6日目「月と紅茶と
「かなり、遠回りになってしまったけれど……これが、私から話せる『物語』といったところかしら」
「そうですね。結局、僕の『過去』を見れた理由は分からなかったですから」
「『それを語るには余白が狭すぎる』。というものね」
「四百年待てるほどは……悠長ではないですね」
「でしょう?でも、あなたが知りたかった『謎』は、分かったんじゃない?」
僕は、こくりと頷いた。
長い話を終わらせた彼女は、腹部がちらりと見えるのすら厭わずに身体を伸ばし、一仕事を終えたような満足そうな表情へと変わっていた。
「これで、ルッカ様の仕事は終わったんですか?」
「いや、あと一つだけ残っているわね」
そう言うと、また彼女は指差した。
その先にあったのは、まだ湯気が立ち昇る紅茶のカップだった。
まだ、飲み終わっていないということか?しかし、話を聞き終わった満足感で、あまり飲みたい気分では……
「あ……」
「そう。あなたがそれを倒せば、『異変』の起こった、『あなたの三日間』は終わる。私は……ある意味一番難しい仕事が残っている訳だけれど……」
そう言って、彼女は考え事をし始めた。こんなギリギリのタイミングだったのか……
「……ルッカ様の『能力』、お嬢様よりおかしいことしていませんか?」
「あら、妹にしてしまった仕打ちの後悔よりは、疲れないわよ」
「……この、シスコンが」
「あら。それはお互い様ね。準備ができたら、一言お願い」
「分かりました。ただ、その前に一つ質問したいのですが」
「どうしたの?」
「今、僕がカップを倒した時に『異変』が終わると言っていましたが、これだと自分の意志で『異変』を終わらせていることになりませんか?」
「いいえ、そうはならないわ」
「どうして?」
「だって、あなたがどう思おうと、どのように考えようと、『カップを倒す』ことで『異変』が終わる『事実』は変わらないもの。私はそれをちょっとだけ利用しただけよ」
そう言った彼女の瞳は、黒く、紅く輝いていた。
「はい、大丈夫ですよ」
深呼吸一回の後、僕はカップに手を添えた。
「そ。じゃあ、改めて言うわ。準備はいい?」
「はい」
「あの子は、我儘な『悪い子』?」
「いいえ。それは……」
──ガチャン




