3日目 過ちのように、壊れる。それは
「お待たせしました」
フィリア様の部屋の反対側の廊下にある、倉庫の中から件のおもちゃを取り出した時には、
「……遅い。もういい」
既にその道具で遊ぶことを諦め、布団にうつ伏せになっていた。
本当に彼女は飽きっぽい……いや、拗ねているだけか。
「遅れたことは謝りますので、布団から出てください。スカートに皺が入ります」
「私の服、洗濯しないよね」
確かに洗濯はしませんが、皺が入るとメイド長にものすごい顔されるんですよ。流石に裏事情すぎるので堪えたが、察しろと言わんばかりにニコニコしておいた。
「はぁ……分かった」
よかった。これで物言わぬ圧に押される心ぱ……い。
「あの……ちょっと……」
彼女の行動は、僕の思考を停止させるには十分だった。
なるほど、確かにスカートに皺が入らないようにしてほしいという、僕の要望をある意味叶えている。ただ、フィリア様は要望を全く違う方法で、全く違う発想で解決してきたのだ。
至極面倒くさそうに、おもむろに腰の辺りに両手を付け、何故か慣れた手つきで……いや、何回も注意されているからこそ、その行動に躊躇がないのだ。
「はい。これでいいでしょ」
僕に、おろした『それ』を手渡し、近くに置いてある熊のぬいぐるみを抱えながら、ベッドに端に座ったのだ。
「……どうしたの?」
「……いえ、直ぐに洗濯籠に入れさせてもらいます」
「そ」
……
何か余計な事を考える前に、僕はドレススカートを抱えて、部屋から全力で出ることにした。
「戻りました」
「ん」
部屋に戻った後も、フィリア様はぬいぐるみを抱えたまま足をふらふらとさせている。
この少女には羞恥や、躊躇いと言うものがないのか?
確かにペチコートは、ドレスの下に着る『見えてもいい』下着だ。
だからといって『見せてもいい』ものではないでもないのだが……彼女にとっては、ただ単に煩わしさを解消する方が優先的なのだろう。
……やっぱり、細いな。
不健康、栄養失調とまではいかない。足の爪は正常に伸びているし、筋張ったり白い線が出ているわけでもない。整った美しい脚だ。
僕は、どちらかと言うと髪と腕に言い難い劣情を抱くタイプの人間ではあるが、その界隈の人が見るのならば美しいと感じる芸術的造形なのだろう。(お嬢様の腕と髪は、言うまでもないものであり、それを表わそうとするには本の余白が足りない)
ちらりと顔をあげてみる。
どうやら同じ所を見ていたようだ。少し嬉しいな。
お嬢様は、ブランコを漕ぐように規則的に動く自身の足を、何も考えず、ただ見ている。
その横顔は、蠟燭の火によって薄く陰り、儚げな彼女の紅い双眸をより美しく照らしていた。
一瞬、こちらを見た。
「……」
──パキ
だが、深奥に潜む、絵具をぬりたくったように淀む瞳は変わらない。
お嬢様……貴女は、まだ僕を視ないのですね。まだ、僕を避け、逸らすのですね。
僕は、貴女をこんなにも視ようとしているのに。
……僕は駄目な奴だ。
彼女は、ただ僕に興味が無いだけなのに、悲観的な僕は、まだ、希望的観測を抱かせてくる。
何も言わない彼女が悪いのだ。避けるように、見せるその顔が悪いのだ。
──彼女は、僕をあえて視ていないだけ。だ。
胸の奥の言葉は、感情を爆発させ、身体動かし……
目の前の少女へ、初めて触れる燃料へと変わった。




