プロローグ
僕が初めて『彼女』を見た瞬間、僕の感情を表す言葉をひとつ挙げるとするならば……やはり一目惚れと言うしかないのだろう。
しかしその言葉で表すには僕は余りにも複雑に絡み合った感情に包まれている。
視界に酔ったのだろうか、少し景色が鮮明になったような感覚になる。
理由を考えるとすぐに僕は息を止めていたことに気づいた。
慌てて呼吸を整え、僕は再び『彼女』を見つめてみる。
すると、『彼女』は瞳を僕に向けた。淡い光に照らされた深い緋の瞳だ。
だが、その目は僕を見ていなかった。
正確に言うならば、『彼女』は僕を僕として見ていなかった。
『月詠夢』という存在。僕自身。そこに焦点は当たっていない。
僕はその理由を考えた。理由はすぐに出た。
その目に映っているのは何でもない大多数のヒトの中で拾われた一つ。その程度にしか僕は認識されていなかったのだ。
『彼女』はまた僕を見た。今度は好奇の目だ。
珍しい生物が目の前にいる。それが自分に興味を示して付きまとう。
『彼女』は、そのように僕を認識していた。
僕は『彼女』の眼を見ることが出来なかった。
僕は、僕自身を見つめなおすことにした。蔑む目で。
僕の中身は空っぽだった。
目的も、過去も無く、ただ漠然と歩き続ける旅人。
それが『月詠夢』という少年だった。
僕は……眼を覗いた。黒く鈍く光る、やり場のない怒りの眼だ。
だが、その眼の深奥にあるものは、優しさと孤独に満ちた涙だった。
僕は、目を閉じた。
そして真っすぐ『彼女を』見た。