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魂の残留思念



たましい残留思念ざんりゅうしねん


この世界にはこのような現象がある。魔力を持った人間が死後に転ずる可能性のある状態を指す。通常、人間は死亡すれば肉体は朽ち果て、魂は天へと昇る。しかし極稀に、その因果を覆す事態が起こる場合がある。


魔力を持った人間の魔力が死にゆく人間の魂を無理矢理現世に繋ぎ止め、仮初かりそめの肉体を作り出す。言葉にすればそれまでだが、この現象が起こることは最早天文学的確率と言っていい。まず魔力を持つ人間は王族、貴族などの高貴な血筋。稀に平民や下民からでも魔力を持って生まれてくることはあるが、そもそもこの世界に魔力を有している人口は圧倒的に少ない。


さらに魂の残留思念は"想い"が不可欠となる。死んでも死にきれないという言葉があるように、未練、無念、心残りが現世に糸を垂らし死を拒絶する。それこそが魂の残留思念の根本的な力。しかし想いが力となるには、生半可な思念では到底成しえることはできない。


そっとやちょっとの想いの力では、たとえうつし世に生命が留まれたとしても、2秒やそこらで仮初の肉体は崩壊する。よって、この現象を誰かが目撃することなど不可能。


よっぽどの無念の想いがなければ…………



         ────



「俺は幻術でも見せられてんのか……」


突然の出来事に、クレイは無意識に警戒を解いていた。さっきまで屍鬼グールのような姿だった者が、いきなり別人の姿へと変わり果ててしまうのだから。しかもそれが、あの有名な勇者に瓜二つという事実に、困惑しない方が難しいだろう。


「……そっくりさん?」

「本物だよ。もう……死に体だけどね」


しかも口を動かし喋っている。優しく相手の心を落ち着かせるような声色。この人になら秘密を打ち明けられる、そんなことを連想させてしまうような人だった。


(ありえねえ。勇者は10年前に死んだだろ。生身の肉体なんてもうねえし、そもそもなんでこんなところに……)


そこでクレイは1つ思い当たる点があった。肉体は滅ぶがその肉体を再構築し、この世界に命を繋ぎ止められる方法を。その現象は体から白い蒸気が出てくるという特徴を本で目にしたことがある。


「残留思念」


もっとありえないと遮る。しかしその考えは本人が否定してくれた。


「当たりだよ……君の言う通り……僕は魂の残留思念の状態なんだ。時間が経ち過ぎて我を忘れかけていた……死んでも死にきれなかった……哀れな骸さ」

「……ありえねえ」


勇者の言葉でも、クレイは信じきれなかった。


「お前は、勇者ヘラクレスは10年前に魔王と相打ちになって死んだ。これが周知の事実だ。それから仮に、本当に仮に、魂の残留思念が起こり肉体が蘇ったとする。で、その肉体が今現在、俺の目の前にいる。10年経っても肉体は滅びず、こんな錆びれた地帯の地下で屍鬼と仲良く団らんでもしてたって? はっ、馬鹿馬鹿しいにもほどがある」

「君の意見は最もだ。でも……僕が真実だ。僕の……無念の力が……10年間……この現世に僕を居座り続けさせた」

「無念ね。世界を救った英雄にも心残りがあるんだな」

「君はどうやら…………僕のことを嫌っているようだね」


見透かされた。それか子供じみた負の感情が言葉の端々にこもっていたのか。どれにしろ、別にクレイは隠す気はなかった。


「ああ、嫌いだ。お前は世界を救ったつもりか知らないが、俺にとっちゃ遠い遠い話にしか聞こえない。魔王が死んだところで腹は減るし金は生み出せない。俺を含めた貧困層の連中は大して喜ばなかった。その日その日を生きるに精一杯。裕福な野郎共は魔王の脅威がなくなったと歓喜に溢れてたらしいが、俺は魔王がいた世界でも、今の世界でも、毎日やることは変わらない。魔王が死んで世界の身分がひっくり返る魔法でも起きれば、俺も少しは喜んだんだけどな」


我ながら餓鬼だと内心嘲笑う。この勇者は自分を笑うのか。別に笑ってもらって構わなかった。ただの貧民の皮肉なのだから。


現状に特に不満はない。金は依頼をこなせば手に入るし、飯は食えて寝る所もある。だが自分より裕福な人間はもっと豪華な暮らしをしている。自分のような汚れた仕事などではない真っ当な仕事をして日々金を稼ぎ、家族や友人、同僚と休日を過ごし娯楽を楽しんだりして、我が家へと帰る。きっとそんな日々を過ごしている。


そんな光景を想像すると、憎たらしい嫉妬の心が芽生えてくる。不満はないがどうしようもなく生まれてくる。勇者も例外ではない。世界を平和に導いた英雄だ。自分とは正反対な人生を送っていたに違いない。貧困なんて字すら頭に浮かばずに死んだはずだ。そんな勇者を好きにはなれなかった。


「……すまない」

「あ?」


泣いていた。嗤いか説教がくると思っていたら、なんと謝罪が飛んできた。


「初めてちゃんとした声が聞けた。本当に……すまない。僕が……僕が死んだばっかりに……何もすることができなかった」

「お前……頭おかしいんじゃねえのか? なんでお前が謝るんだ」


ひどく調子が狂う。想像していた言葉がくればさっさと背中を向けて帰ろうとしていたのだが。この勇者に興味を持ってしまう。


「僕は自分が許せないんだ。周りに散々いっておいてこの様だ。エリスも僕を笑うだろう。僕は……世界を救ってなんていない」

「……とんだお人好しかよ。俺たち下民の心配もしてくれてたと? 魔王を倒してさらに人民救済たあ中々欲張りな勇者だ。言っておくが、俺は情けをかけられるほど落ちぶれちゃ」

「違う」

「え?」

「僕は……"魔王を倒してない"」


この勇者は一体何を言っているのか。勇者が目の前にいる時点で脳がパンクしそうなのに、また意味不明なことを呟いた。


「勇者のジョークは面白くねえな」


現に魔王が倒されてから魔物の勢力が激減した。根城である魔王城も崩壊して今はただの荒れ地となっていると聞く。しかし勇者は恐ろしい何かを見るように雰囲気が変わっていた。


「違うんだ……そもそも最初から……僕は魔王を倒してなんかない。あいつは……魔王ザーヴァスには"秘密"があったんだ。だから……魔王との戦争が……」


その時、勇者から出ていた白い蒸気が勢いよく出始めた。風船の空気が噴射するかのような様は、まるで何かの終わりを告げているようだった。


「んだこれ」

「ああ……時間か。ここまで生きれたのが不思議なくらいだ。……君、名前は何だい?」

「……クレイ」

「クレイ……良い名前だ。よく聞いてくれ。世界は救われてなんていない。魔王はまだ真の意味で倒されてないんだ。僕はこの身になっても追われ続けた……魔王はしぶとく自分に降りかかりそうな火の粉を払い続ける。自らの脅威がなくなるまで」

「おい待て。話が見えない。倒されてないってなんだ、追われ続けたってなんなんだ? ちゃんと説明しろ」

「そうしたいところだが……この身体はもうもたない。だから、最後にこれを」


勇者の掌に四角い結晶体のような物が生成される。青白い神々しさを放っている美しいキューブだった。


「なんだこれ?」

「この先の未来……また魔王の脅威が必ず訪れる。僕が何とかしたかった。けど……それは叶いそうにない。クレイ……君にこんなことを頼むのは……本来筋違いなのはわかってる。だけど……お願いだ。もう誰も……失わないために…………」


言葉は最後まで紡がれることはなく、勇者の肉体、思念の具現化であるそれは、白い蒸気となって無へと還っていった。


「なんだったんだ一体……」


そこでクレイは気づく。勇者が死ぬ間際に作った謎のキューブ体。それが勇者の掌から離れ地面に落ち、それだけは消えずに残っていたのだ。


「…………」


このまま帰ろうかと思った。今見たものは全て夢であると無理矢理認識し、さっさと家に帰り寝床について綺麗さっぱり忘れようと考えた。しかし、今目の前にある勇者が生み出した物体。少しばかりの好奇心がクレイの手を伸ばした。


「軽いな」


摘まみ上げると重さは小石程度だった。特に機能のような部位はない。知らない人が見れば、単純に綺麗な物体だとしか思わないだろう。


「何が勇者だよ。アホらし」


肩透かしを喰らい呆れた。そのまま地面に捨てようとしたその時、物体を持っていた右手に違和感を感じた。


「ん、なっ!」


キューブ型の物体が、泥に沈むように右手の中に入り込んできた。クレイは阻止しようとするが無為に終わり、最後まで手の中に沈み込んでしまった。


「はあ? マジで意味わかんねえ! せめて何か言ってから消えろよ勇者!」


しかし今のところ体に変化は起こっていない。痛みも気怠さも感じなかった。


「ここにいたらまた変なことが起きそうだ。金は明日にして今日はもうかえ──」


ずしん。


地面が振動した。次に壁が。さらに強く、強く振動する。刹那の最中、クレイは即座に判断し穴から地下を飛び出て、そのまま廃家を抜け出した。


「……クソッ」


次に廃家を見た時には、もうその影は跡形もなくなっていた。


「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


地下から這い出た、金棒を持った巨躯が粉々に破壊した。クレイはうんざりしたため息を吐く。



「ただ働きかよ」



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