1.深い闇の中へ
冷たい風が、吹き抜けた。
うらぶれた街の、誰もいない片隅にぽつり、人影がひとつ。
どこにでもいそうな凡庸な見た目のその人は、地面にばさばさと音をたててなにかを落とす。大学ノートらしきそれの、表紙に書かれた文字は日付のみ。勢いあまって一冊だけ開いてしまったページに書かれていたのは、日記らしきものだった。
その人が身につけていたのは、大都会にある高校の制服。スカートのポケットからマッチを取り出すと、なんの躊躇もなく擦って大学ノートの上に落とした。
ぽす、とマッチに触れたところから、じわじわと。浸食されるように、むしばまれるように、紙は灰に変化して消えていく。
それを眺めるその人の、顔はずっと無表情だった。白紙のようになにも情報のない、恐ろしいほどになにもない顔で炎が猛り、そして消えていく様を眺めていた。
やがて、すべての過去が灰となったことを確認したその人は、鞄の中から二つのものを取り出した。
そのうちひとつ、数枚の便箋らしきものを制服の胸ポケットに丁寧にしまい、服の上からそっと押さえる。ちゃんとそこにいてね、とでも言いたげに。
そして、もうひとつのもの。鈍く銀色の光を放つ包丁を両手でしっかりと握りしめて。
自分の胸、心臓のあるあたりに刃先をそっとあてがって。
「――じゃあね」
深く、自分の胸をえぐった。
瞬間、大量の血が噴き出してワイシャツを深紅に染める。紺色だった制服はどす黒さを増し、そのひとは痛みのあまり地に頽れた。
それでも凶器を握る手に力を込め、体から刃を引き抜く。出血量が格段に増え、意識が徐々に遠ざかり、深い闇に呑まれていく。
――これで、楽になれるんだ。
そんなことを、ふっと一瞬だけ考えて。
意識が、潰える。
***
週末を迎えようとしていた金曜日。
ひとりの高校生の命が、消えたときのことだ。