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Life ~一つ隣の物語~  作者: るなるな
Life『月と紅茶と幸福を』
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4日目昼? 『治る』記憶

「どのくらい『治った』?」

「……はい?」

「記憶」

 二つ目の棚の本を片付けている最中、セッカさんが話しかけてきた。

 前の棚の時はてきぱきと終わらせていましたよね。

「……話をする時間が欲しかったから。さっき頑張ったおかげで、少しは余裕があるよ。ただ……手は、止めないで」

「なるほど……まぁ、質問の回答としては、『はい』が正しいと思いますよ?」

「曖昧……だね」

「そうなんですよね……なんとて言えばいいんですかね……」

「まだ、時間はある。ただ……手は動かして」

「はいはい。仕事はしっかりと、行わせていただきます。メイド長サマ」

 もはやセッカさんは会話以外する気が無いようで、欠伸をしながら僕が乗っている脚立の側面に背中を預けていた。

 ……一人でやれってことですか。

「もう、何回もやっている……から、慣れているでしょ」

 あはは、良く言いますよ。

「僕の中では、『二回目』の初めてなんですよ?」

 僕は、脚立を立てた場所の本棚を片付けて、再度セッカさんの方向を向きなおした。

「……早いね」

「そうですね」

 脚立を移動し、再度同じ作業を繰り返す。

 今日初めて行うはずの作業を。

 ──この屋敷の本は、色で分類して整理……してるよ。赤は魔術書、青は……

「青は……参考書。参考書。これも参考書。そして……黄色が小説」

「……うん、二日前に教えた通り」

 彼女の言う通り、初めて行っているはずの整理作業を、僕は淀みなく行っていた。

 それだけではない、作業を行うたびに頭の中で、少しずつセッカと行った過去の会話を思い出しているのだ。

──緑は……論文や報告書。紫は……めったに出ないけど、中身は確認しないで。

 不思議な感覚だ。

 記憶を思い出すというものは、一般的には引き出しから物を取り出すように過去の記憶を回想し、適切な情報を認識するものだというのに。

 これは、違う。

 まるで、今この瞬間この場所で言われたかのように言葉が聞こえて来ているのだ。

 『壊れる』に……『治る』……か。

 セッカさんの言い方に納得がいく。

「ただ……もやもやするなぁ」

「どんな感じで?」

「なんというか……自分が聞いて、見たことなのに、自分のことじゃないというか……記憶にないのに既視感があるみたいな感じですね」

 ちぐはぐな説明をしてしまった。

 全く。頭の中では理解しているのに、言語化すると考えたら難しいな。

「この屋敷で働く以上、こういうことは起こるよ」

 ……まるで僕だけがこうなっているわけじゃないみたいな言い方ですね。

「私は……受けたことは無いけどね」

 そう言うと、セッカは申し訳なさそうに視線を僕から逸らした。

 一瞬そのような表情をする理由が分からなかったが、数週間とはいえ、自分の部下が記憶障害に陥っていると考えると納得がいった。

 ……優しい人ですね。

「褒めても……仕事は減らないよ。それに……ツクヨムがやるべきことは、頭を回すことだから」

 思考が聞ける人にそう言われるとは思いませんでしたよ。

 ただ……ゆっくり本を整理している間に、なんとなく予想はついてきた。

「……あと一冊、残ってるよ」

 そう言った彼女の表情は変わらないが、どこか嬉しそうに見えた。

「この本、暫く読んでいてもいいですか?」

 目を閉じ、数秒後開いてセッカは一言。

「……この棚の整理が終わるまでね」

「はい、もちろんそのつもりで」

 メイド長の許可の後、脚立から降りると、彼女はゆっくりと僕が居た三段目へと登って本を取り出し始めた。

 それを確認した後、僕は「『能力』と精神の相互関係の知見」と表紙に書かれた本のページを開いた。


「残りは一冊だよ」

 脚立から降りる音の後、セッカはそう言って棚に寄りかかる僕に手を差し出した。

「この本ですね」

 こくりと頷いた。

僕はすぐに読み通した本を返すと、そのまま放り投げるように、彼女は僕の頭上にある本の隙間に手渡したそれを入れ込んだ。

落とさなければ怒られないんですね。

「ちょっと……違う。これは信頼って呼ぶタイプの行動」

 なるほど。確かにどれがしまったばかりの本か分からないほど綺麗に入れる技術があるなら、信頼が正確な言葉ですね。

「そ。じゃ、最後の棚。行こう」

 セッカは欠伸の後に脚立を畳み、魔法陣へ収納した後、くるりと振り返りながら先を歩いていた。

 上機嫌そうだが、身体の動きだけで無表情なのが少しシュールに感じる。

 感情豊かだなぁ。

「あなたと似た者なのは……嫌なのだけど」

 同感ですよ。

 

「……読む時間少なかったけど、大丈夫だった?」

 また、廊下を歩いている最中にセッカが話しかけてきた。

 そんなにおしゃべりな人じゃないのに、今日は珍しく饒舌ですね。

「それは……もう時間がないから」

……時間が無い?確かに整理の時間には限りがありますが。

「……こっちの話。あとでわかる」

「?」

また、視線が変わった。

表情、目線を変えることなく、彼女は曇るように一瞬僕から視線を動かした。

「……」

 教えてくれないか。と、心だけでなく、視線で投げ返してみるが、更に申し訳なさそうに首を前方に傾けてしまった。

「……教えてくれないんですね」

 立場上仕方ないことか。

 彼女はあくまで『ルッカ様』のメイドだ。

 なら、核心を突く発言を行うことはできない。

 昨日……いや、三日前のルッカ様が言った言葉を応用するなら、探偵《ルッカ様》が『それを語るにはまだ早い』と客人《僕》に言った時、助手セッカさんがその真実を知っている場合、それを隠すことが仕事なのだから。


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