幼馴染が婚約者って、最高だよね!
彼女と出会ったのは、宰相である父に連れられた王宮だった。
父ーーーラーデエル公爵が年端もいかない俺をわざわざ王宮へ連れて行った理由は、次期国王と目される皇太子のエドワード殿下に会わせるためだったはずだ。ラーデエル公爵家は代々、王宮の重職を担う。
つまり、将来的に俺はエドワード殿下の側で仕える。
そのための顔合わせだった。
初めて会ったエドワード殿下は、それは恐ろしいくらい、見目が整っていた。キラキラと太陽の光を受けて輝くプラチナブロンドの髪と、深海の瞳。利口さを窺わせる相貌。
目は子供とは思えないほど、若干死んでいたが…
当時とんでもない愚息ぶりを発揮していた俺にも、エドワード殿下は同い年とは思えない大人の対応だった。俺も流石に大人しくしていたのを覚えている。
次々と出される国内外の話題に、俺はよくわからず相槌を打っていた。
そんな彼が話の途中で「自分の妹を紹介したい」と言い出した。
俺もとうとうこの日まで王族と特に関わりがなかったが、エドワード殿下の妹の存在は勿論知っていた。
ただどんな女の子かは、全く知らなかったので、なんとなくそわそわしながら、エドワード殿下の後に続いた。王宮の長い長いレッドカーペットの上を歩き、庭園へと出た。
ここからは、よく覚えている。
花々の咲き乱れる緑。六角形のガゼボの下でーーー
「紹介するね、ルーア。この子が僕の双子の妹のリリィだ。仲良くしてあげて」
エドワード殿下の双子の妹。
ーーーそれが、君だった。
ルッティエ王国の王族に特有のプラチナブロンドのロングへア。宝石を秘めたエメラルドの瞳。陶磁器のように白い肌に、小さすぎる顔。
俺はあまりの衝撃に、言葉を失った。
君は天使のように愛らしい容姿をしていた。
「お初にお目にかかります。ルーア様」
とどめに、君が俺に向かって微笑むものだからーーー
ああ、あとのことは、よく覚えていない。
ただ二つ覚えているのは、君がこの世の愛らしいもの
全てを詰め込んだ容姿だったのと、君と俺を会わせたエドワード殿下が、大笑いしていたことだけだ。
****
10年後ーーー。
俺は、最高潮に緊張していた。朝から腹痛が止まらない。
今日は、婚約者との顔合わせの日だ。
といっても、彼女とは初対面ではない。旧知の仲だ。一番親しい女性を挙げよと言われれば、俺は彼女の名前を挙げるだろうし、向こうも多分俺の名前を挙げるだろう。それくらいには、親密なほうであるとは自負している。
ただ、それは友人として、だ。
婚約者同士になる、ということであれば、話のベクトルが違う。
この婚約について、彼女はどう思っているのだろうか。
相手が俺だと聞かされて、がっかりされていたらどうしようか。
…いや、そんなことはない筈だと思いたい。
思いたい……。
母親譲りの顔と父親譲りのスタイルは悪くないし、エドワードと張り合えるくらいに魔法の才も磨いた。教養もきちんと身に付けた。彼女に初めて出会った頃とは見違えるほどの急成長ぶり。
まともな男くらいにはなった筈だが……
「ルーア様。リリィ様がご到着なさいましたぞ」
「ああ。すぐ向かう」
執事長の知らせに、俺は自室を出た。
客間の扉の前に立って、深く深呼吸をする。
この扉の向こうに、リリィがいる。
婚約が成立してから、初めての対面。
彼女が俺に対してどんな反応をするのかが怖くて、心臓が荒れ狂う波のようだ。
願わくば、彼女が温かい目をしてますようにーーー
期待と不安の最中、扉を開けた。
ソファに腰掛けているのは、成長して女性の魅力も兼ね備えた美少女。相変わらず綺麗なプラチナブロンドの髪はキューティクルで、天使の輪が光っている。
エメラルドの双眸がこちらを向いてーーー
「ルーア」
リリィはにこりと微笑んだ。
俺はひとまずほっと一息ついた。
良かった。俺が婚約者だという事実に拒絶の色は見られない。これは少し安心できそうだ。
俺は向かいに腰を下ろした。
「…リリィ、今日は来てくれてありがとう。オフシーズンだから、ここの別邸までは遠かっただろ。俺が王宮に行っても良かったのに」
「あら。私がラーデエル公爵家に嫁ぐのだから、私が出向くのが道理でしょ?」
ふふ、とリリィが小さく笑う。
最高だ!耳が幸せだ!俺の元に嫁いでくれる気でいるなんて!
どうか今の俺の顔が気色悪くありませんように。
「良かった。俺は、リリィにこの婚約を拒否されたらどうしようかと思っていたんだ」
つい、ぽろっと本音が出た。
リリィは驚いた表情をした。
「ええ?そうなの?そんなの、あり得ないのにー」
「え?」
「私、ルーアが婚約相手だって知って、すごくすごく嬉しかったんだから!」
俺は自分の目と耳を、本気で疑った。
何だコレ、本当に現実か。俺が作り出した幻想とかではなく?
「そう…なのか…?」
「そうだよ!私、とっても幸せ」
「…!」
そんなことを言ってもらえるなんて、夢にも思わなかった。もしこれが彼女の過剰な気遣いの結果だったとしても、それでも軽く死ねる。幸せすぎて。
「ああ、俺もリリィのことがーーー」
「だって、幼馴染が婚約者なんて最高だよね!」
「…ん、?」
何だか、嫌な予感がする。彼女の声のトーンは、あっけらかんとしていて、明らかにそういうやつじゃない。俺が今感じている熱のかけらも含まれていない。
「だって、そうじゃない?私、愛のない結婚なんて絶対嫌!知らない男の人と結婚しろなんて言われたらどうしようかと思ったけど…昔から知っているルーアが相手なんだもの!穏やかなルーアとなら、絶対上手くやれるわ!」
「…あ、ああ…」
「ふふ、それにルーアはこの国で一番幸せな嫁ぎ先って社交界で言われているの、知ってた?家柄や能力は勿論、性格まで素敵で、もう大人気なのよ!ルーアと結婚する女の人は幸せだなあって思っていたけれど、まさかそれが私だったなんて!嬉しい!」
にこにこにこ。
とっても可愛いの平常運転だ。
…悲しいかな。よくわかった。
つまるところ、彼女は、ーーー、つゆのかけらほど、男としての俺を意識していないらしい。
なまじ途中から期待していただけに落胆と、やっぱりそうかという諦めが俺を襲った。