2日目 会話
「それで、拾ったってどういう意味ですか?」
「んー?」
「いや、だから、セッカさんの話ですよ」
「あー……その話、やっぱり気になるかぁ」
「デリケートな話題なら言わなくてもいいですけど」
「いや、言うよ。物事は正確に伝えるべきだし?ただ、私がここにいる理由は伏せたいから、どこまで言うべきかを考えてるだけ」
そう言って反対側に座っている空さんは、銀のフレームの眼鏡をかけてゆっくりと考え事をし始めた。
ただ、レンズには凹凸が無く、視力の矯正というよりは雰囲気を楽しむための眼鏡のようだ。
おしゃべりな人だがこのように考え事をする姿は知的で、いかにも研究者といった印象だが、レンズのない眼鏡であることに気が付いたあとは、何かシュールな状況に見えてしまう。
「そんなに言葉を選ぶ質問でしたか?お、美味しい」
「でしょ?えーっと……これは××(乳牛の名産地だった気がする。むちゃくちゃ遠い)っていうのところのミルクだってさ。話を戻すと、あの子、元々は私の小間使い、いやパートナー?まぁそんな感じの子で、私が居候の身になる前、大体……二年前だったかな?大怪我してるところを拾ったんだよね」
「拾った」
「そ。ちょっと用事があって外に散歩中にね」
「外って……どっちのですか」
「そりゃあ……国の外だよ。瀕死の重傷になるなんて国外以外ではほとんどありえないでしょ。旅人なら一番理解してないと」
「確認ですよ。国の中が確実に安全なんて、言い難いものなんですから」
「たしかに平和な国っていう前提があったね、忘れてた。ま。そんな危険なきけーんな外で助けてくれた恩を返すために、ゆきは私の仕事を手伝ってくれたわけ」
「でも、今は違うと」
「ご名答」
氷雨さんはあっさりと答えた。
表情や口調からも、後腐れなんてものは無かったのはすぐにわかる。いや、あったとしても
気にするタチじゃないという方が正確か。
香りを楽しみながら一口。
彼女は上機嫌にコーヒーを味わった後、話し続ける。
「ま、別に恩返しはしてもらったから気にしてないの。ただ……あの子ね、私よりも幼くてミステリアスな見た目の女の子が好みだったってだけ」
「……ルッカさん?」
「あれれ?ちょっと違う印象?」
「むしろ大人びていません?彼女」
僕としては率直な印象を述べたのだが、氷雨さんは共感できなかったようで、疑問符を浮かべ続けている。
むぅ……そこまできょとんとした表情をされると、間違っているのは僕の方だろうかという
不安がよぎってしまうのだが……
「……雰囲気でも変わったのかな?でも三ヶ月離れるだけでそんなに変わるはずが……」
「十五、六歳位の子供ならそのくらいあれば変わりますよ。ほら、カッコつけたい時期ってあるじゃないですか」
「それ……キミが言えること?同じくらいに見えるのに」
おっと、失敗した。
「……実体験ですよ」
「……へー」
「う……にやにやして見ないでください」
……体温が上がっていくのを感じる。
まぁ、尊厳を代償に失敗を誤魔化したと考えるなら安い……安いのか?
十数分の沈黙。
ぺらり。こくん。
その間響く音は二つ。
本は正直微妙だったが、彼女の淹れたてのコーヒーは最後まで美味が続く逸品だ。
普段はこの苦いだけの黒液は、お気に入りとは言い難い飲料だが、淹れたてのコーヒーというものはここまで違うものなのか。
硬い殻のような渋みと苦みの間から見つけ出した小さな、小さな甘みの種を見つけた時の、喉がキュッと締まるような感覚は、広く嗜好品として魅了した飲料であることを再確認させられる。
「お代わりは?」
「大丈夫です」
まぁ、あくまで嗜好品程度だし、何度も飲むものでは無いとは感じるが。
「そ。それなら、丁度いいからなにか質問に答えてくれない?口の回りは滑らかでしょうし」
「……知ってることだけなら」
僕の言葉を聞いた途端、彼女の顔は司書から、魔術師の顔となった。
「キミ、どうやってこの屋敷に入ったの?」




