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【短編】完璧過ぎる姉の想い人を略奪してざまぁされた馬鹿妹が死に戻った結果



『俺が本当に好きだったのはリリーアなんだ!!』

『なんですってぇ!!』


 酔った夫の告白に、髪も肌も荒れた年増女が叫ぶ。

 みすぼらしい風体の中、その緑の瞳だけはギラギラと怒りで輝いていた。

 彼女の剣幕に負けず、相手の男も怒鳴り返す。


『俺は一度もお前みたいな見栄っ張りのバカ女なんて愛してなかった』

『じゃあなんで私と結婚したのよ!』

『親父の命令とリリーアに嫉妬して貰いたかったからだよ!ああ人生をやり直したい!!』




「それは……こっちの台詞よ!!」



 ◇◇◇


 泣き叫ぶ自分の声で私、バーバラ・イシュタールは目を覚ました。 

 お気に入りのピンクのネグリジェは汗でぐっしょりだ。

 顔に触れると掌が盛大に濡れた。涙と鼻水のせいだ。


「あれは……夢?」


 私は呟く。そしてベッドから勢いよく飛び降りると大きな姿見の前までダッシュした。

 高価なシルクのネグリジェを纏った滑らかな象牙色の肌にはシミ一つない。

 ふわふわとした柔らかそうな肩までの金の髪に大きな緑の瞳。

 泣きじゃくった子供のようなみっともない顔は、それでも愛らしく何より若々しかった。

 まるで結婚する前に戻ったようだ。


「いや、戻っているわよねこれ」


 この背丈は恐らく十代前半ぐらいだろう。

 そう鏡に映る自分の顔を凝視して私は呟く。

 鏡の中の少女は苦労など一切知りませんと全身で語っている。


 でも、大人になってからの私の生活は最悪だった。

 浮気を繰り返す夫、子が出来ず夫婦仲が悪い原因を妻のせいだと責める義母。

 没落し送金を求めてくる老いた両親と、同じようにどんどん没落していく嫁ぎ先。


 更に公爵と結婚してから輝くように美しくなり、私や両親を見下し続ける姉。

 確か今までの復讐とか言っていた気がする。

 いやそう発言したのは姉の夫のローレンス公爵だったか。

 僕の大切なリリーアを酷い目にあわせた罪を償って貰うとかどうとか。


「ああもう、そんなのどうでもいいわよ!」


 私は懐かしい自室を見回し息を思いきり吸い込む。

 花と砂糖菓子と化粧品の甘い香りがする。カビやお酒の匂いは全くしなかった。

 そんなことが嬉し過ぎて又泣けてくる。


「うっ、ううっ。伯爵令嬢の生活。戻れたのねっ」


 私は当時お気に入りだったレースのハンカチを取り出し、涙と鼻を拭った。

 なんて贅沢だ。多分昔の自分ならそのまま捨てていた筈。

 だって今目の前にいる私は、甘やかされ令嬢バーバラ・イシュタールそのものなのだから。

 鏡に映る可愛いけれど少しだけ生意気そうな幼い顔つきの少女。

 うん、紛れもなく昔の私だ十年ぐらい前の。

 今着ているフリルだらけのネグリジェは婚約が決まった時に「子供っぽいから」と処分した記憶がある。

 つまり、今の私はまだ人生最大の過ちを犯す前だ。

 キッと鏡の自分を睨みつけ、一息に言葉を発する。


「今度こそあの化粧や着飾ることに興味はないけれど実は私よりずっと美人でお前は可愛げがないと両親に言われつつ

 気を許した相手には無邪気な笑顔や涙を零してみせたりして男性並みに勉強が出来て政治にも詳しくて

 更に淑女としての行儀作法も完璧な姉の婚約者を奪った自業自得の馬鹿妹って呼ばれなくて済むようにしなきゃ!!」


 最後まで言い切ると同時に涙と鼻水が再びドバッと出てきた。重度の花粉症なのに杉林に入った人みたいだ。

 しかも姉が気を許した相手というのは社会的地位が総じて高く、若者は将来性も抜群だったというね。

 いや流石だと思うけれど。見る目が有ったっていうことなのだろう。姉もその人たちも。

 でもそんな人たちに公然と略奪馬鹿女扱いされたせいで社交界での私の評判は死んだ。


「姉のものを欲しがる性悪妹」「悪役令嬢にもなれない馬鹿令嬢」

 なんかロバートが私に誘惑されてリリーア姉様との婚約を破棄したという出鱈目まで流れていたっけ。


 その内ロバートの浮気とか家の没落とかでそれどころじゃなくなったけれど。

 

 でもね、私にだって言いたいことがある。


「だって知らなかったもの、ロバートとリリーア姉様が密かに思いあってたとか、昔結婚の約束をしていたとか!!」 


 鏡に拳をダンと叩きつけながら私は叫んだ。非力なのでヒビ一つ入らない。

 そういえばリリーア姉様は実は文武両道で剣の腕も確かだったっけ。

 騎士団長をしている叔父様にこっそり習っていたとか。それも後から風の噂で知ったけれど。

 そうよ、そういうの直接家族に言いなさいよ。少なくともアホで生意気で馬鹿な妹には言っておいてよ。

 両親の「あいつは女としてダメだ」発言を真に受けて、内心「美人なのに頭でっかちだともてないんだわ」って小馬鹿にしちゃったわよ。大馬鹿な妹でごめんね!


 しかも父様はそんなことを私たち姉妹の前では言いつつ、実際は姉に期待しまくっていたけれどね。

 伯爵家の女当主をやらせる為甘やかさず駄目出ししまくって厳しく育てたら嫌われたらしい。

 母様は自分より賢い娘は好きじゃないって態度で、私を甘やかしまくった。今考えると私はペット扱いね。

 その結果リリーア姉様は愛想以外はパーフェクトレディになったというわけ。

 叱らない育児も駄目だけれど褒めない教育ってのも駄目ね。

 

 ちなみに叱らない育児をされた私は立派なアホ女になって嫁ぎ先でいびられ夫に浮気されて地獄でした。

 しかも口論の末俺はお前の姉が好きだったんだよと言われて、テーブルにあったワインの瓶で夫殴り殺して私も自殺して終わった。


 私の元夫、ロバート・アスロー。

 アスロー伯爵家の長男で茶色の髪と緑の瞳の気弱だけれど女子供に優しい年上のイケメン。

 結婚するまではそう思っていたわ。


 実際は女々しくて優柔不断な癖に未練がましくて酒と女癖の悪い駄目男だった。彼は私より三歳年上でリリーア姉様と同じ年。

 彼の家と私の実家は父親同士が友人で、だから彼とは小さい頃から家族ぐるみで付き合いがあった。

 私の初恋はロバートだった。だから父に彼と婚約しろと言われた時は大喜びだったわ。

 会う人皆にのろけて自慢した。当然リリーア姉様にもよ。


「リリーア姉様もロバートみたいな素敵な人と結婚できるといいわね。伯爵令嬢なんだからもう少しお化粧に気をつかえば?」


 後で公爵夫人になったリリーア姉様にこの台詞について恨み言と嫌味を言われ馬鹿にされたわ。

 本当に当時の私は馬鹿だった。悪意なく心からこの台詞をあのリリーア姉様に言ったのだから。

 悪意は無かったけれど頭が悪すぎたのね。


 公爵夫人として化粧をばっちりした綺麗な顔、そこにドロドロの笑顔を張り付けて、彼女は言った。

 当時嫁ぎ先と実家が没落して着るドレスさえ困窮した私に「伯爵夫人なのだから身なりに気を使ったら?」と。


 あの優しいリリーア姉様が私にこうやって言い返したいと思ってたことにビックリして悲しかった。

 私がそんな風に彼女に憎ませたんだって後悔した。

 そして昔のリリーア姉様は化粧やドレスに興味が無かったんじゃなくて、着飾る事が出来なかっただけかもしれないって。

 気づいたけれど、どうしようもなかった。


 まあ、姉様の嫌味の十倍ぐらい彼女の夫になった公爵様には酷い目に遭わされたけれど。

 アスロー伯爵家を緩やかに確実に傾かせたのは夫ロバートの酒と賭けと女遊び。

 実はそれは全部彼が仕組んだものだって匿名の手紙が届いたものね。その頃には使用人もほぼいなかったから私が受け取ったのよ。

 そして内容に驚いてロバートを問い詰めた結果、姉様が好きだったって言われて怒りで彼を瓶で殴り殺して私も死んだ。


 何がクールなリリーア姉様に嫉妬して「妹と婚約破棄して、私と結婚して」と縋って貰いたかったよ。

 そして二人で協力して両家の親を説得して結ばれる筈だったのによ。


 ならまず自分から動きなさいよ。それが出来ないから結局妹の私と結婚したんじゃないの。

 いや婚約を決めたのはロバートじゃなくてその父親だけど。そして私の父。

 しかも本当は同じ年で仲良しだったリリーア姉様とロバートが婚約する筈だった。

 子供の口約束とは言え二人が結婚を誓っていたこともお父様は知っていた。

 そしてイシュタール伯爵家については私に婿を取らせるつもりだったって。


 でもリリーアお姉様が優秀過ぎて手放したくなかったお父様が、強引に私と交換したらしい。

 そんな彼はリリーア姉様に縁切りされ没落してまともな食事も医者も得られず流行り病であっさり亡くなった。

 母様はそれより少し前に貧しい暮らしに耐えられず精神を病んで自殺していたわ。

 父様の最期の時、実家に帰って看病していた私はお父様に手を握られてそう言われたのよ。


 リリーアには済まないことをしたって。家の事は忘れて幸せになってくれって。


 いや私にも謝れよ。せめてお礼の一つでも言ってよ。

 姉様に見捨てられたお父様を婚家から嫌味言われながら泊りがけで介護したの私よ?

 死の間際で混乱してたかもしれないけど、完全に私の存在忘れてたわね。

 というか当時のリリーア姉様は既に幸せになっているし、実家の事なんて忘れているわよ。

 だから一度も見舞いに来なかったんじゃないの。


 思い出しついでに文句言うけれど七歳のリリーア姉様に三人も家庭教師つけるなら私にも一人ぐらいつけて欲しかったわよ。

 それと私もリリーア姉様みたいに高等学院にも行きたかった。そうしたら少しは世間の常識が理解できたかも。


「お前は勉強はできなそうだし、愛想良く可愛らしく笑っていればいい」


 両親は口を揃えて私にそう言って、馬鹿な私はそれを信じて大人になってしまった。

 でもね、私のドレスやお菓子より、お姉様の学費や家庭教師代の方が高かったんだって。

 それはロバートが教えてくれたわ。私が姉のおまけの出来損ないだって証拠に。

 だからそういうのは結婚する前に教えてよね。


「あー、やめやめ!!昔のこと思い出すのはやめ!!」


 私は自分の頬をピシャリと叩いた。

 よくわからないけれど私は若返っている。私だけじゃなく、世界ごと巻き戻ったのかな。

 だとしたらやることは一つ。


「お父様たちとリリーア姉様の和解、それとリリーア姉様とロバートを婚約させる!」


 お父様は必要なことを説明しない身勝手の権化だけど本当は私よりリリーア姉様の方を大切に思っていた。

 それを今回はきっちり本人同士で意思疎通させる。

 母様は「女は殿方に従えばいいの」って考えだからリリーア姉様についてもお父様が褒めれば褒めるだろう。


 それとロバートとリリーア姉様を婚約させる。

 イシュタール伯爵家の後継については、なんとでもなるでしょ。

 前回リリーア姉様が公爵家に嫁いだ時は彼女の産む男児の一人を養子にするみたいな話をお父様が一方的に妄想していたし。

 実行する前に没落したけれど。

 

 ロバートの酒癖や女遊びとかは不安だけれど、初恋相手のリリーア姉様と結婚したら悪癖は出てこないかもしれないし。

 もし出たら出たでしっかり者のリリーア姉様に制裁されるだろうし。正直私が巻き込まれないなら別れてもいい。

 どうせリリーア姉様を悲しませたら、ロバートはリリーア姉様の隠れ親衛隊に始末されるだろう。あの美形腹黒公爵とかに。

 ロバートと離婚した後ローレンス公爵と再婚するルートもあるかもしれないわね。


 私は二度と絶対ロバートと婚約しない。それと出来れば誰からも恨まれない人生を送る。

 あと、こんなこと願える立場じゃないけど今回はリリーア姉様とずっと仲良くしたい。

 そうだ、両親がしなかった褒める育児をしよう。巻き戻った今、精神年齢ならきっと私現在のリリーア姉様より年上だし。

 リリーア姉様は完璧だけど家の中で厳しい評価を受け続けたから不愛想になったのよ。

 つまり私が彼女を褒めまくればいい。

 姉様は家族から愛されてないと思っているだろうから好き好きアピールも沢山しよう。

 一緒にお化粧とか、ドレス選びとか、仲良し姉妹として社交界で噂になるぐらいやってやる。

 私そういうのは得意よ。そういうことしか習ってないから。



「よーし、頑張るわよ!ついでに媚びの練習やっときますか!!」


「……バーバラ、朝から何を騒いでいるの」


「リリーア姉様好き好き大好きやっぱ好き。世界で一番美人で完璧、自慢の姉!!」


「メイドたちが妹様が部屋で泣いたり叫んでる、って」


「あっ、リリーア姉、様……?」


「……バーバ、ラ?」



 面倒そうな顔から一転して真っ赤になったリリーア姉様は非常に可愛らしかった。

 成程、完璧令嬢のこういうギャップに皆イチコロになるのね。美人だけど可愛い部分があるって色々強いわね。私は叫んだ。 



「リリーア姉様って美人なのに可愛くてずるいわ!!」

「ずるいって、可愛いのはあなたの方でしょう!何なのよ、もう……」


  

 照れながら言うリリーア姉様はやっぱり可愛い。推せる。

 美人の可愛い照れ顔は見ると寿命が延びるから一日五十回は褒めようっと。

 

 その後、常に姉を褒めることに全力な私は「姉の想い人を奪った馬鹿な妹」の代わりに「完璧な姉に溺愛されるシスコンお馬鹿妹」と社交界でこっそり呼ばれるようになったのだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 結局お馬鹿なの草w
[一言] 公爵との結婚潰してカスとの婚約うまくいかせるのはアカンやろwロバート蹴散らすだけで良いやん
[一言] シスコン物が大好物なのでこの続きを凄く読みたいです!
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