシア・グレイン
‥‥闘技大会の選手。透明化の超能力者。チーム『カミシグレ』。
ローラ・フィールズ
‥‥闘技大会の選手。刃の超能力者。
マーフィ・ダニトリー
‥‥闘技大会の選手。怪力族。
ダニエル・バール
‥‥闘技大会の選手。火の超能力者。チーム『ネオキシス』。アニリン王立ムーア大学大学院理学研究科博士課程前期一年。
ラルフ・バーノン
‥‥闘技大会の選手。重力の超能力者。チーム『ネオキシス』。
トラビー・リップマン
‥‥闘技大会の職員。フィールド外に落下した選手の救助や治療を行う。
オベイ
‥‥闘技大会の職員。フィールド外に落下した選手の救助や治療を行う。
第7回闘技大会から半年が経過し、第8回闘技大会開催のシーズンとなった。
マークとビルは闘技大会に出資している企業とスポンサー契約を交わし、コンスタントに給料を得ることができるようになった。しかも、工務店で働いていた時の10倍近くの金を得られるようになっていた。
マークたちがスポンサー契約した企業は、ナフタレン重工業という機械製造メーカーであった。免震装置などの製造を手掛ける大手企業であるが、地震を想起させる超能力者とスポンサー契約を交わすことになったのは、自社の技術力に対するある種のメタファーを示しているのかもしれない。
マークとビルは、第8回闘技大会の初戦開始2時間前に会場入りしていた。彼らが会場入りして初めて会ったのは、やはりセシリーとルシアのコンビであった。
「やっほー二人とも! ねぇねぇすごいよマーク!今回新しく3組のペアが参加しに来たらしいよ!」
セシリーが相も変わらず興奮気味にマークに話しかけてきた。
「さ、3組も!?すごいな...。みんな超能力者なのか?」
「分からないけどその可能性はあるよ!楽しみだよね~!」
セシリーもまだ新入りの詳細について知らなかったようだが、いち早く会いたい一心で控室に向かおうとしていた。すると、突如セシリーはなにか固い壁にぶつかったようだった。それは、セシリーより二回りほど大きい男の体であった。
「た...たしゅけて...」
大男のあまりの迫力にセシリーが見たこともない顔でマークたちに助けを求めていた。どうやらこの男(とその後ろにいる男)たちが今回の闘技大会から参加してきた新入りの一組のようだった。
「ひどいなぁ。そんな俺の顔が怖かったかい。俺はコンテ・グライスだ。それで後ろにいるこいつはルーク・デファルコだ。北部地方のフェノール区から来たんだ。」
コンテとルークはフェノールと呼ばれる北部地方の街で働いていたようだが、クメン区で闘技大会が開かれているという噂を聞きつけて参加することに決めたようだった。フェノール区はここからだと車で10時間以上はかかる距離にあるが、闘技大会の噂はアニリン王国全土にまで広まっていたようだった。そんな遠くからわざわざ来たということは、もしかしたら超能力を持っているんじゃないかと考え、セシリーが恐る恐るコンテに質問した。
「ということは、もしかしてぇ...二人とも超能力者だったりぃ...?」
「おぉ?いきなりそんなこと聞くのか?随分と喧嘩腰だなぁ」
「ひぃぃん!!」
いきなり核心を突くような質問をしたことでコンテから返り討ちにあってしまったようだった。セシリーは半泣きでルシアの方へ助けを求めていた。
「ははっ。冗談だよ。試合前からそんな種明かししてちゃあ面白くねぇだろ?対戦するまでどんな相手なのかたくさん推理しておいてくれよ。」
コンテはあくまでも、この闘技大会での試合を楽しみにしているようだった。しかし、そんなやり取りの槍玉にあげられてしまったセシリーはなんとも不憫な目にあっていた。その一方で、普段人を選ばずコミュニケーションをとっているセシリーが珍しく怯えてる姿にルシアは面白くて仕方がないようだった。
栄えある初戦を飾るのは、セシリー・ルシアのペア「カミシグレ」チームと、新入りチーム「ビニル・アンナ」チームであった。セシリーは、対戦する相手がコンテのような恐ろしい人間だったらどうしようかと頭を抱えていたが、その心配はどうやら不要であった。新入りペアの一人、アンナは「カミシグレ」チームのファンだったのである。
「わぁ~!!本物のカミシグレだぁ!! 夢みたぁい...!」
控室から出てきたのは、珍しい男女のペアであった。
「俺はビニルだ。こいつは妹のアンナだ。実はアンナが二人の大ファンでね、前々から二人に会いたい会いたいって言って止まらなかったんだよ」
「...へっへぇ~、ファンかぁ~」
自分が恐れていた相手とは正反対の人間が出てきたことで、セシリーの表情は緩みに緩みまくっていた。
「さぁ始まりました!!第8回闘技大会!! 栄えある第1回戦を戦うのは!!新人チーム『ビニル&アンナ』チームと!!前回大会ベスト4のカミシグレチームだ!!」
実況のアナウンスとともに、闘技場は割れんばかりの歓声で沸きあがっていた。憧れの人間と対戦できることに狂喜乱舞しているアンナとは対照的に、闘技大会で長らく上位チームとして鎮座しているセシリーは余裕綽々の様子であった。
「やれやれ...はしゃぎすぎちゃってカワイイ奴め...。ほらおいで、アンナちゃん。私が闘技大会の厳しさってやつを教えてあげるわ」
セシリーが啖呵を切ったと同時に試合開始のゴングが鳴った。
「やった!!じゃあ早速戦おう!! ルシアちゃん!!」
「??????????????????????????????」
「あっ、あたし?」今置かれている状況を理解できなかったのか、セシリーはフリーズしていた。どうやらビニルとアンナは、事前の話し合いでアンナがルシアと対戦できるように対戦相手のトレードをしていたようだった。
「さて、やろうかセシリー。どれほどの実力か推し量らせてもらうよ」
「臨むところじゃあぁぁ!!!くたばりやがれこのシスコン野郎ぉぉ!!!」
セシリーは、アンナが向けていた尊敬の眼差しが、自分に対してではなくルシアに向けられていたという事実に耐え切れず発狂し、怒りに任せてビニルに高圧の水流をぶつけようとしていた。
すると、ビニルの手から眩い光が発せられたのが分かった。それは、まるでダニエルの繰り出す炎のようであった。しかし、その色はダニエルのそれとは違って青色であった。青い炎はセシリーの作り出した水流を押しのけ、その勢いを用いて蛇のごとき動きでセシリーに追尾した。その威力は、ダニエルの火に比べれば劣るものの、高い温度によって確実にダメージを与えていた。
この一連の動きを見ていたダニエルは、驚いた様子を見せていた。
「俺と同じ火の超能力者...なのか!?」
だがこれは、アニリン王国で超能力を研究する研究機関の見識と異なる事実であった。というのも超能力というのは、経験則として一度に全く同じ力をもつ超能力者が存在することはないとされていたからである。つまり、火の超能力者であるダニエルがこの世に生きている限り、同じような力を持っているビニルが存在するのはあり得ないはずなのである。しかし事実として二人は同じ時間軸を生きている。ここから言える仮説として、超能力というのは概念という大きな括りで大別されるのではなく、もっと細かい(例えば火の場合で言うと『温度』とか『波長』など)領域で分類されるものなのではないかと考えられる。したがってダニエルの持つ超能力が、比較的低い温度における火を扱う超能力で、ビニルの持つ超能力が、比較的高い温度における火を扱う超能力なのではないかというのが、ダニエルの打ち出した仮説である。
ともかく、セシリーは厄介な「蒼炎の超能力者」と戦うことになったのである。
セシリーは正面から戦うのは不利だと判断したのか、フィールド上に大量の水を作り出し、その水量をもってビニルをフィールドの一点に拘束させた。たまらずビニルはバーナー上の蒼炎をセシリーに向けて放ったものの、直前に水中に潜ったことで難なく躱してしまった。それどころか、水と一体化したことによってビニルはセシリーの姿を完全に見失ってしまっていた。
すると、ビニルの周辺で大きな爆発が起こり、大きく宙を舞った。セシリーが高圧に圧縮した水をビニルの近くに放ったことで起きた爆発である。これによりビニルはフィールド外へと吹っ飛ばされ、抵抗する間もなくプールへ落下してしまった。
「にゃははははは!!見たかベスト4の実力を!!」
大ファンを目の前で寝取られて(?)怒り狂っていたセシリーだったが、意外にも冷静に未知の能力者を対処していたのだった。
一方でセシリー待望の大ファンを寝取る形となってしまったルシアは、大人げない戦いとなることをあらかじめ宣言していた。
「言っとくけど私だいぶ大人げない戦い方になると思うよ」
「いいよ!!わたし大歓迎!!」
アンナにどんな魂胆があるのか分からないが、透明化に対する有効手段など今までの闘技大会で見つかっていなかったため、ルシアはいつも通り透明化した。
「すぐ決着ついちゃうよ!!」
「そうだね」
アンナは透明化したルシアに焦る様子はなかった。というよりむしろ、まるでそこにいるかのように空中に焦点を合わせていた。
対するルシアは、自分の位置が足音などで悟られないように忍び足で場所を移動していた。そうして、会場にいる誰もが気づかぬ間にルシアはアンナの背後を取っていた。それは、ルシアが得意としていた戦い方であった。
しかしアンナは、まるでルシアがそういう行動を取るのが事前に分かっていたかのように背後に振り返り、ルシアに向かって何やら紐のようなものを射出した。その紐はまるで蜘蛛の巣のように複雑に絡み合っており、透明化していたルシアはその蜘蛛の巣に完全に絡めとられてしまった。
「なっ...なにこれっ!? ほどけないっ!!」
ルシアは透明化することを完全に忘れ、謎の蜘蛛の巣から逃れるのに精いっぱいであった。
「やっぱりきれいに捕まってくれたね。作戦大成功!」
アンナは蜘蛛の巣に絡まったルシアの前で膝を抱えてしゃがみ込み、満面の笑みを浮かべていた。
「ア...アンナ? 良い子だからこれほどいてくれる??」
「え~なんでぇ?せっかくこの日のためにめっちゃ切れにくい糸作の練習したのに~」
アンナは思い通りの糸を作り出せる「糸の超能力者」だったのである。ルシアを捕まえた蜘蛛の巣は、引きちぎられないように十分な太さと硬さを備えており、道具を使わず自力で脱出するのは不可能であった。また、アンナが透明化したルシアを補足できていたのは、試合開始直後に目に見えないほどの細さでかつ触れたことに気づかないくらいの強度の糸をフィールド中に張り巡らせていたことによって、目視できなくともルシアがどこにいるのかが分かったためである。アンナがわざわざ透明化という、闘技大会で一番厄介といえる超能力を持つルシアを指名したのは、自分がその突破口を持っていたためだったのだ。
「ん~そうだなぁ~。もし出してほしいんだったらさぁ~、『ここから出してよぉ~アンナお姉ちゃぁん』って言って~??」
アンナは見た目にそぐわないドSだったのである。さっきまで目を輝かせていたファンの子が、まさか自分を食い物にしようとしていたことに恐怖を覚えたルシアは、思わず大声でセシリーに助けを求めた。
「助けてーーー!!! セシリーィィィ!!!」
ルシアの叫びに呼応するかのように水面から鬼気迫った表情のセシリーが出現した。自らの心を弄んだ愚かな新参者を懲らしめたくて仕方がないようだった。
「セシリーちゃんは正直何の対策もしてなかったからなぁ~、どうしようかなぁ」
透明化という無敵の超能力をもつルシアに一泡吹かせたい一心で闘技大会の練習をしていたため、セシリーの水の超能力に対しては全く対策をしていなかったようだった。ただ、ルシア捕獲作戦を経て手に入れた拘束用ネットは人間に対して一定の効果を示すため、セシリーに向けてこの拘束用ネットを射出した。だがすでに分かり切った攻撃であったため、セシリーはなんなくこれを回避して、ビニルに対してやったことと同様に水流によってアンナを一点に拘束した。というよりもむしろ、この水流の勢いによってアンナをフィールド外へと落そうとしていた。その勢いはまるで滝のようであり、泳いだところで脱出することは不可能なほどであった。
フィールド外まであと2、3メートルまで来たところで、アンナが一発逆転を狙って一本の糸を射出し、セシリーの胴体に巻き付けた。この糸は先ほどまでルシアを拘束していたものよりもさらに太く、しかも無造作にセシリーの胴体に絡まったため、ほどくこともちぎることもできそうになかった。アンナは綱引きの要領でセシリーを引き込み、どうせ落ちるなら道連れにしてやろうと考えたのだった。この場合ルシアがフィールドに残ったままであるが、ほとんど戦闘不能状態に陥っているため、試合の勝敗を決するのはセシリーとアンナのどちらのほうが先に場外に落ちたのかに委ねられることになる。
「生意気なぁ....!!」
アンナの思いもよらぬ反撃に焦ったセシリーであるが、フィールド外のプールに張られた大量の水でアンナを押しつぶし、ようやく紐から手を離させることに成功したのであった。それと同時に、水流へ抵抗するすべを失ったアンナは場外へと洗い落とされたのであった。
こうして危うい場面があったものの、栄えある第一回戦は「カミシグレ」が勝利を飾ったのであった。
「たすけて...ほどけない...」
「チヤホヤされてた罰よ」
大ファンだと思っていた人間から思わぬしっぺ返しを食らったルシアにセシリーはシメシメと喜んでいた。
「蒼炎...つまりビニルがもつ超能力はダニエルの『火の超能力』とは全く別物ってことか...」
マークはダニエルによる超能力の考察に一定の理解を示していた。
「そうだ。あいつの火は高温なぶんだけ、出力できるエネルギーが俺のそれより制限されているのかもしれない。そうやって互いの超能力にトレードオフの関係があるんだろう」
そうして超能力について議論を交わしていたところで、先ほどまで試合をしていた4人が帰ってきた。
「ずいぶん強くなっていたな、セシリー」
「へへ~ でしょぉ~?」
マークに褒められて笑みがこぼれたセシリーであった。
「油断しちゃったっけ」
「いつも透明化の能力にかまけてるからだよ」
ダニエルは、いつも透明化の能力で半ば無双状態であったルシアが明確に敗北したシーンに立ち会えて満更でもない様子であった。
「それにしても、二人ともすごい超能力者だな。これまた強敵が増えてしまったよ」
新たな超能力者の登場により闘技大会が盛り上がることをマークは期待していたようだった。
「いやいや、あの二人の方が断然強かったよ。なぁ、アンナ」
「そーそー!!セシリーちゃんなんか手も足もでなかったよぉ~! さすがセシリーちゃん!!」
アンナはあえてセシリーの前で彼女のことを褒めちぎっていたが、なおのことセシリーは不満そうな表情を浮かべていた。「散々人のことを弄びやがって」と言わんばかりにアンナの頬をやや強めに抓ったのであった。
「しかし随分と超能力者も増えてきたな。ここにいる新人二人も含めると、闘技大会にいる超能力者は11人だ」
現状明らかとなっている超能力者は、この場にいるマーク、ダニエル、セシリー、ルシア、ビニル、アンナに加えて、ローラ、ラルフ、オーウェン、ジン、ビアンカの11人である。もしかすると、残りの新人4人の中にも超能力者が含まれている可能性もあるが、それにしてもかなりの数の超能力者が一堂に会していることになっているのだ。もはや、非超能力者の方が少ないという珍しい状況になっている。
「まさか、アニリン王国内の一般人にこれほど超能力者が潜んでいたとは...」
「こんなにたくさん超能力者が集まったんだから、それだけ闘技大会がみんなにとって最高の場所なのよ!」
セシリーは多くの超能力者が闘技大会に集まってきたことを喜んでいたが、ダニエルは素直に喜ぶことはなかった。
そうして数分ほど会話を交わしたのち、ビニル・アンナ兄妹は控室へと戻っていった。
「確かに俺もここに来るまでは超能力者がこんなにいるとは思いもしなかったよ」
「でしょ~?闘技大会がなかったら、こうしてみんなと仲良くなんてなれなかったと思うわ!」
セシリーは、やはり闘技大会のことを過剰に神聖視しているように見えた。だが、マーク自身も闘技大会に来たことで工務店で働いていた時以上に裕福な生活ができるようになったため、セシリーの意見には同意していた。
「意外に良い場所だったな」「うん!!みんな面白くて良い人たちばっかだったなぁ~」
ビニルとアンナも闘技大会に対する印象は同じだったようだった。
そのとき、彼らの正面から闘技大会職員のトラビーが声を掛けてきた。
「ビニルさん、アンナさん。プールサイドに忘れ物があったようです。気づかず申し訳ありません。今から一緒に回収しに同行してもらえませんでしょうか?」
「あれ...?忘れ物なんてしたっけかな...」
ビニルは特に忘れ物をした覚えがなかったため違和感を覚えていたが、アンナがもしかしたらと可能性を指摘した。
「あ~ほら!!あれじゃない?アンダーウェア脱いだままほっぽりだしちゃったとか!」
「ああ、そうか。すまないが、案内してもらっても良いかな。悪いな、初めて来たもんだからまだどこに何があるのかもわからなくてね」
ビニルは無理やり納得させてトラビーの案内に従って忘れ物の回収についていった。
一方でマークたちは、超能力者が増えてきた闘技大会での今後の過ごし方について話していた。
「しかしこうも超能力者が増えるとなると、毎試合勝つのが大変になってくるなぁ」
「なに言ってんのよ!インフレしていったほうが勝った時の爽快感がたまらないじゃないの~!」
マークは強敵が増えることに心配している一方で、セシリーはこの状況が楽しくて仕方がないようだった。
「そうは言ってもマークとビルが苦戦するのなんて今のところダニエルとラルフ辺りくらいしかいないんじゃない?」
ルシアにとって、マークとビルの実力は確固たるものであり、これからいくら超能力者が増えようとそう簡単にやられることはないだろうという評価であった。
「まあ確かに、苦戦した末に倒したほうがやりがいがありそうだな」
そんな風にマークも結論付けたのであった。
だが、そんな楽観は間違いであったと、この後すぐ思い知らされることとなる。
「悪いな。忘れ物なんてなかったんだ。お前たちは、運が悪かっただけだ」
ビニルとアンナは、見るも無残に焼き殺されていたのであった。




