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勇者の妹



「ふへー家でっか」


クレイが驚嘆するのも無理はない。自分が住んでいるボロ家よりも遥かにでかく、外装も内装も豪華絢爛な美しい屋敷に入れば、まるで異世界に入ったような気分になった。隣にいるアリシアも同じ反応をしている。


「さぞ高かったろうに。元勇者候補の衛兵の懐は広いねえ」

「私はもっと小さい家でも良かったです。これは国から頂いたもので、断るわけにはいかなかったんです」

「そりゃ豪華なわけだ。その家に見知らぬ人間2人も招き入れて大丈夫?」

「あなたが言ったことを無視するわけにはいきませんから」


クレイはよく知らない貴族を締め上げエリスの所在を聞き出し、会うことには成功した。


「勇者ヘラクレス、あんたのお兄さんに会った」


そしてこう言った。たった一言で信じてもらえるかは賭けだったが、クレイの真意を見抜いたのか、彼女の屋敷に案内してくれた。


「それにあなた方がもし妙な真似をしようとしても無駄です。慢心するつもりは毛頭ありませんが、私はあなたたち2人に勝てる自負があります」

「おーそれは頼もしい」


完全にこちらを信用したわけではないようだ。しかし、それはこちらも同じだった。警戒はしているし、元勇者候補の相手とあれば、油断はできない相手だ。だが負けるつもりもなかった。


「てか勇者の妹ってマジ?」


本人に直接聞きたかったこと。元勇者候補だったことも驚きだが、勇者に妹がいるなんて聞いてなかった。


「本当ですよ。最近はあまりそのように聞かれるのはなくなりましたが。自慢ではないですが、結構知られているつもりでした」

「クレイが知らな過ぎるんだよ」

「うっせ」


否めないので真っ向から否定できなかった。


「それで……あなた方は誰なんですか?」

「ん、ああ。そう言えば自己紹介してなかったな。俺はクレイ」

「アリシア。クレイの恋人です♡」

「違う。しれっと嘘つくな。俺らは南の貧困地帯から来たんだ」

「そうなんですね……」

「珍しい?」

「いえ、そんなことは。で……クレイさんが言っていた勇者……兄さんを見たというのは何ですか?」


年下にも敬語を使うタイプのようだ。隠す気もないのでクレイは話す。


「あんたのお兄さんを見たのは本当だ。殆どお化けみたいな存在だったけど」

「と言うと?」

「魂の残留思念。この現象はあんたでも知ってるだろ?」


単語ひとつで理解できたらしい。しかし当然と言うか、簡単に受け入れるのは難しかったみたいだ。アリシアが例外だったことがわかった。


「確かに、その現象が起きないと断定することはできません。兄さんは魔法を使えて魔力もあった。でも……それは非常に稀な事例です。様々な本や文献に載っていて理論としては確立してはいますが、それを実際に見た人は過去にいたかどうかも定かではありません」

「でも見た人間がここにいる」

にわかには信じられませんね。でも嘘をついているにしたら下手です」

「ああそうかい。まあ強いて言うなら、魔王を倒さなかった未練が強かったんじゃない?」

「え? ど、どういう意味ですか!」

「俺も詳しく知らん。勇者がそう言ってただけだ」


クレイの言葉に動揺するエリス。しかし構わず続けるクレイ。


「でだ、それは置いといて──」

「ちょっと待ってください! 魔王が倒されていない……? 悪い冗談はやめてください! やはりあなた方は信用できません!」

「うるせえな! 話を最後まで聞け! こっちは魔王なんて鼻からどうでもいいんだよ! そもそも俺がここに来たのは、あんたが"光魔法を使える"って聞いたからだ!」


そう、これこそが本命。クレイが自身に取り付けられた枷を外すチャンスとなり得るものだった。


「俺はその残留思念の勇者の死に際に魔法で作られた何かを渡されたんだ。で、それが魔物を引き付けるセンサーの役割があったんだよ。これまで2度戦った。殆ど連続でだ。魔物はやたら勇者を殺したがってて……いやそんなことはどうでもいい。ともかく、俺はあんたの兄のせいで魔物に襲われ続けてるんだ。大抵の魔物なら遅れは取ることはないが、これじゃロクに眠れやしない。だ・か・ら、兄と同じ光魔法を使えるって聞いたあんたを訪ねれば、なんとかしてもらえるんじゃないかって思って来たんだよ、はい解説終わり!」


少し息が切れた。自分でも驚くほど早口になったと実感する。今まで仕事でもないのに魔物との戦闘で溜まったストレスが発散したのか。


エリスもクレイの圧に押されてか、自分の意見は後回しにした。


「く、詳しいことはよくわかりませんが、つまりクレイさんは、私の光魔法で、その、兄さんから受け取った何かを取り除きたくて来たってことですか?」

「そうだよ」

「ちなみに私はその付き添い」

「そうですか……残念ですがあなたの願いには応えられません」

「どうして?」

「そもそも私は光魔法が使えないからです」


は? 思わず声が漏れてしまった。


「私には確かに光魔法の素質はありました。私も兄さんと同じように立派な使い手になると疑わなかった。でも、現実はそううまくいかなかった。光魔法は攻守共に優れている魔法。攻撃にも回復にも使える万能な魔法なんです。しかし私の持つ光は何もできなかった。魔物を倒すことも、味方を癒すこともできない、文字通りただの光しか機能がない欠陥。私が使える魔法は、その後に発現した身体強化魔法よりもより多くの潜在的力を引き出せる倍加魔法ばいかまほうという魔法だけで……」


クレイはエリスの言ったことを頭の中でまとめた。


「えっとお……つまり、あんたの光魔法は発現こそしたが何故か不良品の扱いってことなのか?」

「そう、ですね」

「…………アリシア帰るぞ」

「え、あ、うん」


クレイはエリスに背を向ける。もうここに用はないと玄関に足を運ぶ。


「え、あ、あの! どうしたんですか急に!」

「どうしたもこうしたもない。あんたは光魔法が使えない、つまり俺の問題はどうにもできない。なら俺がここにいる意味はない。それだけだ。急に来て悪かったよ」

「待ってください! 私も聞きたいことがあるんです! 魔王が倒されていないってどういうことですか? 兄さんは何と言っていたんですか?」

「俺がここに来たのは俺の問題を解決するためだ。あんたと談笑しに来たわけじゃない」

「お願いです、なんでもいいから話してください!」

「しつこいぞ。俺にそんな義理はない」

「兄さんが何のために戦ったかわからないじゃないですか!!」


玄関の扉を開けようとした手が止まる。温厚な口調からは想像できない心の奥底からの叫び。見れば目元に涙が浮かんでいた。


「兄さんがどれだけ……どれだけ魔王を倒すために努力したか。兄さんは誰よりも勇者を目指していた、誰よりも魔王討伐を願っていました! そんな兄さんに惹かれる人たちは沢山いた。私も兄さんと一緒に行きたかった……でもできなかった。私には隣に並ぶほどの力がなかったから。今でも思う時がある。私にもっと力があれば、兄さんや仲間たちが死なずに済んだんじゃないかって。それが……魔王は倒されていない? 命を賭して戦った兄さんが不憫でならないじゃないですか!!」


勇者一行の中に入れなかった無念、怒り、後悔。叫んでいるのは自分自身に対してなのか。クレイとアリシアは聞き入っていた。


「クレイさんは……兄さんが嫌いなんですか?」

「……兄妹だな。同じ質問かよ。俺は勇者が嫌いだ。俺みたいな奴は同じことを言う、気に食わないって。どれだけデケェことを成し遂げようが、どれだけ聖人の心を持ってようが、俺には何も響かない。勇者と俺じゃ、住む世界が違うんだよ。あんたともな」


世界を救った英雄。人の道から外れた下道で日々生きる愚者。同じと決める方が失礼と言うものだ。口で言えば虚しさが増加する。


(笑えばいい)


しかし、クレイの醜い嫉妬にエリスは同情するような素振りを見せた。


「あなたも……大変だったんですね」

「……変にわかった気になるなよ」

「わかります。私はあなたを理解できる」

「どうして?」

「同じだからです」



「私も兄さんも、元は貧民層出身でした」



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