婚約破棄をしたらビンタされた
長男だから王太子になった酒を飲み婚約者がいるにも関わらず女達を侍らせ立場の弱い人達を痛ぶって楽しむ男は暴虐な性格だった。
親である王と王妃はそんな長男を甘やかすだけで叱る事はせず、それどころか男の気分を悪くした周囲が悪いと思ってすらいた。
そんな男が婚約破棄をしようとした。大事なパーティの最中で婚約者すらも恥に晒して貶めようとした。
男の傍らには誰もが視線を送ってしまうほどの絶世の美女。一瞬でも婚約者よりも美女に心を奪われても仕方がないと納得してしまうほど美女の存在は圧倒的だった。
男が堂々と愚かな婚約破棄を宣言した後美女の腰に手を添えて引き寄せ、美女を自分の婚約者にすると宣言しようとした時
「無理ぃぃぃぃぃ!!」
絶叫と共に男は美女にビンタされた。
力強いビンタに男は倒れる。
美女はドレスとハイヒールを装備しているとは思えない速さでその場から逃走。
婚約者は思わず口をあんぐりと開ける。
周囲は驚きと困惑で呆然と立ち尽くしていた。
どうしてこんな事になったのか。
時は少し遡る。
◆◇◆◇◆
王太子である男には弟がいる。
男と違って弟はとても優秀であり人望があった。そのせいで兄である男からの嫌がらせは絶えなかったが、どうにかそれをかわして生きてきた。
ある日、弟の友人である魔術師が相談にやって来た。
「聞いてよ我が友。君の兄が酷いんだ。」
「いつもの事だろ。」
「今回は特に酷いんだ!」
魔術師が言うには
魔術師の知り合いの妻を男が気に入ってしまい、権力にものを言わせて奪い取ってしまった。もちろん知り合いは抵抗したが男の護衛の騎士に危うく斬り殺されそうになってしまった。
間一髪魔術師が助け出した後、知り合いに妻を助けてくれと頼まれそれを了承。急いで知り合いの妻を探しに城へと侵入。そして男に痛めつけられた後の妻を発見した後連れて逃げ出した。逃げ出す前に魔術で知り合いの妻の偽物の死体を作って偽装する事を忘れずに。
治療を早めに行えた為後遺症は残らないだろう。だが心は違う。一生消えない傷が残ってしまう。
知り合いとその妻は現在魔術師の手引きで身を隠している。
「…酷いな。」
弟は兄と認めたくない男の所業と何も出来ない自分の愚かさに怒りで拳を握りしめる。
「もう無理! あんな奴が王になったらこの国は終わりだ。君が王になれ!」
「私だって王になりたい。だがどうする。あんなでも王太子だ。父上と母上は絶対にあいつを王にする。」
「そこは私がなんとかするさ。なんたって天才魔術師だからね私は。君には時間稼ぎをしてもらいたい。」
「分かった。何をすればいい。」
「君にある魔術をかけよう。」
そう言って魔術師が弟にかけた魔術は
「…なにこれ。」
絶世の美女になるものだった。
「うっわ美人! さすが私最高の美女が誕生した!」
「待て。」
「さぁ行け我が友よ。その姿であのクソ野郎を誘惑して来い!」
「待て。」
「大丈夫。口数を少なくしてそれとなく微笑めばミステリアスな美女として大体なんとかなる。」
「待て。」
「大事な局面はそのイヤリングを通して私が指示しよう。」
「待て!」
「安心して。未経験な君でも男を籠絡出来るよう判断力を鈍らせる体臭を出す魔術もかけた。ついでに君のクソ親父も攻略して君に王位を継がせるように仕向けよう。」
「待てって!」
息を荒げる美女となった弟に魔術師は首を傾げた後、何か思い当たったのはにっこりと笑う。
「もちろん後でお風呂やお手洗いの仕方を教えてあげるね。」
「ちっげぇよバカ!」
学生時代から魔術師に振り回されてきた弟は激しく後悔した。
◆◇◆◇◆
その後、魔術師が王達を玉座から引き摺り下ろし城から追い出す準備を進められるよう弟は頑張った。とにかく頑張った。
幸いなのか不幸なのか。魔術師がかけた魔術のおかげで美女になった弟の正体は最後までバレる事はなかった。
兄と認めたくない男や父と認めたくない王に加えて様々な男女から欲望を込めた目で見られる生活に何とか耐え忍んだ。体をベタべタ触られそうになったが邪な手からひらりひらりとかわしてきた。
主に兄と呼びたくない男や父である事を嫌悪する王に何度も襲われそうになったが魔術師がかけた防衛用の魔術などで何とかしてきた。
そして遂に魔術師が男や王達を追い出せる準備が整った。同日に絶縁したい男が大事なパーティで婚約破棄を行いその上美女の姿になった弟と婚約しようとした。
我慢の限界を迎えた弟は魔術師の許可を得て兄である事実を拒否したい男の顔を渾身の力でビンタしてその場から逃走した。
その後、魔術師の手によって男は元王太子となり王と王妃とついでにと言わんばかり汚職していた者達と共に城から追い出されその直後に消息不明となった。
◆◇◆◇◆
「あっ言い忘れてた。王様になれて良かったねおめでとう!」
「今それどころじゃないだろ!」
新しい王は友人の魔術師に向かって声を張り上げる。
「早く魔術でどうにかしてくれ!」
扉の外でどんどんと扉を激しく打ち鳴らす音が聞こえる。寝室を守る分厚い扉がわずかに揺れている。原因は部屋の外で理性を失った人々が扉を破ろうと拳や足や武器で扉を攻撃しているからだ。
「何だこれ! 何がどうなっているんだ!」
「えっと。王になった君を祝う為のパーティに君の元兄の元婚約者が君に媚薬を飲ませて既成事実を作ろうとして、だけど誤って薬が君のグラスじゃなくて客に振る舞うボトルに入って、それで色んな人がそれを飲んで、今に至るね。」
「ちくしょうくそったれ!」
「それにしても、元兄といい元婚約者といい。結構似たもの同士でお似合いだったのかもね。はっはっはっ!」
「笑い事じゃねぇよ早く何とかしろって言ってるだろ!」
「いいけど、別の国のお客さんもいるから国際問題にならない?」
「穏便に何とかしろ!」
こうして、王と魔術師のおかげでどうにかこの騒動は収まった。
「ちなみに捕まえた元兄の元婚約者はどうする?」
「極刑。」
「了解。」
魔術師は王直属になりこれから先王を支える事になった。