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第4話 悪意を殺す

マーク・シュレディンガー

‥‥闘技大会の選手。大気を振動させる謎の超能力を手にする。

ビル・シュレディンガー

‥‥アニリン王立シーラン大学大学院社会学研究科博士課程後期二年。マークの弟。

セシリー・ハンセン

‥‥闘技大会の選手。チーム『カミシグレ』。

ルシア・グレイン

‥‥闘技大会の選手。チーム『カミシグレ』。

ローラ・フィールズ

‥‥闘技大会の選手。刃の超能力者。

マーフィ・ダニトリー

‥‥闘技大会の選手。怪力族。

オーウェン・グルーバー

‥‥闘技大会の選手。チーム『アリゲーター』。氷結の超能力者。

ジン・フクザワ

‥‥闘技大会の選手。チーム『アリゲーター』。溶岩の超能力者。

ダニエル・バール

‥‥闘技大会の選手。チーム『ネオキシス』。アニリン王立ムーア大学大学院理学研究科博士課程前期一年。

 マーフィにとってこの闘技大会はこれまでの人間社会の縮図のように思えていた。周りの人間のあらゆる話し声や笑い声、それら全ての事象が自分に向けられた悪意なのだと感じずにはいられなかった。ローラは彼女に掛けるべき声が見つからなかった。「そんなことはない」などと言ったところで、これまでマーフィに蓄積されてきた数々の悪意がそれを払いのけてしまう。だからローラはただひたすら、マーフィがこの現実世界に少しでも長く居てもらうように助言するほかなかった。

「で...でも、折角初戦勝てたしさ...行けるところまで行ってみよ...?」

 しかしマーフィはローラからの助言に「はい」とも「いいえ」とも口に出さなかった。ローラにこれ以上言及する勇気はなかったため、トイレに行くとだけ伝えて、マーフィに一人で考えさせる時間を取らせることにした。

 ローラは洗面台の前に立ち、己が選択した行動が正しかったのか省みていた。自分はただ、自己満足のためにローラを自室から引っ張り出してしまったんじゃないのか? もしかしたら他に何か良い選択があったけど、自分はそれをあえて見て見ぬふりをして、一番楽な道に逃げてしまったんじゃないか? 考えれば考えるほど、自分は本当にマーフィのために動いてきたのか疑心暗鬼に陥ってしまっていた。

 トイレを出ると、通路を歩いてきた人とぶつかってしまい、思わず「ごめんなさい」と口に出してしまった。よく見ると、その姿はローラたちが次の試合で戦うビル・シュレディンガーであった。互いに軽く自己紹介を交わすと、ビルから途中退席したマーフィのことを心配する言葉が出てきた。

「それで...マーフィは大丈夫なの? 彼女、酔いすぎたんじゃなかったっけ?」

 少しポカンとしていると、自分があのときとっさについた嘘を思い出し、ビルの話に合わせようとした。しかしビルの目が、彼女の思惑を見抜いていたかのように見え、途中退席した理由を正直に明かすこととした。

「...いや、酔ったから帰ったんじゃないの...」

「なんだ、違うのか?」

 ローラは自分たちがなぜ闘技大会に来たのかをすべて明かした。マーフィは怪力族であり、彼女が通う中学、高校に怪力族はマーフィ一人だけであったことから酷いいじめを受けていたことまで、ビルがそれを理解してくれることに賭けて、正直に話した。

「まあ...俺たち人間からしたら、自分たちの数倍以上の筋力を持つ奴がいるんだとしたら、それは珍しく感じるだろうしな...」

 ビルは彼女たちの置かれている状況に理解を示してくれた。大学院で社会学を専攻するビルにとって、この怪力族にまつわる社会問題は避けられない課題であったこともそれを助けたのだろう。

「だから、ちょうど超能力者という『異物』が大勢いるこの闘技大会にマーフィを誘ったんだろ?」

 ビルにとってローラの思考は筒抜けだったのだろう。他人からもそう受け取られる時点で、自分の考えはあまりにも浅はかであったと打ちひしがれていた。運よく自分も超能力者になったことで、マーフィを闘技大会に連れていく口実ができたに過ぎなかったのだ。マイノリティの集団に入れば、きっとマーフィのことを理解してくれる人とうまくやっていけるだろうと、希望的観測をもって参加してきたが、口に出すほど自分がいかに己の都合で動いていたのかを痛感させられる。そう吐露したが、ビルから返ってきた言葉は意外だった。

「いや...? 俺はそうは思わないな。マークだって超能力者になったときは不安そうに思ってたけど、ここに来てからは笑顔になってくれたぜ。 きっとマーフィに必要なのは時間さ。超能力者と違って怪力族っていうのは生まれてきてからずっと怪力族で、背負ってきたものはずっと大きいはずだからな」

 ビルからもらったアドバイスで、自分に足りなかったものは忍耐力なんだな、と感じた。たった一度マーフィが弱音を吐いたからといって簡単に諦めるわけにはいかない。彼女が立ち直ってくれるその時まで、自分はただひたすら寄り添い続けるしかないのだと、もう一度覚悟を決めたのだった。


 一方でマーフィは、ただ一人で夜の静かな闘技場をぐるりと歩いていた。中央に浮かぶフィールドで、さっきまで自分は戦っていたのだと思い返していた。ふとベンチに目をやると、セシリーやルシアたちが楽しそうに闘技大会を観戦する姿が想起させられた。自分にこんなことはできないのだろうと、自分に降りかかった運命を呪っていた。

 そのとき、マーフィのことを心配したマークは闘技場の中を探していた。すると、マーフィが一人闘技場のベンチに座っているのが見え、軽く声をかけてマーフィの座るベンチの一列前のベンチに深く腰を掛けた。マーフィは今にも逃げ出したかったが、声もかけずに逃げるわけにもいかなかったため、嵐が過ぎ去るのを待つかの如く、地蔵のように固まってしまった。

「すごい景色だよな。みんな、こんなところで戦ってたんだもんな。こんなはぐれ者の俺たちのために、国が大金をはたいてでっかい闘技場を作ったっていうんだからな。ここがなかったら、俺はずっと社会からはじき出されて苦しんでたんだと思うよ」

 マークの言葉に、マーフィは反論した気な雰囲気であった。しかし自分の意見を発信したことなど、ここ数年なかったため、口から出てくる言葉はところどころつっかえていた。しかしそれは、自分のことを見てくれなかった世間に対する怒りを含んだ力強い言葉だった。

「わ...わた...わたしの...い...居場所なんて...ど...どこにも....」

 マークはその意見を肯定も否定もせず、なぜそう思ったのか優しく聞いた。

「だって...み...みんな超能力者で...私...私だけ...か...怪力族で...結局...なにも変わってなんかいないじゃん...」

 超能力者が社会の中においてマイノリティなのは確かだが、そのマイノリティが集められた結果、闘技大会の中においては超能力者がマジョリティで、たった一人の怪力族であるマーフィは結局マイノリティであるという構図は変わっていなかった。それに対してマークが優しく聞いた。

「マーフィは...仲間はずれにされていると思ってるの?」

 するとマーフィは両目を涙で溢れさせて震えた声で答えた。

「だって...だって...そうじゃん...! さっきだって...ずっと笑ってて...」

 ん...? マークは要領を得ていなかった。なぜならマークたちがマーフィに対して笑っていたという記憶など一切ないからだ。そもそも歓迎会の時点で彼女が怪力族であるということをマークたちは知らない。マーフィの被害妄想であることは確かであったが、それを指摘するわけにもいかなかったので、あたふたしながらマークが釈明を始めた。

「え...い、いや...、それはずっとルシアが変なモノマネをしてふざけていたからで...マ、マーフィのことを笑ってたわけじゃ...」

「ちぎゃぁう!! あのとき私の方を見て笑ってたぁ!!」

 マーフィはこれまで溜め込んできたものを発散するかの如く癇癪を起した。だが、怒り方がわからなかったためその姿は駄々をこねる子供のようだった。返事を間違えたかもしれない、とマークの眉はさらに八の字になっていた。

「ああっ、いや...それはたまたまそっちを向いてて... 誰もマーフィのことを悪く言う奴なんていないし、むしろみんな君のことをすごいって褒めてたくらいだよ」

 しかしマーフィの顔は未だ曇ったままであった。

「でも...結局怪力族なのは、ここでは私だけなのは変わらないよ...」

 マークも引き下がらなかった。

「異端なのはみんな同じだよ。多分マーフィのことを怪力族として接している人はここには一人もいないよ。ここでは皆等しく人間なんだよ」

 確かに今までの人生でこれほど真摯にマーフィに向き合った人間は、ローラ以外にいなかった。だがそれでも十年近く味わってきた差別や悪意がマークの言葉を弾き返そうとしていた。単純な会話での説得ではおそらくマーフィの心を変えることは難しいだろう。

「まぁ...信じられないっていうならさ、明日の試合、全力で俺を殴りに来てくれよ。そのとき、答えは観客がきっと教えてくれるさ。マーフィに降りかかる悪意なんて俺が消し飛ばしてやるからよ!!」

 こうしてマーフィは不安な夜を超えた。


 闘技大会は遂に準決勝を迎えた。最初の対戦カードは、文字通り衝撃の超能力を誇る『マーク&ビル』チームと、優勝候補チームを鮮やかに葬った『マーフィ&ローラ』チームであった。ローラとマーフィは相変わらず表情を曇らせていた。だが、それにはお構いなしに、マークが大々的に宣戦布告をしてマークに戦闘を仕掛けてきた。ローラは驚きを隠せなかったが、彼らの間に割って入る暇はなかった。マークは拳を大きく振りかぶり、技量もへったくれもないパンチをマーフィに喰らわせた。マークのパンチがマーフィにヒットした瞬間、「ゴイン」と鈍い音が聞こえた。マーフィの腕を見てみると、先日見た光沢を放つ結晶体がパンチの衝撃をすべて受け止めていた。むしろその結晶体の硬さに、マークの拳のほうがダメージを受けているようだった。

「守ってばっかじゃ勝てねぇぞ!!」

 マークはすかさず連撃をかましてきた。マーフィはこれまで、周囲の人間から受けてきた攻撃をずっと耐え続けてきた。だが目の前に立つ人間に、耐えるだけでは勝てない、と正論を言われ、これまでの人生を否定されたような嫌悪感を覚えた。やり返さなかった。いや、やり返す勇気がなかったからダメだったんだ、と。いじめる奴らが悪いはずなのに、なぜ攻撃されてきた人間が非難されなければいけないんだ? その怒りが、マーフィの拳を大きく降りかぶらせた。

「バカにするなぁ!!」

 マークの数倍近い筋肉密度をもつマーフィのパンチは、思っていた以上に素早く、そして避けなければただじゃすまないだろうと思わせるほどの気迫であった。間一髪のところで避けると、その勢いでマーフィの拳が地面にヒットした。その威力は、水上に浮かぶフィールドを真っ二つに割るほどであった。マークはあまりの威力に内心ヒヤヒヤしていたが、引き下がるわけにはいかない、とマーフィをさらに煽った。

「お...おいおい...なぁに熱くなってんだよ。そんなにストレス溜まってたのかぁ?」

「だ...だだ...黙れ...お...おお前に私の... 私のつらさが分かるかぁ!!」

 マーフィは再びマークに向かってパンチを繰り出してきた。その初速は凄まじく、マークは避けることができずに正面で受け止めるほかなかった。マーフィのパンチの衝撃は、うまくウェアが吸収してくれたものの、マークは後方に数メートル近く吹き飛ばされ、強く意識を保たないと気絶してしまいそうになっていた。観客席に座るダニエルは、これまで見たことのなかったマーフィの強さに興味を覚えていた。

 マーフィは追撃を食らわせるため、ゆっくりとマークのほうに近づいてきた。

「誰も...気づいてくれなかったじゃん...」

 マークの 3メートル後方はもうフィールドの場外であった。恐らくもう一回パンチを喰らえば、いとも簡単に場外に落とされてしまうだろう。もし仮に落ちなかったとしても、マーフィのパンチは骨に響くほどの威力であったため、さっさと退場してしまいたいと思うほどであった。しかしマークは右手に意識を集中させていた。そのとき、大気が揺れるのを感じた。

「言わなきゃなんも分かんねぇだろ!」

 マークは超能力を発現させ、反転攻勢に動いた。昨日、セシリーから教えてもらった超能力の使い方を必死にイメージさせる。


 その日、セシリーから教えてもらった内容は極めてシンプルであった。超能力をうまく使うためには、超能力を使っている自分をイメージすることだと言うのだ。つまり、マークが超能力を使うためには、自分が衝撃波を出しているイメージを浮かべればいいということだ。思い返せば、初めて超能力を使った時も、落下してくる橋を吹き飛ばしたいと考えたことが超能力の発現につながっていたのかもしれなかった。逆に、闘技大会でニードル、グランたちと対戦した時にうまく超能力が出なかったのは、ただあのときの体の動きを再現していただけだったからなのだろう。

 実際、超能力を大学で研究しているダニエルも、ダニエルが所属する機関もその説を支援していた。超能力はその所有者の意識、あるいはイメージと密接に結びついている現象であるというのが、超能力学会の見解であった。人間のイメージが現実世界に干渉するというのは、一見すると自然科学を超越しているように感じるが、何か具体的なイメージを浮かべたときに脳で発生する電気信号が超能力の発現に関与していると考えれば、強引ではあるが説明することはできるはずである。ダニエルの研究は人間の脳で発生する電気信号がいかにして超能力の発現に関与しているのかを明らかにするという内容であるが、あまり成果が出ていないとのことであった。だが、マークにとってその事実はあまり関係はなかった。ただ超能力をうまく使いこなせれば問題なかったのだ。


「自分が思ってることはちゃんと伝えてたのかぁ!?」

 マークの放つ衝撃波がマーフィに直撃した。しかし100 kg を超える体重を持つマーフィはその場から微動だにしなかった。再びマーフィが大振りのパンチを繰り出した。

「う...うるさぁぁぁい!!」

「なんだ図星かぁ!? 俺にはこんなにぶつかってこれるのによぉ!!」

 マークとマーフィの殴り合いは、そのスケールこそ規格外だがまるで兄妹喧嘩であった。

「この体質のせいで傷つけるのが怖かったの!! ほんとはみんなと...、ほんとはみんなと...仲良くなりたかっただけなのに...」

 ローラは長い間マーフィとともに過ごしてきたが、ここまで率直な本音を聞くことはなかった。その純粋な願いを引き出せなかった自分の不甲斐なさと、それを長い間叶えることのできなかったマーフィへの申し訳なさから、ローラは涙を流してしまっていた。

 すると、後方からマーフィの名を呼ぶ声が聞こえた。観客が自分のことを鼓舞していたのだ。歓声はさらに大きくなり、会場全体がマーフィの名を叫んで応援していた。これまで否定されてばかりの人生であったマーフィにとって、あまりにも信じられない光景であった。これは夢なのではないかとさえ疑っていた。しかしマークがその疑念を払しょくして見せた。


「なれるよ。 マーフィ」


 マーフィは憑き物が落ちたかのようであった。マーフィは自分を応援してくれる観客に応えるかのように、マークに猛攻を仕掛け始めた。その姿を見たローラは、ようやくマーフィが殻を破ってくれたんだと安堵していた。

「一歩進んだな」

 ローラとともにマーフィを見守っていたビルがそう口にした。

「これは...負けるわけにはいかないよ!!」

 ローラも自身の腕を刃に変化させて、攻撃態勢に入った。それに対するビルも、両腕を構えて戦闘態勢に入った。だがビルは丸腰であり、武器を持つローラは圧倒的有利な立場に立っていた。ローラの狙いはビルの胴体であった。ウェアによって守られているとはいえ、大振りな刃で切りつけられればそのダメージは大きいはずであった。しかしビルはその隙を見逃さなかった。がら空きになったローラのみぞおちに向かって高速でボディブローを繰り出してきたのだ。ローラは何が起きたのか分からなかったが、ビルが対人戦闘に関して類まれなる実力をもっていることだけが理解できた。おそらくこのまま近距離で戦い続ければ自分はま負けてしまうだろう、そう悟ったローラは、全身をまるでミキサーのような鋭利な刃物に変化させた。

「ほら来てみろ!! 全身血まみれになっちまうぞ!!」

 こうなってしまえば、超能力を何も持たないビルは手出しができなくなるだろうというのがローラの算段であった。あとは体当たりでもしてビルに突っ込んでいけば、厄介な対戦相手を排除することができるため、上等な作戦のはずだった。しかしビルは、態勢を低くし、溜め込んだエネルギーをもってローラのほうへ一気に詰め寄ってきたのだ。ローラは不意を突かれて「ちょっと待って!!」と叫んだものの、時すでに遅しであった。ビルはローラに向かって思い切りタックルを食らわせた。そしてローラの右足を持ち上げ、その勢いのままローラを場外に突き落としたのだった。ビルは全身傷だらけになっていた。ウェアで守られている部分は、衣服が切り裂かれただけで済んだものの、顔や手などウェアでおおわれていない部分はローラの鋭利な刃によって切り付けられ、鮮血が流れ出していた。

「あっ、そうだった...熱くなりすぎてたな...」

 ビルの勝利に対する執念の強さに周囲はあっけに取られていた。加えて、対人格闘の技術の高さから、闘技大会におけるビルの注目度が一気に高まるきっかけとなったのだ。


 すっかり超能力を使いこなしたマークは、その衝撃波でマーフィをじりじりとフィールドの外へと追いつめていた。

「どうだ!! 俺の超能力の方がすごいだろ!!」

 まるで互いの力を誇示する子供のようであった。だが、その純粋なやり取りがマーフィの救いになっていたことは確かであった。もはやマーフィにとって、勝ち負けなどどうでもよかった。自分のことを受け入れてくれる人がたくさんいることが分かったのがなによりも嬉しかったのだ。


 マーフィは遠距離攻撃を持たなかったため、試合の勝敗は明らかであった。マークの放つ衝撃波は、100 kg 以上の体重をもつマーフィの体をいとも簡単に吹き飛ばし、場外へ落下させた。恐ろしい力を持つ自分のことを受け入れてくれる人の存在、そして、そんな恐ろしい力を上回る超能力を持つ人間がいたという事実が、マーフィの心を救ったのだった。

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