卒業式の断罪 ただし婚約破棄にあらず
虐げられた女の子が反撃する話。男性には笑えない部分があるかもしれません。
卒業生代表の答辞という大役を勤めさせていただきますモード・ヘムリーズです。このような機会をいただき、光栄に存じます。
異母姉を虐げていると悪評のある私にこのようなお役目が回ってくるとは、想像したこともありませんでした。
最終試験の成績順とはいえよろしいのでしょうかと、一度はご辞退申し上げましたが、最後にブーイングを受けて自分の所業と向き合い心を入れ替えろと言われたので、お受けしました。
私事で恐縮ですが、私の実母はお屋敷のランドリーメイドです。
結婚退職が決まっているのに伯爵に手籠めにされ、生まれたのが私です。
結婚が白紙になり、泣く泣く退職を諦め、奥様に目の敵にされながら私を育ててくれました。
私は物心ついた頃にはランドリーメイドの見習いをしておりましたから、ある意味、洗濯界のサラブレッドと言えましょう。
異母姉であるお嬢様が私に虐められているという噂ですが、ランドリーメイドにいじめられるご令嬢っているんでしょうか。下働きはお嬢様の目に付かないように働くのが常識だと思っておりました。
仕事に必要なため一応文字は読めましたが、使用人ですから貴族の教育は一切受けずに育ちました。
入学する二年くらい前に、突然、政略結婚の駒にするから学園に通えと言われました。
入学試験まで二年しかありません。言い出すのが遅すぎると思いませんか。
マナーや入学試験に必要な知識をたたき込む、厳しい教育虐待の始まりです。
覚えるまで食事はお預けという状況だったので、真剣さだけはここにいる誰にも負けないと自負しております。
お前ごときが成績上位なのはおかしい、カンニングをしているのではないかと話しかけてくださった方々、覚えるまで食事抜きという方法を試してみてください。
十ページで一食としまして、一日で三十ページ。おやつも入れたら三十五ページ。
十日もあれば一つの教科が終わります。
三ヶ月経つ頃には、論文以外の科目の成績が軒並み上がっているはず。ぜひ! 試してみてくださいね。
さて、私が詰め込み虐待を受けている間、お嬢様はせっせとこの学園で私の悪評をばらまいていらっしゃったご様子。
それはもう、学業よりも熱心に。
在校生の皆さまは、お嬢様が卒業してから入学されたので直接聞いたわけではないと思います。
又聞きの噂を信じて、私に色々と忠告というか罵詈雑言を投げつけてくださいました。
噂を鵜呑みにするなど、貴族として大丈夫ですか?
詐欺師に騙されないか心配です。
評判が悪い私は推薦状をもらえなかったので、貴族枠ではなく平民でも受験できる下級官吏試験を受験し、幸いなことに合格通知を手にすることができした。
これで勘当されても大丈夫だと胸をなで下ろしたものです。
ちなみに、家令が通知を私に届けてくれるので、ご主人様は私が受験したことも合格したこともご存じありません。
母が貯金をはたいて小さな部屋を借りてくれました。母は今頃、私の分も荷物をまとめてお屋敷を出ているはずです。
私どもは、昨日付けでお屋敷を退職させていただきました。
私はお屋敷に戻ることなく、このまま新居に向かう予定です。
というわけで、保護者席で舌なめずりしている侯爵様、妾にはなりません。契約違反の慰謝料はご主人様、こんな呼び方は不本意ですが『父』に請求してください。
奥様は口では強烈な嫌味をおっしゃいますが、母も他の使用人と大体同じような処遇で、ことさら冷遇されてはおりませんでした。
私も貴族令嬢の勉強が始まるまでと長期休暇中の分、給金をちゃんといただいております。
ただ、寝る部屋をご主人様が近寄らないような屋根裏部屋にされたくらいです。
階段はなく狭い梯子を登らなくてはいけない、窓ガラスにヒビが入っているので外気温と同じ、風の強い日はすぐに砂まみれになる部屋です。
そんなことよりご主人様が近付けないという点で、私たちにとって一番素敵な部屋、天国と言っても過言ではありませんでした。
制服や学用品も最低限は整えないと家の恥だと文句を言いながら、奥様が家令に指示して揃えてくださいました。ありがたいことだと感謝しております。
それを捨てたり、壊したりした方々については、新しい物を買っていただくときに理由を申告しないといけませんので、お名前を報告してあります。
そのうちご当主あてに謝罪要求と請求書が届くかもしれませんね。
また、シェール語の成績が試験結果にそぐわない評価だった場合、もしくは答案が書き換えられてありえない点数だった場合、ヘルズビー先生が父親と不倫している可能性を疑ってみてください。先生本人に直談判しても改善されませんので、教育庁の相談窓口をお勧めします。
これからは私が窓口にいる日もあるかと思いますが、ご安心ください。個人的な恨みがあったとしても、官吏としてのプライドにかけて無視はしませんので。
最終試験のシェール語の採点はヘルズビー先生が病欠のため、クロウハースト先生が代理を務めてくださったと聞いております。私が初めて総合成績一位を取れたのは、クロウハースト先生のおかげかもしれません。
ご主人様が愛人と飲むウィスキーのボトルに下剤を仕込んだのは「家庭内のイタズラ」ですみますでしょうか。
私がお嬢さまに腐ったものを口に入れられたとき「単なるイタズラに目くじらを立てるな」とおっしゃっていたので、許されると信じております。
ヘルズビー先生は三日で復帰されましたが、ご主人様は他の愛人とも嗜まれるため、回復しては飲んでを繰り返し、今日はトイレの住人です。
なぜ疑わないのか、なぜ繰り返すのか、本当に不思議でなりません。
体調不良でなかったとしても、下働きの娘の卒業式に来る気はなかったようです。
手帳に有名な日帰り保養地の名前が書いてあったそうなので、奥様には卒業式に行くと言って、浮気相手と温泉に行く予定だったと推察します。
ヘルズビー先生、今日のお相手があなたではなくて残念でしたね。連れ込み宿ではなく、一流ホテルを予約なさっていましたよ。
以上のように、悪い評判に見合う行いをしましたので、引き続き陰口を叩いていていただいても構いません。
今までは冤罪でしたが、ただいま告白したとおりに悪女らしく行動しましたので。
噂の内容とは少々異なりますが、ご満足いただけましたでしょうか。
なお、ご主人様のお気持ち一つでいつ貴族でなくなるか分かりませんし、貴族として生きたいとも思っておりません。
貴族になりたくて汚い手を使ったという噂は、きっぱり否定させていただきます。
それから、もう一つ懺悔いたします。
異母姉の婚約者を誘惑したという噂は嘘ですが、関係を迫られていたのは事実です。
私が迫ったのではなく、あのクソ野郎が、おっと失礼。下半身に正直な殿方が婚約者の家の使用人に、私に限らずちょっかいをかけているのです。
婚約者様が婿入りされた暁には、ご主人様と揃って、なかなか地獄な職場になるのではないかと、危惧している次第でございます。
貞操の危機を感じたため、仕上がった洗濯物をお届けする際に、下着の大事な部分が当たるところにかぶれやすい草の汁を垂らしておきました。乾くと透明になる草を提供してくれたのは庭師です。庭師の恋人も迫られて怯えていたので、協力してくれました。
婚約者の家に替えの下着まで常備するのって、貴族家では普通なのでしょうか。
婚姻式が目前なら黙認されるものなのか、「半分だけ貴族」の私には分かりかねます。
あれ以降、婚約者様の下着を洗う機会はなく、お嬢様がイライラしていらっしゃいますので、ナニが役に立たなくなったのかなぁと安心、いえ心配しております。
ふと思いついたのですが、ご主人様の下着にも同じことをして差し上げればよかったですね。縁が切れることに浮かれて、うっかりしていました。
皆様が日々健やかにお過ごしになられているのは、皆様の家の下働きが善良で、皆様が恨まれることをしていないから。家令や執事が忠誠を誓うに値すると評価してくれているからでしょう。
素晴らしいですね。
皆様、静まりかえっていらっしゃいますが、ブーイングは大丈夫ですか?
・・・無いようなら、ここで締めくくらせていただきますね。
それでは我々卒業生の輝かしい未来と、先生方ならびに在校生の益々のご活躍を祈念して、卒業生代表の挨拶とさせていただきます。
ご静聴ありがとうございました。
言いたいことが言えてスッキリ!
でも、まだ除籍されていないので伯爵がどう出るか・・・ちょっと危なっかしいですね。
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