11.観測者の呟き
十二月二十四日、金曜日。
その人は、最寄り駅の改札をぼんやりと眺めていた。
誰かを、待っているようだった。
どれだけ、佇んでいただろう。ふと、その人は首を振って呟きを落とす。
「……来るわけないよ、自分なんて」
意味などなかったのだろう。どんな自分が来るのかも分からなかったのだろう。けれど、ひたすら待って、待って、やはり来なくて。
ひとつ、ため息をついたその人は、歩きだした。
今日が最後なのだと、分かっていた。
自分で終わらせることを、決めたのだから。
冷たい風が、吹き抜けた。
うらぶれた街の、誰もいない片隅にぽつり、人影がひとつ。
どこにでもいそうな凡庸な見た目のその人は、地面にばさばさと音を立ててなにかを落とす。大学ノートらしきそれの、表紙に書かれた文字は日付のみ。勢いあまって一冊だけ開いてしまったページに書かれていたのは、日記らしきものだった。
その人が身につけていたのは、大都会にある高校の制服。そのスカートのポケットからマッチを取り出すと、なんの躊躇もなく擦って大学ノートの上に落とした。
ぽす、とマッチに触れたところから、じわじわと。浸食されるように、むしばまれるように、紙は灰に変化して消えていく。
それを眺めるその人の、顔はずっと無表情だった。白紙のようになにも情報のない、恐ろしいほどになにもない顔で炎が猛り、そして消えていく様を眺めていた。
やがて、すべての過去が灰となったことを確認したその人は、鞄の中から二つのものを取り出した。
そのうちひとつ、数枚の便箋らしきものを制服の胸ポケットに丁寧にしまい、服の上からそっと押さえる。ちゃんとそこにいてね、とでも言いたげに。
そして、もうひとつのもの。鈍く銀色の光を放つ包丁を両手でしっかりと握りしめて。
自分の胸、心臓のあるあたりに刃先をそっとあてがって。
「――じゃあね」
深く、自分の胸をえぐった。
瞬間、大量の血が噴き出してワイシャツを深紅に染める。紺色だった制服はどす黒さを増し、そのひとは痛みのあまり地に頽れた。
それでも凶器を握る手に力を込め、体から刃を引き抜く。出血量が格段に増え、意識が徐々に遠ざかり、深い闇に呑まれていく。
――これで、楽になれるんだ。
そんなことを、ふっと一瞬だけ考えて。
意識が、潰える。
***
週末を迎えようとしていた金曜日。
ひとりの高校生の命が、消えたときのことだ。
***
ため息を、ひとつ。
「お互いにもっと言葉を尽くせば、あの子の自殺する未来はなかったかもしれないのにね」
皮肉に笑って、観測者は筆をおいた。
「藪の中」を読んでくださった皆様、ありがとうございました。いかがでしたでしょうか?
このタイトルにするのはかなり勇気がいりましたが、考えれば考えるほどにこのタイトル以外は思いつかなくなってしまい、こうなりました。
なにか、読んでくださった皆様の頭の片隅に残るようなものがあれば、心に刺さるようなものがあれば幸いです。
秋本そら




