2日目 図書館
「本が読みたい」
フィリア様が昼食を召し上がった後の第一声であり、昼に交わした唯一の会話である。
その後はドレス姿のままベッドに潜って、反応を示すことはなかった。
「……嫌われるようなことしたかなぁ」
要領は悪いかもしれないが、少なくとも真面目に奉仕していると思っているのだが。(注:働いてから四、五時間)
まぁ……そんな無駄な思考はどこかに追いやっておくことにしよう。
辺りをまた見渡して、溜息を一つ。
「広いな……」
手頃なものならすぐに見つかるだろう。
軽い気持ちで入ってみたはいいが、その考えは甘かった。
そこは、見渡す限りの本。本。本。本。
上を見上げても壁中が本まみれ。
そんな異常な広さの図書館だった。
「ないなぁ……」
数分、本を探してみるが目ぼしい本は見つからない。
一応フィリア様が好きそうな本は見当がついているのだが、そもそもその本が置いてありそうな本棚の場所自体が分からない。
……ここも違うか。
この本棚はどうやら、魔術の参考書をまとめた場所のようだ。
しばらく使っていないのか、埃を被っているものが多い。
せめて本の分類が棚のどこかに書いてあればいいのに。
「……不便すぎない?」
小声で、誰に聞かせるもなく愚痴ってみる。
そんなことを思っても、別に棚が喋って教えてくれるわけではないのだが。
仕方ない。司書の人には申し訳ないが、早く本を見つけるために早足で歩こう。
今回に関してはいつか見つかるだろうという楽観思考ではいられない。
僕は『フィリアお嬢様の執事』だから。
お嬢(僕以外の)様(人)のためにすることに時間をかけるわけにはいかない。
さすがに手あたり次第に本を探すのは非効率すぎるので、別の方法を考えよう。
立ち止まって数秒。解決策は一瞬で思いついた。
その方法は、司書に頼るという手だ。
……アホなのか?僕。
なんでこんな簡単なことすら思い浮かばなかったんだろうか。
そりゃあ分類を書く必要がないくらいにこの膨大な本を管理している司書なら、闇雲に探す僕の数百倍速いに決まっている。
いや、だとしても他人も使えるように書いとけよ。
心の中で愚痴ってしまった。
背表紙の感覚を指先でなぞりながら先を歩くと、少し広い空間に出た。
簡素だが清潔感のある、机と椅子が等間隔で並んだ空間だ。
「ここで本を読んだら落ち着けるだろうな……」
適度な春風が僕の髪を揺らす。
上を見ると、光を取り込むための窓が開けられており、丁度この辺りが風の集まる場所のようだ。
「くぅぁ……んぅぅ……」
欠伸が出てしまった。
今住んでいる地下がひんやりと肌寒いくらいだったせいか、この部屋の心地よい気温というものは、あまりにも心が怠けていくような感覚に襲われる。
早く司書さんを見つけないと体までも怠けてしまいそうだ。
こんな時、大声でも出せば早く見つかるのだろうが、「図書室では静かに」といのは基本中の基本である。
早く探さないといけないが……
ぺら。
……その必要は消え去ったようだ。
本のページを捲る音だ。それもかなり分厚い。
音の方向へ振り向いてみる。
……見つけた。
やっぱり、広い部屋で一つの本を見つけるよりも、人一人を見つける方が簡単だ。
そこに座っていたのは女性だ。少女ではない。
長髪ブロンドカラーの妙齢の女性が本を読んでいる。
二つ先のテーブルで、光に照らされているその姿は、服装も相まって人魚を思わせるような雰囲気だ。
一歩。距離が近づく。
すると女性は本を読む手を止め、僕の方へ向き、目を合わせた。
瑠璃色の綺麗な瞳だ。
「えっと……はじめまして。司書の方でお間違えない……ですよね?」




