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日常



「ほらこれ」


クレイは皮の小袋をカウンターテーブルに置く。中身は昨日殺して奪った紅色の宝石が入っている。奪った物をまた奪ったので、奪い返したと言い換えた方が正しいか。


「はいよ。じゃあこれはいつもの」


小袋を受け取った店の中年の店主は、ジャラジャラと音が鳴る大袋をクレイに手渡した。無論、仕事の報酬である。


「ちょろまかしてねえよな?」

「しないよそんなこと。やったら殺されちゃう」

「そうだな」

「おー怖い怖い。獣ノ人(ビースト)様は情がないのかい?」

「10年食いっぱぐれない金くれんなら考えてもいい」

「んな金こんな貧乏地帯にあるわけないだろう」


10年前、世界を闇に陥れていた魔王が気高い勇者によって打ち滅ぼされた。勇者とその一行は命を落としてしまったが、おかげで世界に平和で安寧の日々が訪れた。


しかし安堵したのは王族、貴族、平民の多数に属する人々。劣悪な貧困で育ってきた人々からすれば、マイナスがゼロに戻ったのと大差ない。


魔王の存在が現れる以前から貧困だった人々は、魔王の脅威に怯える日々が、飢えに怯える日々に変わった。ただそれだけだった。


故にクレイは勇者を嫌う。魔王を倒し英雄と其処彼処で崇められる存在。こちらからすれば英雄でもなんでもない。他人より多少でかいことを成し遂げた1人の人間。


魔王を倒したのならその戦果の報酬をこっちにも少しくらい分けてもらいたい。そう考えてしまい、勇者のことを好きにはなれなかった。


「じゃあもっと依頼くれよ。できれば簡単なやつ」

「そうね〜。魔物狩り、運び屋の抹殺、人身売買のルート潰し、色々あるけど」

「ふーん、ま、こんだけありゃ1週間は問題ないか。また今度」

「はいよ。今日はどうする?」

「適当に選んで出して。トマトは抜きで」

「野菜食べないと育たないぞー」

「うっせ」


笑いながら店主は調理場で料理を作るために手を動かし始める。店主の名前はナハヤ。掃除屋としてクレイに依頼を持ってきてくれる仲介役。クレイは自分で依頼を見つけることもあるが、8割はこのナハヤから依頼をもらうことが多い。


ナハヤは貧困地帯の一角で店を構えている裏で、クレイの仲介役を勤めている。ナハヤが構える店の料理はかなりの絶品で、クレイもよく食べることがある。証拠に店の中は大変賑わっている。


今この時も、ガラガラと店の扉が開く音が聞こえてくる。


「あ、いた!」


扉の音と同時に元気な声が店内に響いた。しかし声を聞いたクレイは「げっ」と憂鬱そうな顔に変貌してしまった。


「た・だ・い・まー! クレイ♡」


1人の少女の体重が重くのしかかる。少女にしては発育が良い胸の感触を味わったクレイだが、怪訝そうな表情は未だ変わらず。


「アリシア……」

「いらっしゃいアリシアちゃん」

「どうもですナハヤさん」


紅葉色の髪のツインテール。愛らしい笑顔が印象的な店に現れた美少女は、躊躇うことなくクレイの背中へと飛びつき、犬が飼い主に甘えるように体をこすりつける。


「ああ……クレイパワーが充電されていく。疲れたクレイ。頭撫で撫でして♡」

「疲れたんなら早く帰って寝ろ」

「嫌ー。1日1回はクレイパワーを補給しないといけないから。仕事の後はいつもより癒されるー」

「んだそりゃ。はあ……座るんなら早く隣座れよ」

「うん!」


彼女はアリシア。クレイと同じ掃除屋を生業として日銭を稼いでいる者。クレイが知り合ったのは何年か前。最初からこのようにベタベタくっつかれ、自分を好いてることが意味不明だった。


「今日の仕事は?」

「魔物討伐。蠍魔王キングスコーピオン4体も。1人だと時間かかって参っちゃうよ」

「腕のある冒険者5人がかりで1体の蠍魔王キングスコーピオンを倒せるか半々で、それを言い退けるお前は異常だ」

「でも報酬は多かったよ」

「なら少し分けてくれ」

「いいよ! いくら? 全額でもいいよ!」

「冗談だ。他人に貸しなんて作らない」

「別にいいのにぃ。クレイにならいくらでも貢いじゃう♡」


本気で言ってるから反応しづらい。他人に貸しを作りたくないのもクレイの本心。相手との関係に変な溝を作りたくなかった。


「そんな肌晒しまくってる体でよく傷がつかないもんだな」

「私は魔力で体を強化をできるから平気。露出が多いのはー、クレイに見せるため♡ クレイならいくらでも見ていいよ♡」


胸元をちらつかせ誘惑するアリシアだが、クレイの目を引くには一歩足らなかった。


「他の視線を集めてるな」


クレイとアリシアの背後の席で座ってる20代後半の男たち。ナハヤの店は女性が入りづらい雰囲気のため、殆どが男性の客が入り浸っている。今ここにも女性の客はアリシアしかいない。


そのせいもアリシアの容姿も相まって、アリシアに邪な視線を向ける男は多く少なからずいた。


「おいテメェら! じろじろ私の体を見てんじゃねえよ! 2秒以上凝視した奴ここに出てこい! まる焦げにしてやるから!」

「アリシアちゃん。俺の店燃やすのはやめてね」


怒号振り撒くアリシア。半分は本気だったのだろう。ナハヤの静止で落ち着きを取り戻した。


「全く。ナハヤさんジュースおかわり」

「はいよ。たくっ、クレイも言葉を考えてよ。アリシアちゃん、クレイのためなら国だって滅ぼしそうだよ」

「私できるよ」

「できるよ、じゃねえよ。だったらもっと露出度低い服着ろよ」

「やだー。まだクレイが見てない」

「クレイも罪な男だねえ。こんな可愛い子に好かれるなんて。こんな美人貴族にもそういないよ」


貴族、王族は容姿端麗の者が大半。高貴に位置する彼らは容姿さえも自分を強く飾りつけるための武器としている。そのプライドが遺伝子にまで影響しているのではないかと言われるのは、とんだ笑い話である。


「おい、飯の時まで貴族なんてワード出すんじゃねえよ」

「おっと失礼。クレイは嫌いだもんね」

「俺じゃなくても嫌いな奴は多いだろ」


ごめんごめんとクレイを宥める。少し不機嫌になってしまったクレイ。


「そ、そうですよナハヤさん……」


アリシアもナハヤの言葉に少し口を付ける。笑みを浮かべたままだったが、その口は元は僅かに震えていた。その様子を見ていたのはクレイだけだった。


「邪魔するぞ!」


大雑把に扉を開ける音が唸る。クレイたちが視線を入り口の方に向けて見ると、クレイより1、2歳年上の男女4人組が店の中に入ってきていた。


「ここいらで有名な獣ノ人(ビースト)って奴はどこだ! ここによく来るって情報を聞いて俺たちは来た!」


自分のもう1つの名を呼ばれた。首を動かさずナハヤに尋ねた。


「誰?」

「町でちょいと見かけた人らだ。なんでも別の地域から来たらしい。そこじゃ力が立つって噂で周辺一帯を支配してたみたいだよ」

「で、ここにナワバリを広げてきたってわけか。なんで俺探してるって言わねえんだよ」

「だって仕事してたじゃん」

「そうだった」


大体のことがわかった時、足音がクレイのすぐ傍まで来ていた。


「お前だな、獣ノ人(ビースト)を名乗ってる掃除屋ってのは」

「勝手に言われてるだけだ」


男女4人組の集団。その中のセンター分けの金髪の男がクレイに詰め寄る。


「本当に子どもなんだな」

「お前らも俺と大差ねえだろ」

「俺は20だ。お前は?」

「18」

「年上には敬語だろ?」

「学がないんでね」

「生意気だ。まあいい。表に出て俺らと勝負しろ」


来るとわかっていた言葉が耳に届く。クレイはコップに注がれたジュースをぐびっと飲み込む。


「強いんだろ? なら俺らと戦え。お前を殺せばここいらも俺たちのものだ」

「脳筋集団かよ。断る。今は飯の時間なんだ」

「そうか」


シャキン。刃の擦れる音。鞘から引き抜いた剣が先がクレイの首に当てられる。


「……何これ?」

「拒否権はないという意思表示だ。子どもだから内心怯えてるんじゃないのか? それとも無様な姿を彼女に見られたくないとか?」


よそ者の集団が笑う。アリシアが嫌悪の表情のまま左手を集団に向け何かをしようとするが、クレイが阻止する。ナハヤは内心ホッとした。


「なあ? 1つ聞くけど」

「なんだ言ってみろ」

「なんでこれこのままなの?」


1秒待つと、「え?」という返答が返ってきた。そこから言葉を続けようとしたがもう遅い。いつの間にか握られていたコンバットナイフが剣の刀身を斬った。


さらにそのナイフを飛ばし男の太腿に突き刺す。苦痛の悲鳴が店中に行き渡る。男の後ろにいた仲間の女が腰にある短剣をひき抜こうとする前に、飲み干したコップを女の顔に投げつける。


止まらず金髪の肩を踏み台にして顔面を蹴りつけ、直後に他の仲間2人を高速の殴打でのす。


「ふん」


空中で翻し元いた席に戻ると、金髪男の太腿に刺さったナイフを引き抜き、体を引き寄せ右手の甲の上から机にナイフの刃を突き立てた。


「いゃあああああああ! いてぇえええええええええ!」

「獰猛な獣は脅したりなんかしない。そんなことすらせず牙を見せて喰らいつく。つまりお前はカスってこと」

「きゃあー♡ クレイかっこいい!」


アリシアが抱きつく。周りの輩は「あーあかわいそうに」、「いいぞクレイ! よそ者をこらしめてやれ!」と賑わい始めた。クレイが掃除屋だということはこの店に訪れる連中はほぼ周知の事実。中にはこの集団と同じような目にクレイに遭わされた人もいる。


皆口を揃えて言うのは、クレイを敵に回してはいけないということだ。


「ああああ……頼む許してくれ。悪かったから」

「なんだ急に塩らしくなったな。そうだな……お前依頼持ってこいよ。今」

「は、はあ?」

「何か困ってることあるだろ? 言ったら解放してやる」


今思いついた。飯時を邪魔した罰として金をふんだくろうと決めたクレイだった。


「そ、そんなの急に言われても」

「じゃ手にさよならしろ」


ナイフを少し晒す。肉が斬れればさらに悲鳴が上がる。


「わかった! わかったから! ひ、東の外れの廃家から、謎の声がするって噂を聞いたんだ! そ、それを確かめてくれればそれでいい! これでどうだ?」

「ふーん……まいいか」


手の肉からナイフを引き抜く。狼狽える男の後ずさる姿を見ながらコンバットナイフをしまった。


「よし、明日の朝までにナハヤ(こいつ)にお前の所持金の半分を渡せ。それが代金だ。俺は先払いしか認めてない。逃げたら殺して身ぐるみ剥いでやるからな」

「わ、わかりました! 絶対逃げません!」


そう言って、必死の形相で店を後にしていった。


「得したぜ」

「あんたは変わらんねえ」

「流石クレイだね♡」



ひと騒動終えた後にやっと料理が運び込まれた。これが普段のクレイの日常。裕福ではないがそれなりに平和に生きている。



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