第1話 望まぬ力
男は日銭を稼ぐことに精一杯だった。
マーク・シュレディンガーは老舗の工務店で大工として勤め、日々両肩に数十キロはあるだろう建材を背負って現場を駆け回っていた。高校を卒業することもなく勢いで働き始めたため、技術もなければ知識もなく、ひたすら肉体労働にいそしむほかなかった。
「マーク! 一度休憩にするぞ! 下に降りてこい!」
棟梁が周囲に響きわたるほどの声量でマークを呼んだ。棟梁はマークのことを特に可愛がっていた。というのも 4、50代のベテランしかいない現場に、久しぶりに舞い降りてきた10代の若者であったからだ。加えてその待遇に甘えることなく毎日必死に働いてきたことも拍車をかけ、マークは工務店の中でも愛される人間となっていた。
マークは長椅子に腰を掛け、持参してきた弁当を食べ始めた。
『昨日国内にて、腕が「刃」となった人間を目撃したとの通報が入りました。政府はこの通報に対し、超能力者に間違いないとの見解を示しています』
長椅子に置かれたラジオから、不穏なニュースが流れてきた。以前からたびたび、超能力という摩訶不思議な力を持つ人間が出現したというニュースが流れていたため、その存在は知っていた。だが実態は一切謎で、超能力者の出現により周囲がどのような被害を受けたのか等の情報が公開されたことを、マークは聞いたことがなかった。
「また超能力者か...」
棟梁のグンダがそう漏らした。
「最近よく聞きますよね。グンダさん何か知っているんですか?」
工務店に勤務して3年以上が経ったため、マークとグンダとの距離感はかなり縮んできたように見えた。マークはこれといった他意もなくグンダに超能力者について質問した。
「ああ、まあな。俺の知り合いから聞いた話だが、昔溶岩を無尽蔵に出す超能力者を見たことがあったらしいんだ。そのおかげで火事を起こされたり、最悪の場合殺されたりしちまうんじゃないかとヒヤヒヤしているらしい」
「よ、溶岩...。もし本当だとしたら少し怖いですね...」
マークは超能力者とあったことが人生で一度もなかったため、それが一体どれほど恐ろしいものなのかなどわかったものではなかった。
「少しどころじゃねぇよ。もし近くに超能力者がいるんだとしたら、怖くて震え上がっちまうよ」
グンダの指摘はもっともであった。もし街で隣を横切る人間が、巨大な腕を生やして自分に襲ってくるのだとしたら、安心して外を歩くことは叶わなくなってしまうだろう。そう考えると、超能力を手にしてしまった人間のことが少し可哀そうにも思えてしまった。
「飯食ったら作業再開するぞ」
グンダの一声により、現場は再び作業に戻った。
マークはレンガ造りの一軒家を建てる作業に着手していた。普段やる力仕事と違い、レンガ一つ一つを着実に積み上げていく作業はマークには少し骨の折れるものであった。その下で、一仕事を終えた二人の作業員が休憩していた。
「若いのに立派だな、マークのやつは。一家の稼ぎ頭だった父さんを亡くして、失意に明け暮れる間もなくこうやって必死に働いているんだからなぁ。しかも金を稼ぐ理由ってのも、大学に通う弟のためだと来たんだからな」
「弟はどこの大学に行ってんだ?」
「さあな。マークが言うにはかなりいい大学らしいさ。だがまあ正直生きててクソの役にも立たねぇことのためにわざわざ4年もドブに捨ててるわけだから、必死に働いてるマークのやつが滑稽に見えちまうよ」
男が言うことは一理あった。マークの弟のビル・シュレディンガーはアニリン王立シーラン大学の社会学部に所属していた。大工の彼らにとっては、人間社会の構造だとか集団間の相互作用だとかを学ぶことは意味のないことであり、そのために貴重な4年間を費やすなど考えられなかったのである。だがマークはビルがやりたいことを尊重し、自らの高卒という資格すら捨てて日銭を一生懸命稼ぐことに決めたのだった。
「今日はここまでだ!あがるぞ!」
あたりはすっかり暗くなり、工務店の勤務時間は終了となった。
「今着工している物件もあと半月あれば完成するだろうな」
グンダとマークは帰路が同じであったため、二人で一緒に歩いて帰ることになった。工務店になけなしで入ってきたころと比べると、マークの顔つきは凛々しくなり、体も随分と逞しくなっていた。お前もサマになってきたな、などと他愛もない会話を交わしつつ歩いていたところに、前方からなじみのある声が聞こえてきた。
ビル・シュレディンガーの姿であった。大き目のショルダーバッグをかけて橋の下で待っている姿が見えた。今日は大学からそのまま迎えに来てくれたようだった。
「珍しいな、迎えに来てくれるなんて」
「今日は早く研究が終わったんだよ」
二人の兄弟が何気ない会話を交わしていると、グンダが彼らの会話に参加した。
「ビル君はたしか社会学の研究をしているんだっけ?」
「はいそうです。特にアニリン王国における社会学ですね」
大工として己の人生の半分近くを費やしてきたグンダにとって社会学が何たるかを知る由もなかったが、若くして何かを究めるという経験ができているビルを尊敬していた。
「僕がこうして大学で研究できているのもマークのおかげです。マークには感謝しかありません」
父が亡くなってからというものの、ノンストップで働いてきたため、ビルから直球で感謝をされたマークの顔は紅潮していた。
そのとき付近から鈍い音が聞こえた。レンガ造りの橋を支える橋脚に一気にヒビが入り、頭上の橋桁がマークたちに向かって一気に崩れ落ちてきたのだ。老朽化が進んでいて、運悪く橋を支えていた建材が壊れてしまったためかもしれない。グンダは刹那にそう考えたものの、頭上数メートル先から崩れ落ちてくる橋桁を一瞬にしてよけるすべなど普通の人間がもつはずなどなかった。崩れ落ちる音に気付いたマークは、落下してくる”かつて橋だったもの”に向かって反射的に手を出した。まるで周囲を舞うハエを振り払うかのような動作であったが、質量が何万倍、何億倍と大きい物体に対しては何の意味もないはずであった。
その瞬間、マークの手を中心に大気が振動するのを感じた。マークの手から発せられた衝撃は、落下する物体を木端微塵にするには十分すぎる威力であり、三人は橋桁に潰されることなく生き延びることに成功した。だがそんな喜びよりも、目の前で起きた不可解な現象に目を奪われていた。一番衝撃を受けていたのは、その張本人たるマーク・シュレディンガーであった。
「ちょ、超能力...、手に入れちゃったみたいです...」
自宅に帰ったマークとビルは、夕飯を食べながら先ほど起きた出来事について会話していた。
「マーク、それ、今日気づいたのか?」
「ああ、今までこんなのは起きなかったよ...。とっさに手を振り払ったら...まさかあんな風になるとは...」
超能力が発動する原理は一切わからなかった。空気よ、振動しろ!などと願ったわけでもなく、ただとっさに手をかざしただけで恐ろしい威力の空気砲が発射されたのである。その原理がわからないことが、何よりマークの恐れることだった。いつ能力が発動するのかもわからないため、仕事場や家でさっきのような空気砲が出てしまえば周囲に迷惑をかけてしまうであろう。いや、最悪の場合は今の仕事をクビにされてしまうかもしれない...。考えれば考えるだけ、マークは不安に駆られていった。
「外で超能力を試すわけにもいかないしな...。」
ビルはどうすれば超能力を制御できるようになるのか熟考していた。
「俺の知り合いに超能力について研究する学部に所属してるやつがいるから、そいつに詳しいことを聞いてみるよ。もしかしたら、何か制御する方法が分かるかもしれない」
こういうときのビルの頼もしさは絶大だった。予想外のことが起きようともビルは常に冷静であるため、マークは思い切り体を動かして働くことができていたのだ。
しかし翌日、その甘い期待は打ち砕かれた。
「マーク、お前には本当に悪いと思っている。お前は今日限りでこの仕事を辞めてほしい」
マークは茫然としていた。だが思い当たる節がある。ありすぎる。
「き、昨日の...、超能力のせいですか...?」
グンダは言いずらそうな顔ぶりであったが、ゆっくりとしゃべり始めた。
「...まあ、端的に言えばそうだ...。」
「俺たちの仕事は顧客との信頼関係が命だ。今でこそあまり聞かなくなったが、昔は超能力による事件が相次いで発生して超能力者への不信感は今でも存在している。もし橋を吹き飛ばすほどの破壊力を持つ超能力者がうちにいると知られれば、家を壊されるんじゃないかと怖がって俺たちに依頼をする人が減ってしまうかもしれない。まだ露見していないが...、人様の家を建てているときに超能力が発動してしまったらそこでうちは一巻の終わりだ」
まさにマークが昨日危惧していたことが起きていた。グンダの言うことは極めて正論であった。マークは自分が超能力を使いこなし、仕事中に誤爆しなければ大丈夫であろうと楽観していたが、そんな希望的観測はあっけなく覆されてしまった。
「お前が...、若くして親を亡くし、弟のために必死に働いていたのは痛いほど分かるが、俺は50人近くの人間も抱えているんだ。お前だけを特別扱いすることはできない。能力について知っているのは幸いにも俺とお前ら兄弟の三人だ。お前の退職については昨日の事故で働けなくなってしまったとでも伝えておく。だからマークには辞めてほしいんだ」
マークに反論する余力などなかった。マークは超能力者に襲われることよりも、自分が超能力者になってしまうことの方を恐れていた。なぜならこうして日常の自由を奪われることになるのは目に見えていたからだ。
「...分かりました。今まで世話になりました」
そう背を向けて部屋を後にしようとすると、グンダが一言口にした。
「あのとき助けてくれてありがとう」
帰路の途中、マークはこれまでの記憶を思い返していた。高校生の時、夜道を歩いていた父さんが熊に襲われて亡くなったと知ったときは、視界が真っ白になった。あのとき現場に居合わせていたビルのうつろな目を思い出すと、もう二度とビルにこんな思いはさせたくないと決心し、身を粉にして工務店で働いてきた。それが自分の超能力により白紙に戻ってしまったのだった。
「ぬおおおおおお!どうすりゃいいんだよこれからああああ!」
マークは頭を抱えた。そうするしかなかった。
「ああ、おかえり」
ビルに迎えられたマークであったが、どういう顔でビルを見ればいいのか皆目見当もつかなかった。そこでマークは正直に今日起きたことを打ち明けることにした。
「悪いビル...。仕事...クビになっちまったよ...」
ビルはあまり驚いたようには見えなかった。
「やっぱりあの超能力が原因だったらしい...。そうだよな。あんな危なっかしい能力じゃ棟梁も雇いたくないに決まってる...」
マークは沈黙するのが怖かったため、続けざまに言葉を紡いだ。
「す...すぐ新しい仕事探すよ!お前もあと一年大学行くもんな。せっかくここまで来たんだ。どっかいい求人出てねえかな...」
そう話し出したとき、ビルが一枚のビラを見せてきた。
「マーク。見てくれよ。今日大学行って面白いもん見つけてきたんだ」
ビルが見せてくれたビラは、何やら仰々しい内容が書かれていた。
「闘技大会...?」
「ああ。友人の話だと、隣町のデカい闘技場で超能力者たちがバトルするっていう催しものらしいんだ。賞金の欄のところ見てみろよ」
そう言われてビラの賞金の欄に視線を移すと、驚愕の金額が記載されていた。
「ゆ、優勝賞金50,000 F (相場:1 F = 100円程度)!? こんなの...大学の学費丸々四年賄えちまうじゃんかよ!」
夢のような金額に一瞬気分が高揚したが、冷静になるとこんな大金を用意するくらいだから競争も激しく優勝など夢のまた夢だろうと感じていた。マークは半ば諦めに近い感情でビルを諭した。
「い、いやでも...こんな金額じゃあきっと競争も激しいって...。加えて素人の俺らに対して、手練れの奴らばかりで一回戦を勝てるかどうかも怪しいだろうし...」
だがビルは珍しくマークの意見には乗らなかった。
「本当にそう思うか? お前はあのとき、橋を破壊して俺たちを守ってくれたんだ。きっとできるよ。やってみよう」
普段冷静に物事を捉えるビルが言うからこそ、マークの中にあった迷いが一瞬にして消えた。
「ああ、やってみよう!! 勝って..優勝金かっさらってやろう!!」
隣町クメン区にそびえ立つ闘技場の迫力は圧巻であった。今までマークが手掛けてきた家のどれよりもでかく、いったいどれほどの歳月をかければこんなものを完成させることができるのか分かったものではなかった。
「王国が出資して作ったらしいよ。ほら、早く受付に行こうぜ」
ビルは案外乗り気に見えた。超能力に突如目覚め、仕事をクビにされて憔悴していたマークにとってある意味救いとなっていた。ビルは受付で闘技大会の参加手続きを行っていた。
「ん~チーム名か...。適当に『マーク & ビル』とかでいいか...」
ほかに良いチーム名が思い浮かばなかったため、マークもそれに同意した。そのとき後ろから一人の女性が駆け寄ってきた。
「うおおおお~! もしかして新人!?もしかして新人!?」
女はちょうどマークと同世代であり、クリクリとした目とスポーティな服装でなんとも陽気な雰囲気を醸し出していた。
「ああそうだよ。俺たち今回が初めてなんだ」
そうビルが答えると、息つく暇もなく女が喋りだした。
「え~~!!やったぁ~~!!」
「初めまして~!!私セシリーっていうの!! ねぇねぇ二人の名前も教えて!!」
マークは人生で見たこともない人種に出会って困惑していた。
「お...俺はマーク...。マーク・シュレディンガー...。そんでこっちは弟のビル...」
「おお~~!兄弟か~!!これで二組目だなぁ~! じゃあ今から闘技場の中案内するね!!」
セシリーは怒涛の勢いでしゃべり続けた。まるで帰省してきた息子を見てはち切れんばかりに尻尾を振って喜ぶ犬のようだった。そのとき後ろからセシリーの頭をペチッと叩いて制止させにきた女性が現れた。名前はルシアといい、セシリーとは闘技大会でペアを組んでいるとのことだった。
「ごめん二人とも、びっくりしたでしょ。私たち闘技大会でペア組んでるの。控え室連れてってあげるね」
犬のようにはしゃぐセシリーとは対照的に、ルシアは落ち着いたチベスナ顔の女性だった。
「君たちは、超能力者なのかい?」
ルシアに突如質問されると、マークはどう返答すればいいのかわからず固まってしまった。ルシアはどうも要領を得ない感じであった。
「マークが超能力者なんだ。まだどういった能力かはわかってないけど...」
ビルが代わりに助け舟を出してくれた。
「いいね。じゃあまだ能力が発現して間もないって感じだね。」
ルシアの反応は意外にも落ち着いていた。それが逆にマークを安心させてくれた。
「私もセシリーも超能力者なんだ。ここにはね、超能力者がゾロゾロいるから、きっとビックリするよ」
ルシアの顔には笑みが溢れており、超能力によって社会の隅に追いやられたマークたちを受け入れてくれたように感じた。もしかしたらここならうまくやっていけるかもしれないとさえ思った。
マークたちは試合用に着る着圧式の防護ウェアを渡された。特殊な素材でできているらしく、打撃や裂傷、ひいては超能力による攻撃を効果的に防いでくれるらしい。セシリー曰くルールは単純で、試合は闘技場中央の円形フィールドから相手を外へ落とすか、ダウンを取れば勝利判定になるらしい。ただし防護ウェアで覆い切れていない頭部を狙ったり、審判が止めと言われても試合を続行すると反則負けとなってしまうとのことだった。だが本当にそれ以外は何でもアリなルールだった。超能力はいくらでも存分に使っていい。
マーク&ビルの初陣が間もなく始まろうとしていた。一体どういった相手が出てくるのか全く想像もつかなかった。控室の扉があくと、そこから二人のペアがこちらに向かって歩いてきた。
「お~いたいた。お前らが新しく入ってきた超能力者か」
マークたちに話しかけてきたのは、ニードルという名の選手だった。
「ま、まあ超能力者なのは俺だけなんだけどな...」
マークが多少自虐気味にニードルの言葉を訂正すると、彼の横にいたガタイのよさそうな短髪の男 —ジョーという名前らしい— が口を開いた。
「へっ。 まあ一人だろうと二人だろうと関係ねぇな」
??? マークは困惑していた。おそらく煽りのつもりで言ったのであろうが、それが成立するのは二人とも超能力者のときに限るんじゃないのか?? ジョーの文法が気になって煽りが全く頭に入ってこなかった。
「悪いな、こいついつもこんな調子なんだ。まあ見ての通り面白い奴だから仲良くしてくれよ。 ま、お手柔らかに頼むよ」
こうして数秒だけ言葉を交わし、闘技場中央に位置するフィールドに向けて歩き出した。
「さあ始まりました!!第7回闘技大会!! 栄えある一回戦を戦うのは!!中堅コンビ『キング鋼鉄』と!!新人チーム『マーク&ビル』だ!!」
実況のアナウンスがされると、円形のフィールドを囲む大量の観客の歓声が響き渡った。闘技大会を観に来ていた観客の数は総勢8万人近くに達していた。超能力者の戦いを観るためにこれだけの人間が一度に集まってくるのかとマークは呆気に取られていた。
「もう怖気づいたか? だったら第一回戦の勝利は俺らに譲ってもらうぜ?」
ニードルに発破をかけられ、マークは自分がここに来た理由を思い出した。そうだ。俺たちは優勝金5万 F を捥ぎ取ってビルの学費や日々の生活費に充ててやるんだ。勝つのは俺らだ、と。まだ超能力の使い方はいまいち良く分かってはいないが、あのとき橋桁を吹き飛ばしたような動きをすれば、また衝撃波みたいなものが出るはずだ。そう思考を巡らせ、マークはニードルに向かって手を突き出した。
「はぁっ!!」
超能力は全くでなかった。肝心のニードルは吹っ飛ぶどころか、空気の揺れすらも感じていなかった。すかさずニードルがマークに近づき、渾身のボディブローをかましてきた。あまりの速さに防ぎきることができず、その衝撃で思わず態勢を崩してしまった。
「やるな。モロに喰らってヒザつかない奴なんてお前が初めてだよ。体はかなり出来上がってんな」
ニードルはマークの体の頑丈さを称賛したものの、超能力という攻撃手段がない今、経験値のあるニードルのほうが圧倒的に有利なのは火を見るより明らかだった。マークの様子が気になるビルに、ジョーがコソコソと近寄り思い切り拳を振りかざしてきた。
「よそ見するとはいい度胸だな!! くたばれぃ!!」
試合前に謎の啖呵を切ってきた人間が繰り出す技ではなかったが、コソコソと忍び寄ってきたジョーに気づいたビルは慌ててジョーの脇腹に向かって裏拳を繰り出した。ビルの攻撃は意外にもジョーの体にクリティカルヒットし、ジョーはあっさり倒れてしまった。
「ジョー選手ここでビル選手のボディブローが直撃しダウン!! 形勢は『マーク&ビル』に傾いたぁ!!」
あまりの打たれ弱さにビルは困惑してしまった。
ニードルの格闘術はおそらく闘技大会でも上位に位置するほどのすさまじさであった。ろくな体術を会得していないマークにとって、ニードルに殴り合いで勝つのは不可能に等しかった。超能力を出そうにも、自分が思った通りの力が出ず、本当に自分は超能力を得たのか?と疑ってしまうほどであった。実はあのときの出来事はすべて夢で、いつの間にか工務店の人間に煙たがられて辞めさせるための口実に利用されただけなんじゃないか? 思考はどんどん悪いほうへと傾いていった。 ならなんでグンダさんは俺を辞めさせたんだ?高校を中退してまで身を粉にして働いてきたのに...俺は単なる言いがかりで勝手にクビにされたのか?? 不安は自然と怒りに代わり、その矛先は目の前で自分を殴りつけてくるニードルに向かった。
「ようやくヒザをついたか...。たいしたもんだよ。だが場外に突き落としておしまいだ、マーク!!」
はっと我に返った。違う。これは今起きている現実だ。これからを生きていくために、勝って優勝金を手に入れるんだ。そう心の中で呟き、再びニードルに向かって手を振りかざし、こう叫んだ。
吹っ飛べ!!
すると拳の先から空気が振動するのを感じた。マークの拳を中心に、圧縮された空気が一気に押し出されて、ニードルは十数メートル近くを吹き飛んだ。ニードルはそのまま場外のプールへ落下し、マークとビルは念願の初勝利を収めることができた。再び超能力を目に収めたビルは、微笑を浮かべてマークに駆け寄り互いを称えあった。
これが彼らを人生を動かす運命の一日となった。




