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Life ~一つ隣の物語~  作者: るなるな
Life『月と紅茶と幸福を』
36/77

小噺 3

──ぱちぱち

 さっく、さっく。

「はぁ……やっと見つけた」

 草を踏む音の後、身体を揺らされ目を開けると、青空が広がっていた。

 雲は二割。暖かい春風と日差しが頬を撫でてくる。

 昼寝日和だ。だが、声に反応して僕の身体は、頭痛を起こしている。

「……よく、俺の場所が分かったね」

「村中探しても見つからなかったから、ここかなって」

 ぼんやりとだが、状況を理解した(思い出した)。ここは村近くにある川辺だ。

 そういえば、この辺りの小さな丘が、昼寝に丁度いい緩やかな傾斜だった。

 相変わらず、僕を助けた『   』の顔も、名前も見えない。

 だが、どんなに靄《ルビを入力…》に隠れていても、快活で、明るい少女の声だけが、彼女の存在を強く表していた。

 まぁ……声を聞かなくても認識できているあたり、本当に印象残っていた子なのだろう。

「ここは、空がよく見えるからね。他の人にも邪魔されないし」

 夢と現実を一緒にするのは良くないが、二週間ぶりの外は心地良いものだ。

 外の空自体は、地下なのに何故かある窓の外から見ることが出来たが、こうやって実際(?)に受ける風や日光を直に感じられるのは、ささやかな幸福を覚える。

「考え事、してたんですね」

「……まぁね」

 そういえば、今日も彼女のことを考えながら寝落ちしていたのだった。たしか……


──ピシリ


 ……なんだっけ。

「隣、座りますね」

「どうせなら一緒に寝ようよ。ふかふかして気持ちいいよ」

「えへへ。恥ずかしいから、遠慮します」

 はにかむような笑顔で、彼女は足を三角の形にして座った。ロングスカートなので、より三角が強調されて見える。

 そうか、『   』ちゃんについて考えていたんだった。

 変なの。さっきまで考えていたことなのに。

「……三年って、あっという間ですね」

「……うん、明日で丁度だ」

「いつの間にか、同じくらいの目線になってましたね」

「……俺はまだ成長期だから」

 結局、あの頃から僕の身長はまだ伸びてないな。

 ……あの頃?

「……空、綺麗だね」

「そうですね。『旅人《僕の》さん(名前)』みたい」

「そうかな、俺はこんなに大層なものじゃないよ」

 青空一面、とまでは言わないが、日が隠れ、細めることなく虹を見られる空。

 僕の好きな天気の一つだ。

 ふわ。

 薄く包まれる感覚の後、視界が等間隔に縫われた布の白に包まれた。

「とりあえず、顔だけでも拭いて下さい。風邪、ひいちゃうので」

 微妙な窒息感と共に雨水を拭き取ると、今度は『   』が僕の顔を覗き込んで空の景色を遮っていた。

 どんなに、この時間を楽しんでいても、この靄がかった顔が、夢であることを伝えてくる。

 ねぇ、『   』ちゃん。キミはどんな顔なの?

 言葉は、声に出ない。

 ──ぱちぱちぱち

 代わりに拍手の音が、脳を突き刺すように響いてきた。

 村の集会場。老若男女の規則的なリズム。そして、中心に『   』。

「これが、『普通』なんだよね、この村では」

「『旅人さん』にとっては、『普通』じゃないですよね」

「『捧物いけにえ』は、どの国にもよくある文化だよ。形式《言い訳》は違うけどね」

 そう、この村にとっては『いつものこと』なんだ。

 ……辺境の村にはよくある文化。

 年に一度、『神様』に対して十五歳の人間を『無作為』に奉納する風習が、この村には存在していた。

「……やっぱり、怖い?」

「……えへへ」

 返答は、隠すような笑いだった。

「……本当に、キミは優しいね」

 僕はそんな『   』を撫でてあげた。

「でも、選ばれたのが私でよかった。お父さんは二年前に亡くなって、悲しむ人はこの村を出る旅人さんくらいしかいませんから」

「そうだね。こんな『偶然』、滅多に起こらないだろうから。幸運だ」

 欠伸を我慢しながら上体を起こすと、『   』は見えない屈託な笑顔で応えた。

「はい。とっても幸せものでした」

「……そ。じゃ、また空でものんびり見よっか。空の色が変わる瞬間は、何回見ても綺麗だし」

「……初めて見た」

「何が?」

「そんな優しい笑顔、できたんですね」


 空の色が変わる前、ふと、顔に冷たい衝撃が降りかかった。

「あ、雨……」

 彼女が呟く。

 変わることなく、空は青い。

 はぁ……折角乾いたのに、また濡れちゃったか。

「不思議……晴れてるのに、雨が降ってる」

 横を向くと、『   』が空を見ていた。

 ……翡翠の色の瞳を、いつもより少しだけ大きく開いて。

「『狐の嫁入り』だね。この時期に起こるのは滅多にないんだけどなぁ」

「キツネ……の?」

「晴れてる時に雨が降ることをそう言うんだ」

「綺麗……神様の世界みたい」

「でしょ。丁度日が出てきたから、雨粒に反射してより綺麗になる。実際、一部の東国や、狐をルーツとした獣人にとって、『この日に結婚した人は一生の幸福を得られる』なんて噂もあるくらいで……」

 熱心に語りながら、横を向いた瞬間、時が止まった。

 そうか、これが。僕の執着の原因か。

 止まる雨粒の先、雨に濡れ、靄の洗い流され、雫を流す『   』は一言。すがるような、吐き出すような、かすかな声で呟いた。

「ずっと、空が見れたらなぁ」

 …………

「……どこに行くの?お兄さん」

「……狐に逢いに。先、帰ってて」


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