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Life ~一つ隣の物語~  作者: るなるな
Life『月と紅茶と幸福を』
19/77

2日目 魔法使い

「それじゃあ、立ち話させるわけもいかないし」

また「かちり」という音がした。

 呼吸の間すら許さぬ()だ。僕は別の場所に立っていた。

 注目から外れていた同じ配色の本の束が机に置いてある。

 その向こう側に魔女は立っていた。

「ほら、座って。読書しながらお話するのは意外と楽しいものだよ」

 このタイミングでようやく僕は、最初に彼女が本を読んでいた机の反対に立っていることに気が付いた。

 隠す気は無くガンガン魔法を使ってくるな……

 こうも異常行為を何度も見せられると、凄さが伝わらなくなってくる。

 もう彼女は座っている。

 目線の先には魔法陣を象った髪飾りが注目を集めていた。

 I?いや、これは古代数字の一か。

 外側の二重円の間には1(I)から12(Ⅻ)までの数字が刻まれた魔法陣だ。

 椅子を引き、座る。

 このように面と向かってみると、より大人びた印象だ。

ん?そういえば……まだ仕事が終わっていない。

「氷雨さん……呼びでいいですかね。手に抱えていた本はどこに置いてありますか?後でお嬢様に渡しておきたいので、今のうちに」

「あ、大丈夫。それならもう送ってあるから」

「送ってあるって……」

「だってキミが直接届けるよりも私が送ったほうが圧倒的に早いし、なんなら普段から本を注文されたときは私が送ってるからね」

 仕事、終了。

 あれ?これ僕いる?

 今のところ初日で行った仕事がお嬢様の着替えの手伝いしかない気がするのだが。

「あはは。フクザツそうな顔してるねー」

そちらは心底タノシソウデスネ。

そうそう。これが見たかったんだよって表情しないでくださいよ。

にっこりと笑顔でそう思っていたが、特に反応はなかった。

そうだった。普通の人は考えていることは聞こえないことを忘れていた。

最近の交流は発言を先読みする当主と、心読んでくる猫だったからな……

まぁ、会話を楽しめるという点でいうならば問題はないし、読書もついでにできるのだ。

ポジティブに考えていこう。

「やることが消えましたからね」

「聞いたところによると、朝食作りも取られたんでしょ?ゆきから直接聞いた時は私がここのルールを破っちゃうかと思ったよ」

 そういえばセッカさんのノートには「図書館では静かに」とは書いてあった気がする。

 普通破らないものだと思うのだが……

「ゆき?」

「あぁ、そういえばこの屋敷だと『セッカ』って名前だもんね。わかんないか」

「元々はゆきって名前だったんですね」

「正確には『こなゆき』だね。まぁ拾った時の天気で適当に付けた名前だから気にしてはないけどね。コーヒーは飲める口?」

ことん。

いつの間にか目の前に、湯気の立った黒い液体が陶器のカップに入っている。割と量が入ったマグカップで、やはり同じ柄の魔法陣が描かれた

「ラテにしてもらえばある程度は。でも、聞いていたのとは違いますね」

「そう?」

「僕が聞いた『魔女』は、銀の猫と共に、虚空から現れる妖艶な魔法使いだったので」

「ふふっ、何それ。カッコイイね」

「ですね。男の子の心をくすぐられます」

「で?実物の『氷雨 空』ちゃんを見た感想は?」

 空さんは重そうに胸を机に置いた後、頬杖をつきながら、期待の眼差しで僕の方を見ていた。

 日の光に照らされる彼女の表情、仕草はまさに蠱惑的なものだ。

 恐らく、というか確実に、この雰囲気が一人歩きして『魔女』は作り上げられたのだろう。

 やっぱり、実際に見なければ分からないものだな。

 僕は優しく微笑んで、瑠璃の目に真実の視線を向け、答えを述べた。

「大人で社交的なお姉さん」

「正解。特にお姉さん部分は花丸だよ。コーヒーはもう飲みやすいくらいなんじゃない?」

既にカップの隣にはミルクピッチャーが置いてあった。

ひんやりとしたグリップを手にもって、中身を白の器に注ぎ再度覗いてみる。

中の黒液は渦上の白線を中心にその色を変え、まろやかな雰囲気へと変化した。

 スプーンもあるけど……いいか。不均一な状態を楽しみたい気分だし。

 これまた、いつの間にか用意されていた本を一つ手に取る。

 ……あんまり好きなジャンルでは無いな。

 まぁ、食わず嫌いはよくないことだし、読んでみよう。


 本の内容は最近流行りのファンタジー小説だ。

 と言っても、伝説の剣だとか封印された古代の魔術とかいった、史書に基づいた古代の戦記や、特別な才能を持たないと思われていた人間が、努力や隠された才能で活躍するありきたりな話ではない。

 この地域で、いや、この世界中で流行している小説は、科学という架空の技術を使った『科学・ファンタジー』というもので、氷雨さんに渡された小説も、同じものだった。

 どうやら、その科学というものは、何か特殊なスイッチを押すことで、夜の世界に光を灯したり、高速回転する羽を馬車に付けて空を飛ぶことができたりするようだ。

僕はいわゆる古典的で王道的なM・F小説や歴史小説を読んで、その真偽を疑うという特殊な楽しみ方をしているので、この科学小説の面白味は、あまり理解してない。

なんとなく毛嫌いしているだけだ。読書家を自負する以上駄目だとは理解しているが……

そのせいで僕は今の子供たちのしている『科学者ごっこ』なる遊びがよくわからなかった。

はぁ……なんで今更森の外の村のことなんか思い出しているんだろう。

ただ、「おじさん、こんなこと知らないなんて遅れてるね!」って言われただけなのだが。

 ……そんなことはどうでも良い。件の科学小説についてだが、僕としては正直言って作品としての精度というか……現実から乖離しすぎていない感じがどうも鼻につくのだ。

 確かに街一面を光り輝かせたり、空を飛んだりすることは、一般的には高位の魔術に分類される。特に後者は僕も困難な領域だ。

 だが、そんなものはあくまで『魔術』であり、再現性がある行為なのだ。

 ロマンが無いと言われれば言い返すことはできないが、いまは乱立されている科学小説に書かれているものは、ほとんどが理論上再現できる。

 確かに空を恒久的に飛ぶ魔術は未だに開発されてはいないが、空を飛ぶ感覚や悦びなんて、身体強化と風の制御さえ覚えれば、ある程度感じることは可能だし(魔力リソースを度外視すれば)、そもそも、物品輸送に限ればさらに効率的な方法もある。

 そんな、現実世界に存在する魔術を発展させた程度の発想しかない作品の二番三番煎じ溢れる現代小説が気に食わないだけだ。

 まぁ、そういう思考になった原因が目の前にいるわけだが。

 ……氷雨空。

 『魔女』の別名を持つ彼女は、『生物以外の物質の空間距離を無視した輸送』という『魔法』の開発者であり、他国にまで響く魔術の研究者、『魔術師』の第一人者。

 神話に書かれた魔術の中で、『再現が不可能とされた魔術』というものを、無機物に限ってだが、『魔術』という再現性のある存在へと変えた天才。

 それが、僕の知っている『氷雨空』だった。

 だが、実際に会ってみると噂以上じゃないか。

 だって彼女は、僕を認識した瞬間後ろに立ち、そのまま動かないで、僕を椅子に座らせたのだから。


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