表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Life ~一つ隣の物語~  作者: るなるな
Life『月と紅茶と幸福を』
70/77

始まりの日

 ……

 一瞬の浮遊感と、肩の痛みが、傾く身体を止めた。

 上を見る。

 そこにあったのは、苦悶の表情を浮かべる、執事と、いつの間にか伸ばしていた私の腕を掴む、旅人の腕だった。

「とりあえず……自分の足で立ってもらっていいですか?」

 痛みに耐えながら、月詠夢は私の右手首を握って言った。

 袖の隙間からは、青黒く染まった腕が映っている。

 すぐに、腕を手で……

「……無理!手を離していいから……この位置なら、そんなに痛くないから。ねえ」

「今更何言っているんですか?」

 呆れたように彼は言うが、私にとって死活問題だ。

「さっきの光景……見えてないの⁉今度は、月詠夢の腕を『壊しちゃう』かもしれないのに!」

「執事が……ご主人を地面に付けるわけがないでしょ!」

 握る力が強くなった。引き絞るような、力の入れ方だ。

 彼の語気も荒い。余裕は、彼にもないのだろう。

 だが、私には彼の腕を掴む事を未だに躊躇していた。

「握りたい……でも、無理……だって……また、握ったら……」

 感情と言葉が一致した。震えが止まらない。静かな部屋が騒がしい。

 それでも私は手を掴めなかった。

 痛い思いをさせてしまった彼を、もう一度痛めつけてしまうかもしれない。

 彼の慈愛を、無下にしたくないのに……

「別に、ぶっ壊してもいいですから!右が無くても、どうせあなたは左腕を出すんでしょ!」


 彼はつんざく声を私に投げた。

 今にも泣きそうな、光を乱反射する瞳を私に見せて。

「……一人で、抱え込まないでください。怖くなったら……僕が今みたいに手を取りますから」

「……っ!」

 この言葉を、私は知っている。

 私がこの部屋から時々出ていた頃に、よく聞かされた言葉だ。

 瞬間、あれだけ高鳴っていた鼓動が、消えた。

 そして、私は気が付いた。

 彼の手を振りほどくために、私は彼を引っ張っていたのだ。

「お嬢様……私の事を『お兄様』だと言ったことが噓じゃないなら……家族の一人と言ってくれたなら……この腕を、握ってください」

「……どうなっても知らないよ、『お兄様』」

 苦痛を耐え、笑顔を見せる旅人の声は、優しく、温かく、身体を融かした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ