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【短編小説】売約済

掲載日:2025/12/18

 それは3月にしてはとても寒い日だった。

 男は線路沿いにある整骨院の裏で煙草を吸っていた。

 名をカラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎 と言う。



 はニッカポッカと呼ばれる作業服を普段着として履いていた。

 カラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎は単なるオフィスワーカーなので、土木作業員の服を着るのは趣味だった。

 そしてそのニッカポッカと呼ばれる作業服を派手にカスタムしていた。



 カラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎本人は、ジャクソン・ポロックを意識していたようだが、傍目には本当の作業服にしか見えなかった。

 しかしカラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎は気に入っていた。

 だから毎日のように、派手なカスタムのニッカポッカを履いていた。



 3月初旬の寒い夜に、カラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎は目の前を終点駅に向けて走っていく短い電車を眺めながら、どこか遠くの家から聞こえてくるピアノの音を聞いていた。

 それがショパンなのか誰なのか、カラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎には分からなかったけれど、とても綺麗だなと思っていた。



 夜空に浮かんだ満月はとても美しかったし、目の前でカラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎を睨む女の眼も光っていた。

 そう、カラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎はひとりではなかった。

 光害で見えなくなった暗い夜の空に、本当なら見えたはずの星の光を集めたみたいだな、とカラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎は考えていた。


 カラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎はゆっくりと煙草を吸いながら、整骨院の裏にある喫煙所で自分の哲学と言うか決まりと言うか、ジンクスみたいなものを弄ぶ様に考えていた。



 新しい靴を踏むように、新しい服で焼肉を食べに行くように、新しい車に泥だんごを投げつけるように、新しい家のトイレで最初にウンコをするように、新しい鞄を階段から落とすように。

 そうやって大切にするべきじゃないものを間違えて後生大事にしてしまいそうだからと、敢えて傷をつけたり雑に扱う事で自分のところに迎え入れる覚悟をするように、目の前にいる女を傷つけなきゃならないと思っていた。



 けれど、とカラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎は考えていた。

 どうするのが正解なのだろうか。

 人間は殴ったりすれば良いものでもないし、罵詈雑言を浴びせれば良いものでもない。

 殺してしまうとか食べてしまうとか、そういう事も考えたけれどそれも何か違う気がした。

 そうするには長く生き過ぎたのだ。

 そんな若さは、もうカラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎には残っていない。



 傷つけると言うのはどういう事なのだろう、とカラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎は考えていた。

 カラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎は考えてばかりだった。

 だからカラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎の頭は無駄に大きかった。



 そうやって心の中や脳味噌の中で勃起している小さなカラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎をおくびにも出さず、格好をつけて冷めきった缶コーヒーをひとくち飲み込んだ。

 麦茶みたいな味がするな、と思ったカラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎は思わず缶コーヒーを眺めた。



 中には何も見えなかった。

 当たり前だ、缶コーヒーは深淵でも宇宙でもないのだから。


 しかし、目の前の女が重要な話をしている最中に缶コーヒーを確認したカラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎は、知らず女を傷つけていた。

 カラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎はそのことに気づかずにいた。



 そうしてカラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎は缶コーヒーから女へと顔を上げて

「冬の日本海では死にたくないよね」

 と言った。

 それを聞いた女の眼から、いくつか星が消えたけれど、カラフル頭蓋骨 煙草吸い太郎が気付く事は無かった。

 いつの間にかピアノの音は止み、世界はその役目を終えようとしていた。



 おしまい。

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