臨月
個は醜く、軟弱だった。
淘汰される宿命に、抗えるはずもなく。
白刃映り、命は朱に染まる。
暗転した世界、凍える肉塊。
冥府の死神がすぐ傍に。
「が……」
されど個は死を拒む。
生にしがみつき、強靭な意思は肉塊を変異させた。
しかしそれは化生、成れの果ての末路。
世辞でも美麗とは言い難い魔の権化。
自我すら消失したそれは、果たして生と呼べるのか。
変わらぬ宿命を辿る。
朱に染まるが痛みなし。
感覚すら置いてきてしまった。
次はないと、世界の理が矛盾を赦さない。
混濁する意識、月が陰る。
哀れな魂は、常闇の中に眠る……………………
「げ…………あぁ……」
声。
存在し得ない声がそこにはある。
ある筈がない、しかし目の前に顕現していた。
裂傷は面影も消え失せ、肉塊は劣化どころか進化する。
奇怪な異変、されど現実。
灯火陰れど闇が照らす。
宿命の神を排斥し、捻じ曲げた次を産み堕とす。
敵無し、害無し、恐れ無し。
白刃砕け鎧決壊、神威退け骸へ変える。
時が経てば下僕を引き連れ、地平を統べる森羅万象の修羅がそこにはいた。
「ひどく……気分が良い」
個は思う。
"憎い、憎い、お前らを忌み嫌う"。
誰に向けたものか、それは誰も知らぬ墓場の備え。
個は変革を望む。
「全部壊す」
ここに臨月、謀略の誕生。
魔物の王が成った。