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Life ~一つ隣の物語~  作者: るなるな
Life『月と紅茶と幸福を』
35/77

琥珀の瞳と跳ねる喉

 盲目ね。

 ルッカ様は指を前に指し、僕を評した。

 茶会が終わり、テーブルを片付けた後もまだ話し足りないので、さえぎるものは無い。

 そのまま前に進んだら、眼球眼球(めだま)に刺さりそうな距離だ。

「ただ、涙を流しただけですよ。それだけで変わるなんて、考えられないでしょう?」

「そうね。普通は変わらないわ」

 鈍感ね。

 次は胸を指してきた。

 まだ理解できていない僕に、彼女は微笑んでくる。愉快で仕方ないのだろう。

 ……少し、羨ましいな。

 僕はまだ、フィリア様が僕を視た理由がわからない。姉だから、と言えば当然だが。

「……(かす)み目の僕に教えてくれませんか?」

「あらあら、随分と酷なことを言うのね。私はあの子の姉なのよ?」

「僕には、一生分からない気がするんです」

 思考の放棄ではない。本心で、直感的に、感じた。

 ため息が一つ。視線の先の少女は呆れ顔だ。

「あなた……本気で言ってる?」

 ……?

「はい」

 ──当然だ。分からないのだから。

「……一途な癖に朴念仁ね。おまけに節穴」

「……」

 僕は一途と朴念仁という言葉の意味を知っている。この言葉は、本来並ぶことのないものだ。

「……あ」

無意識的に声が漏れた。

 僕が嵌まっていた悩みの種が咲いた音だ。

「でも、光には敏感な眼ね。流石」

「いや、いやいや。ありえないです」

「ありえない?それはどうして?」

「だって、お嬢様は僕に興味なんて──」

「それは、誰の眼から見たものなの?」

「それは──」

「あなたの眼ね」

「……はい」

「続けても?」

 無言で頷く。今の僕は、発言よりも、傾聴が必要だ。

「そ。まぁ、とにかくあなたは視野が狭いのよ。旅人という職業?と言えばいいのかしら。旅人であるが故に、自分一人の力で生きてきたが故に、盲目的に自分が見た世界を素直に信じてしまう。だから、他人と自分で価値観や基準がズレた結果が生まれたってわけ。『(フィリア)がただ、見ている』。それ自体が、その行動が既に特別だったのよ」

「つまり、僕が初めてフィリア様に会った時には」

「そ。あなたは既に目標を達成していたの。滑稽でしょう?」

 少し黙った後、僕は癖毛をくるくると回した。

「待ってください。自然体で彼女と接することが正解だったなら、そもそも一昨日のルッカ様がしたアドバイスは何だったんですか」

「私があなたに言ったことは『無難に過ごすな』と記憶しているわ。あの子に絡め、なんて、一言も言っていないはずよ」

「……そうかも」

「そうよ……それで、笑顔はどうかしら?」

「……させていただきます」

 ため息一つの後、僕は、自分にとってとびきりの笑顔を、ルッカにぶつけた。

「相変わらず、つまらない笑顔ね」


 僕の渾身の笑顔は、どうやら微妙の一言のようだ。

「笑顔につまる、つまらないなんてあるんですか?」

「さぁ?私には分からないわ。ただ、あまり嬉しそうにないあなたが見せた表情に対して、率直な感想を述べただけよ。私は」

 埃でも払うようにドレスのスカートを整え、ルッカさんは僕の方へと近づいた。

 まだ話は終わっていない、そう無言で告げるように、僕の目を真っ直ぐ見ている。いや、視ていると表現するべきか。

 なるほど、確かにつまらない表情かもしれない。琥珀の瞳に映る僕の顔は、何を考えているか分からない程の無表情だ。

「何か、用が?」

「そうね」

「なら、直ぐに言ってもらえませんか。苦手なんですよ、じっと見られるのは」

「あなた自身はよくすることなのに?」

「そんなものでしょう、癖って」

「一理あるわね。ただ、あなたを観ていると、どのように話せばいいのか、表現するべきなのか分からなくなるのよ」

「……?」

「そうね……探し物は好き?」

「自分が無くしたもの以外なら」

「なら、問題ないわね」

「誰の物ですか?」

「あなたにとって大切な人のもの」

「何を探せば?」

「探す必要は無いわ」

「面白い言葉回しですね。探さなくていい探し物なんて、僕には理解できませんよ」

「ね、難しいでしょう?」

 ルッカさんは、僕の事を比喩でしか言語を理解できない生物とでもかんちがいしているのだろうか?

「つまり、フィリア様と過ごすことによって、彼女が奥底で考えていることを見つけ出せ、と言うことですか?」

「物分かりがいいわね、私は大好きよ」

 理解できる僕の方に問題があるのかもしれない。

「好きなら直接伝えるべきでは?」

「その言葉、そっくり返すわ」

確かに、昨日ぶりの言葉だ。

「それにしても、『自分で探せ』なんて。教えてくれないんですか?」

 ふふ。と、少女は笑って答える。

「私にそれを語る権利はないのよ」

 心理描写的表現で見るなら、『外の景色は曇り空』が似合うような笑顔だった。

「姉として、理解しているからこそですか?」

「そうね……手垢の付いた小説の言葉を借りるなら……『それを語るにはまだ早い』と言った方が適切ね。それに、人から聞いた言葉よりも、実際に見て、聞いて、体験する方が理解は深まるものよ」

「なるほど」

 良い、悪い関係無く、旅における国の名所の観光はこれに大きくあてはまる。

「共感を持てる説明が上手いですね」

「説明において最も必要なものは『納得』よ。正当性や正確性は勝手についてくる」


「私が今日告げるべき言葉は……このくらいかしら。いや、一つあったわね」

 溜息を一つ。

 ルッカ様は面倒そうに思い出した一言をどう話すかを考えていた。

「何か、考える必要がある言葉なんですか?」

「そうね、くあぁ……骨が折れるわ」

 欠伸を一つまみして、吐き捨てた。

「くあぁ……もう夜も遅いですからね」

 感染る欠伸を噛みながら、時計を確認すると、短針は九時過ぎを指している。

 ……発言したものは止められないので、見なかったことにしておこう。

「まぁ……普通に伝えるわ」

 僕の眼を再度直視し、彼女は僕に話しかけなおしてきた。

「昨日は送ることが出来なかったけれど、また明日から『読み聞かせ』をして欲しいの」

 …………

「ふふ。そんな顔しないで。震えちゃうわ」

「……どんな顔ですか?」

 うんざりするような表情でルッカ様は一言言った。

「人を殺す顔よ。『おにんぎょう』さん」


「随分と……熱烈ね」

 少女は、震わせる声で言った。

「……」

 僕はルッカを押し倒した。

 その行為は先刻行った少女と同じこと。

 だが、動機は悲哀や怒りから成る愛情《フィリア様》への無意識的感情の暴走とは異なるものだ。

 僕は、理性的判断で、彼女の喉頭を塞いでいる。

 脳を突き、芯に響く彼女の高い振動を止めるために。

「貴女が描いたんですね。あの絵本は」

「えぇ。良くできて……いた、でしょう」

 さらに強く絞めてみる。

 それでも、彼女の表情は変わっていない。

 ……駄目か。ちっとも驚いてくれない。

 いや、もっと前から、彼女は抗いすらしなかった。

 まるで、決められたことのように。

 彼女は、表情を変えることなく首を絞められ、身体を床に強く打ち付けても、必要なシーンを演じるように、平然と僕の冷ややかで純粋な殺意を受け入れた。

 どう、言い訳しようかな。

「あなたの物語……あの子はどう思うのか……きゅ、お。気になったの、、よ」

 いや、違う。

 彼女は、『勇気』を出して、僕に話しているのか。

 気丈な態度の殻を被っているが、それは、選択が正しいという確信を盾にしただけのものなのか。

 そうか、よかった。ちゃんと、彼女は『人間』だ。

 微かに、ほんの微かに響く歯の震えを聞いて、僕はゆっくりと力を緩める。

 ルッカ様は、安堵の息を吐いた。


「……かふ。落ち着いた?」

「呼吸は、ゆっくりしてくださいね、肺が破裂するので……まぁ、そこまで長く絞めていないので、後遺症は無いと思いますけど」

「詳しいわね」

「……歩いた距離が多かっただけですよ」

 彼女の発言はどう考えても皮肉だが、あえてそのまま受け止めた。

 ルッカ様を見てみる。

 微笑んでいた。どうやら、僕は大根役者のようだ。

「もし……」

「へぇ、たられば話?」

「嫌いですか?」

「そうね。嫌いね。ただ……あなたの話には興味はあるわ」

「もしも、このまま絞め続けていたら、ルッカ様はどうするつもりだったんですか?」

「さぁ?」

「無頓着ですね、命に」

 ふふ。と彼女は笑って答えた。

「ありえないことを考える必要はないもの」

 再度、彼女の顔を見る。

 本心だ。彼女の顔がそう語りかけてきた。

 僕が怒ること。僕が殺意を止める理性を有していたこと。それらを彼女は織り込んだ上で、受け入れたのだ。

「……その通りですね」

「それで……質問の答えを聞いてないわ?」

「……絵本のことですか?」

 こくり。ルッカ様は頷く。

「……そう。ありがとう」

 合わせて僕も同じ動きをすると、彼女は優しい笑顔を向け、僕にそう言った。


 







 


 


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