第3話 圧倒的攻撃力という名のパワハラ
「おお……おおお……?」
「どうよアタシ様の力は!」
剣に姿を変えたアアアーシャが己の力を誇った。
エネルギーのカタマリが空を裂き、敵を一瞬で消滅させる。相手の都合も事情もお構いなし。自分の要求を一方的に通すとはまるでパワハラだ。
仕事中の嫌な記憶が健太郎の頭をよぎる。
同時に、この有無を言わせない攻撃力には今までにない感情の高まりを感じていた。
「……ええ、驚きました」
「だろう? つえーんだぜアタシ様は!」
「剣の姿でもしゃべれるんですね」
「どこに驚いてるんだテメェは!」
人間から武器の姿へ変わる。
剣からビームのような炎が出る。
エンタメ世界ではよくあることだ。
ましてここは異世界、それ自体は特に驚くことではない。
「ていうかこの黒い剣はなんですか」
「これがアタシ様の本体! 炎の魔剣『エゲスヤチメ』だ! 岩から抜いた時に見ただろ?」
「……はぁ」
健太郎は適当に頷いた。
傘だと思っていたことは言わない。
「ていうかそろそろ離れてくれません?」
「ツノウサギが居たあたりを見てみろよ」
言われて視線を前に向けると、赤い石みたいなものが落ちていた。
ピンポン玉くらいの大きさだ。
「これは……?」
「魔石だ!」
個体差はあるがこの世界の全ての生き物は魔力を持っていて、魔力は生命の維持にも影響を持つ。
実態のない魔力は死の瞬間にだけ凝縮し石のような塊になって形を成す。
それが『魔石』だ。
「これがカネに変えられるんだよ。価値は大きさ次第だけどな」
「はぁ」
「魔獣を倒してとりあえずの生活費を稼ごうぜ」
「…………はぁ?」
「あぁ、心配すんなって。ここはそんな強い魔獣は出ないから。さっきのツノウサギは多少動き回るけど、冷静に対処すればどうってことないぜ」
生活費?何を言っているのだこの魔剣は。
「いやウサギの攻略なんてどうでもいいです。なんですか生活費って」
「生活するためのカネだろ?」
「……」
そんなネット検索みたいな答えが聞きたいのではないのだが。
「言っただろ、なけりゃ見つけるって。どれくらい時間がかかるか分からないんだし、当面生きていくためのカネは必要じゃねぇか」
なけりゃ見つける。
健太郎は先ほどアアアーシャが言った言葉を思い出していた。
本当に見つけるつもりなのか。
それまではこの世界で生きていけと?
「……もしかしてここは剣と魔法の世界だったりしますか? 力が全て的な」
それならこれは確認しなければならないことだ。
魔剣だの魔人だの魔獣だのがいるのだから聞くまでもなさそうだが。
「魔法はあるけど、一般的じゃねぇなぁ。でも力は全てってのは間違っていねぇな。剣の腕さえあればどうとでも生きていけるぜ」
「……勇者と魔王が戦っていたり……」
「勇者なんてもんは知らんが、魔王ならン十年前にいたぞ」
やはりそうだ。
ここはザ・異世界。
剣と魔法のファンタジー世界だ。
暑い寒いは我慢して、水は川や井戸から引いて。食べ物は狩ったり拾ったり耕したりするのだろうか。
おそらくここはネットも家電も牛丼屋もない。生活には不便だろう。
しかし、先ほど魔剣が放った炎のようなものを見た時、自分の感情が動いた。
その感覚は本当に久しぶりだった。
仕事ですり減らしてきた心。
それが確かに動いたのだ。
ここにいれば少しは人間らしさを取り戻せるのではないか。
わずかにだが健太郎はそんな事を思っていた。