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Life ~一つ隣の物語~  作者: るなるな
Life『月と紅茶と幸福を』
21/77

2日目 図書室にて 探偵ごっこ

「はい?」

 どういうことだろう?

見当違いの質問に、思わず素っ頓狂な声で聞き返してしまった。

「だーかーらっ。この屋敷に、とゆーかそもそもなんでこんな森に入れたのって」

「……あうっ」

 対面に座っていた彼女はまた姿を消し、僕は後ろからの軽い衝撃でようやく、真後ろからチョップされたことに気が付いた。

「なにボーっとしてるの?これはキミ自身のことだか教えられるでしょ?」

「いや、僕はてっきり執事になった理由を聞かれるかと」

「そーんなのは私にとってどうでもいいことじゃない。聞いてもだいたい『ルッカが可愛いからー』みたいな不純な動機ばっかりだし、そんなロリコン共のデレデレ顔なんて見たくないもん」

 今までで初めて見るレベルの早口でまくしたてられ、怒られてしまった。

「僕をしれっと変態の一部に入れないでください」

「じゃああなたがこの屋敷で働く志望動機を教えてください?」

「急に本物の面接みたいになりますね。まぁ……ただ『平穏に過ごしたかった』だけですよ」

「だったらここにいない方がいいよ。というか、そんな動機をどうでもいいの。早くここに来た方法を教えてよ」

 なんでむっとした表情かは分からないが、別に隠すことでもないか。

「方法って……そんなのあなたの魔法で屋敷の近くに飛ばされたからじゃないですか」

 僕は少し苛つきをもって彼女に回答を出した。

 だが、回答への反応は、意外なものだった。


「いや、それは有り得ないよ」

これが、彼女の反応だった。

 表情は変えることなく、見透かすかのような青い瞳で、僕の発言の真偽を真っ直ぐと観察するような態度で、見続けている。

 その瞳は真剣であり、真実を示している。

 僕はそう確信した。

「……どういうことですか?僕はてっきり森のトラップは……」

「いや、それは私の魔法陣だし、君がここに辿り着く直接的な原因だよ。ルッカに頼まれて、大体二百mごとに大量の魔法陣を記した紙を置きまくったんだよね。体重四十キロ以上七十五キロ未満の二足歩行生物限定で反応する特別製のやつ」

そう言って氷雨さんは貼り紙サイズの紙を取り出した。

「それにしても、『魔法』って、古い言い方するんだね」

「え?氷雨さんの魔術はどう考えても……」

「うん、『魔法』って呼ばれるものだよー。再現性のない、自然法則を超越した魔術だね」

「じゃあそのままの言い方でも問題ないじゃないですか」

「ただ、魔法って神話に登場する宗教用語的な意味合いがあるからねー。めんどくさいことにならないように、今ではこういうその人にしかできない特別な魔術や魔法は『能力アビリティ』っていう言葉に変更されてるんだよ」

「そうだったんですね。まぁ、そのあたりの情報は旅人である都合、どうしても疎いんですよ」

「ふーん……二十年前位に定義されたから、キミの歳なら知ってそうだけどね」

 会話は苦手だ。ぼろが出る。

 とりあえず手渡された紙を見る。

 僕が森で踏んだ紙と同じで、彼女と紙の香りが混じったにおいが鼻を撫でる。

じっとそれを見ると、たしかに先程彼女が物を取り出した時の魔法陣と、形状が、魔力の出方みたいなものが違う気がする……

だが、それはよく見てやっとわかるほどの違いだ。そんな些細な違いでそこまで細かく指定

できるのか……魔法陣は二進数を用いたプログラムによって、条件を指定することができるということは知っているが、数学が苦手な僕には作れない術式であることは容易に想像できる。

いや。なるほど、そこまで細かく指定できるということは……

一つ質問してみよう。

「そういえば、氷雨さんは僕がこの屋敷に来た時は、図書館を留守にしていたんですよね?」

 やっぱりか。

 流石とでも言わんばかりに口角を少し上げた彼女は聞き返してきた。

「うん、そうだよ。私が有り得ないと言った理由が分かった?」

 確信は発言を滑らかに生み出す。

 言葉を選ぶのが苦手な僕でもすぐにその答えを言えた。

「魔法陣が作動しないようプログラムしていたのに、何故か作動したことになるから」

「ご名答。流石旅人さん」

「『旅人さん』は名前じゃないですよ」

「はいはい。じゃ、改めてこれからよろしくねー。『月詠夢クン』」

「……どうも」

 ここまで話してようやく名前を言ってもらえた。

 不思議と心がふわふわするのを悟られぬよう、もう飲み切ったコーヒーを飲んだふりをして

誤魔化しながら、推理の余韻に浸るが、氷雨さんは、そのまま会話を続ける。

「でも、それだけじゃないんだよね」

 飲むふりをしたカップの角度が下がってしまった。

 割といいセン行っていたと思ったが、ノンノンまだまだ足りないよっ、といった表情に彼女

は変わってしまった。

「あれ?足りませんでしたか?」

流石にこれ以上推理が思い浮かばないので、投了の姿勢を見せると、彼女はすぐに答えを教

えてくれた。

「ふふふっ。キミって頭は回るけど、あと一歩が足りないよね」

「……あ、今僕煽られてますか?」

「いいや?かわいいなって思っただけ」

「意味不明ですね」

「そう?キミ結構可愛がられそうな見た目してるのに。コーヒーのお代わりいる?」

「……いえ、いらないです」

「そ、一滴残さず飲んでたのに意外だね。とりあえず話を戻すけど、キミの推理はあくまで一視点のことしか考えてないんだよね。だからその先の考えが足りていない感じ」

「……?」

一視点……そうか、確かに考え直すと、自分の推理はあくまで魔法陣そのものに関してしか考えていなかったかもしれない。

つまり……

「それはねぇ……」

「あ、ちょっと待ってください」

「ん?もう一回考え直すの?負けず嫌いだねぇ」

にやにやしてる彼女は思考から外してもう一度会話内容を思い出してみよう。

 こういう推理の時、出題者が答えを言わないでヒントを出すのは、もう少し考えれば答えが出るという意味だ。

 大人が子供に教えてる時の常套手段……やっぱり子ども扱いされてるな……僕。


「答えは出た?」

数分の思考時間の後、氷雨さんは部屋を覗くように聞いてきた。

「まぁ……一応は」

確信の持てない僕はゆっくりと口を開いていく。

「最初の答えを考えている時は……魔法陣自体が不具合(バグ)を起こしたことが問題点だと思っていたんですが……」

「うんうん」

「魔法陣の不具合の有無自体はそもそも話題にすら入っていない……ここまでは合ってますか」

「うん。で、その思考理由は?」

 教師と生徒の関係を彷彿とさせる雰囲気に少し緊張気味になりながらも、確実に言葉を紡い

でいく。

「僕が来た方法を答えた時の言動、というよりは単語ですかね。『有り得ない』って言ったんですよ、氷雨さんは」

「うん、言ったね」

「僕は魔術師じゃないので、こういう魔術道具のことはよくわかんないですけど……多分……こういう道具がバグを起こしたときって、魔術師なら『おかしいな』とか、『詳しく状況を教えて』って言うと思うんですよ。特に魔法陣なんていう、複雑難解な精密道具なんて、どんなに精巧に作られていたとしても必ず、それこそ天地が返るほどでしょうけど、ミスがあるはずです」

「へぇ……知らないって言ってる割には理解してるね」

「既知の詰め合わせってやつです。まぁ、『有り得ない』なんて、事象の完全否定を行うというのは、自分によっぽど自信があるか、もしくは……」

「第三者の介入があったか、でしょ?」

「……推理もので一番カッコイイシーンなのに」

軽く頬を膨らませ不満をアピールすると、彼女は嬉しそうに微笑んで二杯目のコーヒーを一

口飲み、悪気なさそうに会話を続ける。

「あはは、ごめんねー。話が長くなりそうだからつい入っちゃった」

 ……実際、探偵ぶっていたことは事実なので、言い返すことはできない。

「……じゃあさっさと言いますよ。つまり、本来氷雨さんがいる時にしか作動しない魔法陣を、ルッカさんが作動させた。これで、合ってますよね?」

 こくこくと彼女は頷く。

「そ。確かにあの子には魔法陣を起動させる合鍵を持たせてはいたけど、こんなことする前例がなかったからねー」

「僕が見た印象だと、気まぐれにやりそうな気はしますけどね……」

 仮にも屋敷の主に対して、苦々しい態度で、愚痴に近いことを言ってしまった……

 八割。いや、十割は愚痴だな。

 失言を指摘されることも覚悟し、ゆっくりと、伏せた顔を再度挙げる。

 氷雨さんの表情は、少し睨みを利かせるような、不服さと不満を含むようなものだった。

 そう、予想通りの表情だ。

 顔を挙げ始めた時、ほんの一瞬見えた視界を除いて。

「……さっきの発言に関しては聞かなかったことにするよ」

 彼女は、今までの会話で一番驚いた表情を魅せる。

 とろんした雰囲気の、大人の甘く柔らかい瞳の全てが露わになり、見開いていたのだ。


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