第6話 優勝決定戦
マーク・シュレディンガー
‥‥闘技大会の選手。大気を振動させる謎の超能力を手にする。
ビル・シュレディンガー
‥‥アニリン王立シーラン大学大学院社会学研究科博士課程後期二年。マークの弟。
セシリー・ハンセン
‥‥闘技大会の選手。水の超能力者。チーム『カミシグレ』。
ルシア・グレイン
‥‥闘技大会の選手。透明化の超能力者。チーム『カミシグレ』。
ローラ・フィールズ
‥‥闘技大会の選手。刃の超能力者。
マーフィ・ダニトリー
‥‥闘技大会の選手。怪力族。
ダニエル・バール
‥‥闘技大会の選手。火の超能力者。チーム『ネオキシス』。アニリン王立ムーア大学大学院理学研究科博士課程前期一年。
ラルフ・バーノン
‥‥闘技大会の選手。チーム『ネオキシス』。
ゲラルト・ガウス
‥‥アニリン王国海軍本部大将。
ロバート・カンバー
‥‥アニリン王国海軍本部中将。
エリー・スレンジャー
‥‥アニリン王国海軍本部少尉。
ミク・マツヤマ
‥‥アニリン王国海軍本部大佐。
ジーモン・マイヤー
‥‥アニリン王国海軍本部一般兵。
ガウスとカンバーは、ついさっきまで行われていた『ネオキシス』チームと『カミシグレ』チームの試合の分析を行っていた。
「ダニエルもうまく超能力を利用していたな。海軍にいないのが惜しい人材だ」
「彼は今大学院にいるらしいですから、もしかしたらこれから来るかもしれないですよ。試験の案内ぐらいは出してやってもいんじゃないですかね」
海兵たちが座っている座席の後ろで、先ほどの試合を立ちながら眺めていた闘技大会の選手、ディアナがいた。彼女の位置からだと、ガウスとカンバーの会話の内容を聞くことができていた。どうやら、海軍本部は闘技大会に集まる超能力者が欲しくて視察に来ている可能性がある。アニリン王国における超能力者の扱いというのは非常に特殊である。というのも、あらゆる法人は超能力者を、その超能力を利用することを目的として採用することを法的に禁止されているのだ。この法律の目的は、公には超能力者の人権の保護とされているが、実際は超能力者を企業が独占することで、超能力者を有さない他の企業が競争から淘汰されることを防ぐために設けているとされている(例えば電力会社が火の超能力者を独占すれば、理想的には石炭などの燃料を調達することなしに無尽蔵に発電することができてしまうため、競合他社より不当に価格を下げて電力を販売することが可能になってしまう。もちろん現実的に考えれば超能力者一人でアニリン王国全土の家屋に電力を供給するに足るエネルギーを出せるはずもないが)。つまるところディアナは、海軍が法律の抜け穴を通って、闘技大会に参加している超能力者を引き抜こうとしているんじゃないかと懸念していた。これまでも海軍本部の人間が視察することはたびたびあったものの、あからさまに大将や中将といった将校クラスの人間を寄こしたということは、「これから超能力者を引き抜きます」と宣言しているようなものである。このまま悠長に闘技大会で過ごしていては、いずれ海軍が超能力者を奪いに来ることになるため、危険な目にあう可能性があると、ディアナは考えていた。
そのとき、ディアナの背後から人が近づいてきていた。それは、ガウスらと同じく海軍の制服を着た女性であった。女はディアナの肩に手をかけると、こう言葉を発した。
「おい、なにをしているんだお前は」
女は全く気配を感じさせることなくディアナに近づいていたのである。その尋常ならざる雰囲気にディアナはしり込みしてしまっていた。ディアナは以前から、海軍が視察に来ていたことを不審に思い、海軍本部の主要人物について調べていた。目をつけてきた女海兵は、まさしくディアナが主要人物として警戒していたユキ・イシイという名の海軍本部少将であった。年齢は32歳であるが、この若さで本部の少将を務めているということは、海軍においてトップクラスの実力を有していることの裏付けとなっている。
イシイは、自分が発した問いにディアナがいつまでたっても応えようとしないため、早急に結論付けようとしていた。
「そうか...お前が例の...」
イシイが言葉を続けようとしたときに、前方の観客席からマツヤマが遮る形で乱入してきた。
「ちょっと!何してるのユキ!? この子は闘技大会の選手なのよ!?」
マツヤマは、イシイが闘技大会の選手を不当に恫喝しているように見えたため、それをやめさせるべく注意に入ったのであった。
「こいつはガウス大将とカンバー中将の会話を傍受しようとしていた。本部将校同士の会話はなにであろうと機密情報にあたる。疑いをかけて当然だろうが」
イシイの主張は一見正当に見えるが、マツヤマは闘技大会の選手という一般人にその主張を当てはめるのは無理やりが過ぎるといった印象を受けていた。
「ふざけないで!!ここは民間企業が運営している娯楽施設なのよ!? そこに参加しているこの子がそんな類の行為をするわけないでしょ! そんなことをして彼女にトラウマを植え付けでもしたらどうするつもりだったの!?」
海兵同士が大声で口論をしていたため、周囲の人間は騒然としていた。ディアナも口論に巻き込まれる形となったため、収拾がつかなくなってしまいどうすればいいのか分からなくなっていた。そのとき前方の観客席から、マツヤマとイシイの口論を収めるべくガウスが様子を見に来ていた。
「一般人が見ているぞ」
その声は静かであったが、尋常ならざる威圧感を放っていた。たった一言であったが、その裏には「海軍本部の信頼を損なわせるような振る舞いをするな」という警告が含まれていることが簡単に理解できた。口論の発端となってしまったマツヤマはガウスに謝罪した。ガウスはその一方で、躊躇なく一般人に絡んで疑いの目を向けたイシイのことも注意した。
「イシイもやたら一般人に絡むな。必要があれば本部から指示が来る。一個人の判断で勝手な真似はするな」
「...すみません」
イシイは一応謝罪はしたものの、未だ釈然としない様子であった。
「ディアナ、部下がすまなかった。少し状況が状況なもんで、現場もピりついていたんだ」
ディアナはガウスから一応謝罪の言葉を受け取ったものの、あまりの修羅場に何を謝罪されていたのかわからず、空返事をしてそそくさと退散していった。
少し歩くと、ディアナとペアを組んでいるアガーテが通路の壁に寄りかかっているのが見えた。
「ディアナさっき海兵に絡まれてなかった?」
アガーテはからかうような口調で先ほどの出来事について問いただした。
「ああ、なんか敵国のスパイなんじゃないかって疑いかけられちまったよ。マジで殺されるかと思った」
「ガハハ!! オモロ! ディアナ、マジ不憫すぎて笑うわ」
アガーテにとって、人の不幸は蜜の味のようだった。
「ふざけんなアガーテ、笑いごとじゃねぇんだよ。あいつらやっぱヤベー集団だよ」
この出来事を機に、不用意に海兵に近づくことは止めようと心に誓ったディアナであった。
『ネオキシス』チームと『カミシグレ』の試合を見ていたマークは、そのレベルの高さに太刀打ちできる自信がなく、控室前のベンチにもたれかかって呆然としていた。
「さっきからどうしたんだよマーク」
ビルからの問いかけに、マークは生気の抜けた声で返事した。
「...どうもこうもねぇよ...。あの二人に勝てる気がしねぇんだよ...。これじゃあ優勝賞金手に入れらんねぇよ...学費と生活費が...」
マークはダニエルらに勝つことだけを考えていたため、準優勝で得られる賞金のことを完全に忘れていた。準優勝で手に入る賞金でビルの大学卒業分の学費は賄えるため、決勝戦に進出した時点で今回闘技大会に参加した目的は達成されていたのだ。そのことを冷静に指摘したビルは、結果がどうであれ最後の試合を楽しもうとマークに発破をかけた。
「もうこの際だからさ、やれるところまでやって楽しもうぜ」
「...まあそれもそうだな」
来たる決勝戦に対する覚悟はできたものの、依然として規格外の実力を持つダニエルに対してどうやって戦うべきなのかは一切見当もついていなかった。加えて、先ほどの試合ではダニエルのペアであるラルフが試合に全く参加していなかったため、彼が持つとされる超能力に関する情報もわからないのだ。
『ネオキシス』チームに対する作戦をいろいろと考えていたところで、闘技場のアリーナ方面から二人の男が歩いてきたのが見えた。マックス・ゴンとテイラー・ゴンの兄弟であった。彼らも以前から闘技大会に参加していた古参組である。今回は残念ながらセシリー、ルシアの『カミシグレ』チームに敗れてしまったものの、超能力を持たずして彼女ら超能力者組に張り合う力を持つ実力者である。
「...何してんだ?こんなところで」
ベンチにもたれかかっていたマークに対して、マックスが質問した。
「ああ、まぁ決勝戦の作戦会議ってところかな」
作戦会議とは言ったものの、対抗策は全く浮かんでいなかった。そこで、マークとビルの作戦会議を横で見ていたローラがマックスに助言を求めてきた。
「マックス、どうやったらあの二人を倒せると思う?」
マックスとテイラーの二人は、勝ったことはないにしろ『ネオキシス』や『カミシグレ』といった超能力者組に対して対等に近いレベルで渡り合っているため、もしかしたら有効な対策を考えつくことができるかもしれいないと思ったのだ。
「どうって...俺らも未だ勝ったことないし...。...やっぱりダニエルの火を何とかするしかないんじゃないか...?」
やはり古参組も、ダニエルの持つ火の超能力が厄介であるという認識は変わらないようだった。事実、ダニエルの超能力に打ち勝つ可能性があるのは、水の超能力をもつセシリーと、熱そのものに耐性を持っている溶岩の超能力者ジンのみである。ということで、結論としてはダニエルの放つ火をなんとかするという大雑把な作戦しか思いつかなかった。議論を遠目から見ていたテイラーは、興味がなさげでさっさと控室に戻りたそうにしていた。
「...まあでも...、お前らがこの状況をどう打開するかは興味あるから、決勝戦楽しみにしてるよ。マーク」
マックスも、初出場にして決勝戦に進むことのできたマークとビルに対して一定の興味を示してくれていたようだった。こうして作戦会議は終了し、各々は自身の控室へと散会していった。
ベンチ周辺に残っていたのは、いまだベンチに腰かけたままのマークと、行き場を失っていたマーフィのみだった。なにやら、マーフィはマークに何かを言いたそうにしていた。
「どうしたの、マーフィ」
「えっ、あっ、いや...。」
マーフィはこれまでの人生で、ローラ以外の他人に自分から話しかけたことがなかったため、久しぶりの会話に緊張しているようだった。
「あ...あの...もしよかったら...、私の...結晶出すやつ...マークに教えたいなって...」
どうやらマーフィは、先ほどまでの作戦会議で自分の意見を言いたかったようだった。あまりに意外な解決策に、マークは思わず「えっ!?」と呟いた。
「私の出す結晶...結構いろんな衝撃とかに強いからさ...もしかしたらさっきの火も防げると思うし...。あっ...でもっ...決勝まであと3日なのにいきなり新しいことやるとか迷惑だよね...。ほ...ほんと別に気にしなくていいから...」
マーフィは意を決して自分の意見を発信したものの、言った直後にそれが逆に迷惑になっているんじゃないかと感じてしまったようだった。ただ藁にも縋る思いであったマークは、具体的な作戦を教えてくれたマーフィに素直に感謝を述べた。
「いやいや、できることは何でもやっておきたかったからさ、助かったよ。ありがとう。」
周囲から認められる経験が少なかったマーフィは、筆舌しがたい感覚に陥り、不器用な笑みを浮かべていた。
「よし、そうと決まれば練習しよう! マーフィ、外で教えてくれないか?」
マークは、マーフィに三日間付きっ切りで結晶体を表出する練習をしてもらった。だが、マーフィの教え方はかなり感覚的で、超能力のように簡単にイメージできるものではなかった。ついに、マークが三日間で結晶を作り出すことはなかった。
そして、運命の決勝戦が始まろうとしていた。マークとビルは、アリーナに続く扉の前で、入場のコールが鳴るのを待っていた。それは、これまでに二回行われた試合以上に緊張感の伴う時間であった。向かいの控室から、ダニエルとラルフが現れた。
「まさかここまで来るとは思っていなかった。敬意を払う。だからこそ、お前らを全力で倒す」
ダニエルも本気であった。初めて会ったときは、格闘術も超能力の扱いも何もかもが素人で眼中にもないと思っていたが、わずか二回だけ行われた試合でその気概が本物であると伝わったのだ。これは裏を返せば、ダニエルの油断を誘う作戦が一切通用しないことを意味する。つまり、純粋な実力勝負で彼らに打ち勝つほかないということである。
「俺とやろうか、マーク」
試合のゴングが鳴ると、ダニエルはマークに宣戦布告をした。マークもこれは分かりきっていた。ダニエルは必ず俺を狙って勝負を仕掛けてくると。だからこそ三日間、必死にダニエル対策を練ってきたのだ。
マーク対ダニエルの対決は、ダニエルから動き出した。右手から極大の炎を作り出すと、マークに目掛けて一気に投げ出してきたのだ。マークはすんでのところで炎を避けたものの、続けざまに分厚い炎の膜を生み出し、それをマークに被せようとした。これも間一髪のところで脱出することに成功したものの、明らかに防戦一方であり、自身の動きについてこれていないマークに若干拍子抜けしていた。
「さっきから逃げてばっかじゃねぇか!!」
ダニエルの猛攻を見ていたセシリーは、反撃に出ないマークにもどかしさを感じていた。しかし、火というすべての生物が恐れおののく存在に対して真っ向勝負できるセシリーのほうが異常であり、マークのような反応をするのは正常であると、隣に座るルシアが諭していた。じゃあどうするんだ、とセシリーは頭を悩ましていたが、ただ一人ルシアだけがうっすら笑みを浮かべていた。
決勝戦の一日前、マークは結晶表出の練習と同時並行で、ルシアに対ダニエルの作戦について意見を伺っていた。ルシアの編み出した作戦は、ダニエルの超能力や身体能力に着目したものではなく、ダニエルの性格そのものに焦点を置いたものであった。
「ダニエルは確かに強いわ。単体での攻撃力なら、おそらく闘技大会で右に出るものはいないね。でも、やりようはあるわ。彼は強い。強い故に、高いプライドを持っている。マークのことも多少認めてはいるんでしょうけども、心の中ではやっぱり自分が勝たなくちゃいけないと思っているはずだわ。おまけに今回は顔見知りの海軍の人たちが来ているという状況。だからきっと、ダニエルは焦るはずよ。そこで作戦なんだけど、マークは試合が始まってすぐには攻撃をしないで、ダニエルが繰り出す攻撃をひたすら耐え忍んで、粘り強く機会を待つ。そうすれば、海軍の人に良いところを見せたくて、渾身の攻撃をしてくるはずよ。あなたはその隙に、超能力で場外に吹き飛ばしてやればいいのよ」
ルシアの読み通り、ダニエルはマークに攻撃を当てることができずに焦り始めていた。ダニエルとしては、超能力vs超能力という構図で、高火力同士の撃ち合いを制すれば海軍からの評価が上がるのではないかという希望的観測をしていたため、自身の予想に反した動きをするマークにいら立ちを募らせていた。それに加え、何度も技を繰り出しているのにも関わらず仕留めきることができず、逆に評価が落ちているんじゃないかと感じたことで、早くマークを倒さなければと試合を急いでいるようにも見えた。
しびれを切らしたダニエルは、勢いよく炎を地面に噴出し、その熱により生み出された上昇気流に乗って大きく宙を舞った。すると、ダニエルの右手に闘技場のフィールドを覆いつくさんとする巨大な火球が生み出された。おそらくこの火球がフィールドに着弾すれば、マークはおろか、フィールドにいるビルやラルフもろとも吹き飛ばされてしまうほどの威力であることは明らかであった。
しかし、それはまさにルシアが思い描いていたダニエルの唯一の隙であった。ひたすらに機をうかがっていたマークは、ここぞとばかりに力をため込み、ダニエルめがけて渾身の空気砲放った。空気砲はダニエルの体にクリーンヒットし、放物線を描いてフィールド外のプールに落ちようとしていた。だが、すんでのところでダニエルは意識を取り戻し、両足から炎を逆噴射することで自由落下に逆らい、再びフィールドへと復帰した。
「...こんな炎ごときで音を上げてたまるかよ。今までの修羅場に比べれば...大したことないね...。我慢が足りないねぇ...ダニエル...」
あまりの高熱にマークは全身から汗が噴き出ていたが、確かに自信に満ち溢れていた。一方のダニエルは、意外過ぎるマークの心理戦に、ルシアの入れ知恵を疑っていた。
「いじわるしたくなっちゃうんだよね。ダニエル」
思わぬ刺客に、ダニエルは一杯食わされていたのだった。
その一方で、静かにビルとラルフの戦いが繰り広げられていた。ビルは一応構えを見せているものの、いったいどういった超能力をもっているのかわからないため、自分から手出しすることはせずひたすら様子をうかがっていた。
「こないならこっちから行くぞ」
そう言うと、ラルフは一気に駆け寄り、ビルをフィールド外へ突き落そうとしてきた。ビルはジリジリとフィールドの縁へと追い込まれていき、わずか30 cm後方に行けばプールに落ちてしまうような状況となっていた。ラルフが右手を大きく突き出してきたところで、ビルはラルフの服を掴み、その勢いを利用してプールへと投げ落としたのだ。ラルフの体は完全にフィールド外に飛び出しており、ダニエルのように空中を飛ぶような手段を持たない限り復帰は不可能であった。しかし、着水する寸前でラルフの体は突如重力に逆らって宙を舞い始めたのだった。よく見ると、水面の形が崩れており、形の歪な水滴も宙を舞っていることに気づいた。どうやら、ラルフは周囲の重力を支配して落下から免れたようであった。
「出たよ...。反則級の超能力...。重力の超能力...」
さすがのルシアでさえ、ラルフの持つ重力の超能力に対する対抗策は思いつかないようであった。ラルフは再び場内に復帰すると、今度はビルの周囲の重力を支配し、ビルを宙へと浮かせたのだった。
「本当は使いたくなかったんだがな...こうなった以上は奥の手だ...」
ラルフの扱う重力の超能力は、地球の中心に向かう(本来の)重力の強弱を調整することを得意とする。本来の重力の方向から角度がついてくるほど操作の難易度は増していき、今まさにビルに繰り出している技は、本来の重力とは正反対の方向(反重力)で最も体力を消費するのである。ゆえにこの必殺技を使ったのはこれまで6回開催されたうちの1回のみである。
この技が発動された以上、ビルは何もすることができず無残にも場外に落下するほかなかった。あまりに不条理な超能力に、観戦していたローラはマシンガンのごとき勢いでブーイングをしていた。
ビルがプールに落下したことを確認したラルフは、フィールド中央へ視線を向けると、ダニエルとマークの壮絶な戦いに入り込む余地がないと判断した。彼らの周りには、誰の干渉も許さないために分厚い炎のカーテンによって覆われており、その内部は想像を絶する熱さに達していた。
「あきらめろ。もう俺に近づくこともできないだろう」
もはやマークは、ダニエルの攻撃を避けきるほどのスペースも、心理的余裕も失われていた。残された選択肢は、一か八かで空気砲を撃つことしかなかった。最悪相討ちとなってしまうが、現在ビルがフィールドの残り続けているのか確認する余裕もなかった。その迷いから出遅れてしまい、ダニエルに渾身の必殺技を繰り出すのを許してしまった。フィールドには炎の嵐が舞い、生身の人間であれば容易に吹き飛ばされてしまうほどの威力であった。誰もが、マークの敗北を確信していた。
炎が晴れると、そこには想像だにしていなかった光景が広がっていた。マークはその場から一切動かずに、ほとんど無傷で立っていたのだった。マークの前方には、非常に純度の高い結晶が不規則な方向に生えていた。マークは土壇場で、マーフィから教えてもらっていた結晶表出の方法を習得したのだ。
その一部始終を目撃したガウスは、その光景の異常性にいち早く気づいていた。マークの作り出した結晶は、不規則な方向に生えた言わば『原石』状態であり、実戦で使うには不便を極めるものである。しかし、それは表出してから間もないということの証明であり、訓練により結晶の形は思い描くように制御できるようになる。ガウスが感じた違和感は、マークの生み出した結晶の体積にあった。海軍でも同様に結晶を表出する訓練は行っているものの、海兵たちが一度に出せる結晶の体積は平均して5 L、つまり、大型のペットボトル2、3本分といったところである。しかし今マークがとっさに生み出した結晶の体積は、軽く見積もっても200 L、浴槽を容易に埋め尽くすことができる量である。手練れの海兵でも出せない量であり、訓練どうこうではなくセンスで左右されるほどの量であったのだ。
その異常さは、マーク本人も感じていた。超能力に飽き足らず、正体も定かではない結晶が溢れてきたのだから、自分がこれからどうなってしまうのか、恐ろしくてたまらなかったのだ。一方のダニエルは、てっきりマークが結晶を表出できることを隠してたとばかり思っていたため、顔を曇らせていたことを意外に思っていた。
「今更だな。迷うなよ、マーク」
マークは再び覚悟を決め、真正面からダニエルに立ち向かう。




