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Life ~一つ隣の物語~  作者: るなるな
Life『月と紅茶と幸福を』
18/77

2日目 図書室にて 氷雨と月

「……」

確認をしてみるが、彼女は応えない。

 ただ、大人びた雰囲気の割には幼さを感じさせる表情で、僕の姿を観察するだけだ。

 やっぱり人違いか?

 少し不安がよぎりながら瞬き、視界が開くその瞬間、

「……居ない」

女性の姿は消えていた。

 机の上にある、積みあがった魔法陣が描かれた本と、温かな春風。

 ただ、それだけが残っていた。

 本を読む人の光景が、形跡へと瞬きの間に変化したのだ。

 本来ならありえない、怪奇とも取れる現象。

 だが、この光景を見た時の心情は既に置き換わっていた。

 いや、抑えられていたという方が正しいかもしれない。

 彼女が消えた時に感じた『香り』。

 それは、過去に植え付けられた『既視感』へと繋がった。

 視覚を遮断し、嗅覚に意識を寄せる。

 あぁ。同じ香りだ。

この生活が始まった原因。

心を洗い流すような、甘く爽やかな花の香り。

 それは、僕の真後ろからほんのりと、かみの揺れる音とともに感じた。

「ばあっ。ふふふ、驚い……てないのかぁ」

 落ち着いた声の主は僕の両肩に手を急に乗せたが、そう少し悲しそうに呟く。

「やっぱりそういう典型的な反応したほうがよかったですかね」

「うーん……でも全く驚かれないのもレアだからどっちでもいいかなぁ。そもそもこのサプライズも、キミが初対面相手だと緊張しがちだって教えられたからやったことだし」

 多分ルッカさんが言ったんだろうな……

「それで、なんで驚かなかったの?『これ』を初めて見せる時、普通は多かれ少なかれ反応するのになぁ。なんでなのかなぁ。聞きたいなぁ」

 彼女はそのまま肩をばんばん叩いてくる。

 うぐ。痛くはないけど衝撃が激しい……

 たまらず振り向いて軽く見上げると、先ほどの女性が読んでいた本を脇に抱えていた。

 不満ではないが、ムッとした表情を作って質問の回答と挨拶をしよう。

 別に僕より背が高いことが理由なわけではない。

「一週間前。嗅ぎ覚えのある花の香りがしたから……ですかね」

「よく覚えてるね、そんなこと。気持ち悪いよ、キミ」

「……ひどい言い方ですね」

「いや、いくら女の子でも『キミの香りを覚えているから』は変態のそれだよ?」

「事実を言っただけなのに……それと僕は男です」

「うん。変態性アップだね」

ベタベタ触られていたのに急に引かれた……理不尽すぎる……

「まぁ、この屋敷に来る人なんて、余程物好きなタイプの旅人さんだけだもの」

「その理論だとそんな物好き界隈の変態って風に聞こえますけど」

「え、うん。そうだよ」

 なんで僕、ほぼ初対面の人にこんな煽られているんだろう。

 からかっているだけなのか、遊んでいるだけなのか。

 彼女の表情的には後者中心なのだろうが、どうしても確信には至れない。

 何故なのか?理由は彼女の目だ。

 表情や態度、醸し出す雰囲気、魅力。

 それらは僕に一歩の距離を縮める要素としては十分だ。

 ただ一か所を除いて。

 その一か所だけは常に、僕の方だけを真っ直ぐと見つめ続けている。

 多分僕も同じだろう。

 だからお互い握手の距離に近づけない。

「それで?あなたの名前は?」

 だが、彼女は大人だった。

 これなら僕の方も近づく勇気が生まれる。

「月詠夢……一週間ほど前から、ここで執事の業務をさせてもらっています。あなたの予想通り……元旅人です」

「ツクヨム……クンだね。名前の感じ的には、産まれは私と同じ地域なのかな……とりあえずよろしく。名前、忘れちゃったらごめんね」

 えへへ……と笑うと彼女の目はようやく柔らかい雰囲気を帯びたのを見て、安心から思わず安堵の息を漏らしてしまった。

僕の人見知りは重症すぎるな……


「それで、ここに来たってことはフィルちゃんの読む本が無くなったってこと?」

「フィル……?あぁ、そうですね。フィリア様に『本が読みたい』とだけ言われて……」

「そう。じゃあ本は私の方でまとめて部屋に送っておくね」

「いえ、お気遣いは嬉しいのですがわざわざ手を煩わせることは……」

「ふふ、まじめだねぇ。いいよ、そんなこと気にしなくて。そもそも、数秒あれば送れるし」

「……?どういう意味ですか?」

「えーっと、どれにしよっかなぁ……」

「??」

 彼女は急に虚空を見つめ、何処に行くでもなく、考え事を始めた。

 本を探しているのならば、こんなことをする必要は無い。

 配送自体はたしかに『転移』すれば問題ないが、本を手元に集めなければいけない。

「よし、これでいっか」

何をする気なのだろうか。


彼女は親指と人差し指の腹を強く握り、

「よっ」

手首を時計回りに捻った。

 花の香りが少し強くなったと同時に、「かちり」という金属音が鳴り響く。

「……」

「……驚かないんだね。やっぱり」

彼女はつまらなそうに、軽く口を膨らませている。

「そうでもないですよ。僕もこの目で見るまで信じられなかったので」

「ならもっと大袈裟に反応していいと思うけど」

「遭難の要因で喜ぶバカはいないと思いますよ」

「へぇ……じゃあ私の自己紹介は必要ない感じかな」

「えぇ。本来貴女に会うことが旅の目的なので」

「無駄足を踏まなくてよかったね」

「転んだ先に宝が埋まっていた気分ですよ」

まさか怪我の功名の効能はここまで続いているとは。

 一呼吸。

 落ち着いてから、『数冊の本を抱えた』魔法使いに正しい礼節を以て挨拶をした。

「初めまして。『魔女』様」

「……そっちじゃないほうで」

「なら……初めまして『氷雨(ひさめ) (そら)』さん」



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