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狩人



勇者になりたかった。



         ────



夜の帳が下りた外。今夜は満月。月明かりのみに照らされた夜道に、忙しなく走り回っている人間がいた。


「はあ……はあ……っ! クソッ、クソッ!」


死にたくない死にたくない、そう連呼し続ける。男は夜を散歩する子供遊びは持ち合わせていなかった。何より走るなんて疲労がたまる行為をこんな夜中にするほどダイエットに勤しんでもなかった。


彼は、ただ逃げていた。


「あっ」


その走りは突然終わりの鐘を鳴らされた。足首に強烈な痛みを伴い、その場に転んでしまった。


「いってぇ」


男は自分の右足首を見ると、黒いコンバットナイフが刺さっていることがわかった。真っ赤な血が流れ出ており、すぐにナイフを引き抜こうとした。


「逃げんなよたく」


ナイフを引き抜こうとした手が止まる。恐怖の声が体をこわばらせ、目だけが動かせることができた。


「あ、ああ」


追う者と追われる者。この言葉が今最も似合うだろう。追う者は左手に男の右足首に刺さっている物と同じコンバットナイフが握られていた。


男の目に映る追う者の姿は少年だった。服の上からでもわかる細身だが筋肉質な体型をしている。その目に映るは(えもの)。男も追う者を獣だと認識した。


「その足じゃもう逃げらんねえぞ」


少年の姿をした獣は寝ている男に近づき、肉に刺さっているナイフを抜く。もう痛みなどどうでも良かった。今はただ、この場から生きて帰ることだけを考えている。


「ま、待ってくれ! なんで俺を追いかけ回す? 俺はお前なんて知らない、恨まれるような覚えもない!」

「そりゃ知らねえだろ。会ったことないんだから。恨まれることも当然ない。俺は、な」

「……何のことだ?」

「もーいいからさ。こっちは依頼でやってんだよ。ほら、さっさと出せよ宝石」

「ほ、宝石……」


男の右ポケットには、ルビーのような紅色の宝石がある。男が2日前に手に入れた物。そのことを指摘されたことに、男は追う者の目的が何なのかが想像できた。


「持ってんだろ? 高価で価値ある宝石を。盗んだ物はちゃんと所有者に返してやる」

「そんなの俺は知らない!」

「今日の昼からずっと持ち歩いてたよな? 監視にも気づかずお仲間たちに見せびらかして、随分と楽しそうにしてたねー。はいお喋り終了。ほら、早く出せ」

「知らないって言ってんだろ!」


嘘を振り撒く男。獣の少年はめんどくさそうにため息を吐いた。


「たくっ、出してくれれば死体弄らないで済むのに。あーもういいや」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! だから俺は何も」

「近頃この辺でグループですりをしてるチンピラ集団を始末してくれって依頼も受けてんの。これから後4人もだよ。俺の睡眠時間をお前なんかに余分に割きたくないんだよ」


男はなんとか立ち上がり逃げようとする。しかし走ることも歩くことすらままならない。足を引きずりながらでは死の刃から逃れられない。


(殺されるくらいなら──)


殺してやる。そう決意したところで、もう決意は引き裂かれていた。少年に殴りかかろうと握った拳には指がなかった。ナイフには赤い液体が付着した。


叫ぼうとしたが一瞬で喉笛を切られた。全く見えなかった。男の命は、肌寒い夜風に紛れて天へと昇っていった。


「よいしょっと」


文字通り生気が失われた男の顔も見ずに、少年は男の服の中を探る。


「んん……お、あった」


あっさりと目的の品である宝石を見つける。それを自分のポケットにしまい込む。


「これ売ったら報酬より高くなるかな……いや、面倒ごとはやめよ。さて次だ次」


用を終えた少年は次の標的の元へと足を進める。掃除屋そうじやとして日銭を稼ぐ彼に罪悪感はなかった。


親の顔は覚えていない。きっと捨てたのだと思った。別に恨みなんてなかった。恨みが湧くほど情もなかった。少年の名前はクレイ。




彼は勇者が嫌いだ。




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