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【完結】美人でヤンキーな魔剣の魔人が願わない社畜の願いを叶える物語  作者: 浅田椎名
第一章 魔剣で魔人で美人で超ヤンキーで。
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第1話 社畜が絡まれたヤンキーは謎の美女でした

「さぁ願いを言いな。このアタシ様が叶えてやるぜ」


 ――今まで何のために働いていたのだろう。

痛い、辛いと叫ぶ心の声に聞こえないフリをしてまで

どうして頑張ってしまったのだろう。


「何を望む? 気に入らない奴らを皆殺しにするか?」


 ――余計なことは考えず目の前の仕事を精一杯こなしてきた。

慢性的な人手不足。膨大な作業量。

どれだけ己を犠牲にしたか知れない。


「それとも世界を滅ぼしてやるか!」


 ――そこまでして自分は何を得ることができたのか。

こんなに働いても生活が劇的に変わるわけじゃない。

食費の節約に頭を悩ませながら、残業がなければ飲む必要のないエナドリに200円も使っている。


「……おい、健太郎。聞いてんのか」


 ――無駄なことなどない。どんなことも経験しておくものだなどと言う人もいる。

そんなのは理不尽な現実を無理やり納得させるための詭弁だ。

報われなかった時間を着飾るだけの、都合の良い言葉どもめ。


「願いを言えよコラ!」


 ――でもいい。もういいんだ。

もう何もしない。何もしたくない。


「いいかげんにしろよオマエ!」

「……え?」


 季節はまだ冬。

雪が降ってもおかしくないこの日、ついに伊波健太郎は会社をサボった。

もう会社には行きたくない。そう思った瞬間、足が一歩も動かなくなったのだ。

だから公園のベンチに座っていた。

そうしたらいきなり怒鳴られて胸倉を掴まれた。


 なんだ? チンピラかヤンキーにでも絡まれたか?

面倒だな……何もかもが面倒だ。

無視すると余計に面倒なので健太郎は視線だけでも声の主に向ける。


 サラッサラの赤いロングヘア、真紅の大きな瞳に長いまつ毛、つやっつやの肌と唇。

ものすごい美人な、そして派手な女性がそこにいた。

一体何をどうすればこんな美人に怒鳴られて胸倉を掴まれることになるのだ。


「……えーと……」

 

 派手なのは顔だけではない。どこか違和感がある。

健太郎がコートにマフラーという格好なのに対し、この美女が着ているのはベリーダンスなどで見るようなオリエンタルな衣装。


 肩や腹はガッツリ露出していて見ている方が寒い。

全身を覆うような大きな布をまとってはいるが透けていて、セクシーさをUPさせているが防寒性は皆無だろう。

腕や首、耳には金属のアクセサリー。装飾の付いたベルト。

ボリューム感のあるロングのスカートは左右両側にざっくりとスリットが入っていて、そこから白い足をのぞかせている。


 足……? そうか違和感の正体はこれだ。

女性はあぐらをかいていた。

そして宙に浮いていた。

トリックなどではないことは分かる。確実に浮いている。

何だこの人は。意味が分からない。


 浮いているといえば何故か胸だけは白いサラシのような布を2~3周ほど巻きつけただけだった。

そこだけ女ヤンキーみたいだが、そんな布では大きな胸は隠せていない。


「オマエさぁ、アタシ様の話まったく聞いてなかっただろ」


 謎の美女は健太郎の胸倉を掴んだまま凄む。


「……えーと……すみません、聞いていなかったわけではないのですが、ちょっと思い出せなくてですね」

「健太郎クンよぉ? それって聞いていなかったのとどう違うんだオイ?」


 胸倉を掴む手に力が入る。ちょっと苦しい。

目の前の女性は超絶美人だがえらくガラが悪い。


 仕方なく、健太郎は状況を把握しようと試みる。

仕事ばかりの日々なので一昨日のことを思い出せと言われたら自信が無いが、

昨日今日の出来事くらいなら思い出せる。はず。


「……」


 今日は……そう、会社をサボった。

もっと清々しい気持ちになると思っていたが実際はサボりを正当化するための言葉ばかりが浮かんでくる。

仕事漬けの日々で歪んだ責任感とすり減った心はそう簡単に戻るわけがなかった。


 昨夜も終電で帰宅。僅かな睡眠を取った後に始発電車に乗るため家を出た。

駅までの近道として通り抜ける小さな公園。あたりはまだ暗く、とても寒く、人の気配もない。

何かが足に当たった。サッカーボールだ。

転がっているそのボールを見た時、突然何もかもが馬鹿らしくなった。


 自分は今、何のために、何をやっているんだろう。

もう何もしたくない。会社になんか行きたくない。

そしてそのままベンチに座り込んだ。

はずだ。


 しかし今いるここは……少なくともその公園ではない。足元に転がっていたボールもない。

ここはどこなんだ。見覚えも記憶にもない場所だ。

いつ日が昇ったのか、うっすらと明るくなっている。

……明るい? まずい、遅刻だ!

健太郎は反射的に立ち上がろうとして気付く。そうだ、サボる事にしたんだと。


「ふぅ……そうだった……良かった……」

「何もよくねぇんだよ!」


 左右からマフラーを引っ張る謎の美女。

これはさすがに苦しい。

この人、そろそろ何とかしないとヤバそうだ。


「チッ、仕方ねぇなぁ。それじゃあもう一回だけ言ってやる。アタシ様はアアアーシャ! オマエが抜いた魔剣を本体とする魔人様だ!」


 何とかする前に教えてくれた。

謎の美女の名前はアアアーシャ。

アが三回続くとはなかなか言いにくそうな名前だがそれよりも。


「……魔人? 願いでも叶えてくれるんですか……?」


 着ているオリエンタル風衣装も相まって健太郎は願いを叶えるランプの魔人を連想した。

この美女の場合、魔人というよりは踊り子だが。


「そう! それ! それだよ!」


 魔人様はマフラーから手を放すと「やっと話が繋がったぜ」と笑顔で言いながら健太郎の肩をバシバシ叩いた。どうやら正解だったらしい。

肩が痛い。でも笑った顔はとびきり可愛い。


 魔剣を抜いた……?

健太郎はまた思い出す。

 あぁそうだ。さっきベンチに座ろうとした時。そこに何かが刺さっていたのだ。

細く長い棒のようなもの。

その時は傘か何かだと思った気がする。

座るにはそれが邪魔で、だから抜いたのだ。

まさかあれが魔剣だったのか?


「で、オマエの願いは何だ? 世界征服とかやっとくか? このまま首都に攻め込んで、力で政権奪取しちまうか?」


 魔人アアアーシャの顔に邪悪な笑みが浮かぶ。

とびきり可愛い笑顔との差が激しいが、美人はどんな顔をしても美人であることを健太郎は知った。


「……」

「…………」

「………………」

「いや何か言えよ! さっきからアタシ様ばっかはしゃいでんだろ!」

「……はぁ……」


 気が付かなかったが魔人アアアーシャははしゃいでいたらしい。

しかし、願いを叶えるだと? 怪しさのレベルが一気に増した。

これは詐欺か、何かの勧誘か。

とりあえず世界征服に興味はない。


 だが。人間とは思えない程にありえない美貌、見ているこちらが凍えそうな露出の高い格好。

何より宙に浮いている事が「魔人」に妙な説得力を持たせていた。

健太郎はもう一度アアアーシャの足元を見る。やはりトリックの類には思えない。


「で? 願いは?」


 また胸倉を掴まれた。

アアアーシャの頬が先ほどよりも赤いのは怒りのせいだろうか。声も若干ドスが効いている。

ここはもう何かしら願いを言わないとダメな展開のようである。


「……願い……何もないですね」


 しかし考えることもなく即答する健太郎。

このシチュエーションを信じられたのなら、普通なら何を願うか悩んでしまうだろうか。

もしくは何か見返りを要求されるのではと警戒するかもしれない。


 だが何かを欲するという気持ちが今の健太郎にはなかった。

あるのは、逃げたい、やめたい、投げ出したい。そんな感情ばかりなのだ。


「あぁ? そんなハズはねぇよ。アタシ様と出会ったんだからさ」

「……?」

「願いが強い人間と魔剣は引かれあうはずなんだ。だからオマエは何か願い事があるはずだ!」


 何だその仕様。この出会いがそれのせいだというなら故障しているんじゃないのか。


「……いえ、本当にないので。気にせずお引き取りください」

「よーーく考えろ! アタシ様は一つでも多く人間の願いを叶えたいんだ!」


 食い下がるアアアーシャ。

胸倉を掴んだまま睨みを効かせるように顔を近づけてきた。

さすがにそろそろウザい。


「……あのですね……僕、何もしたくないんですよ今。頭を使うのも億劫だし何も考えたくない。だから他をあたってもらえませんか」


 あまりの美しさに思わず見入ってしまうかもしれない顔の距離。

それでも健太郎の頭にはさっさと解放して欲しいしかなかった。

ていうか今の『気にせずお引き取りください』は願い事にならないのか。


「なんだ、悩みごとか? 話なら聞いてやるぞ。それとも愚痴を聞こうか? それならそう願えよ。ソッコーで叶えてやるからさ」


 なるほど……愚痴を聞いてもらう、か。

何の足しにもならないが、少しは気分が晴れるかもしれない。

アアアーシャの提案にちょっと興味を惹かれる健太郎。


「それじゃあ……いや、いいです。愚痴るのも面倒くさい……」


 一瞬そう思ったが面倒くさいが上回った。


「はぁぁ? マジかよ、なんかヤバいぞオマエ」


 願いを言えとすごい圧で迫っていたアアアーシャだったが、健太郎の態度に対し心配の色を見せていた。


「目の下のクマとかすげぇぞ。ちゃんと寝てんのか?」

「いえ……まぁ……」

 

 睡眠時間など足りているわけがない。

適正時間は六時間だっけ? 八時間だっけ?

一日が三十時間あればそれだけ寝れるかもしれない。

いや労働時間が増えるだけか。 


「……確かにヤバいですね。せっかく会社をサボっても頭に浮かぶのは仕事のこと、聞こえてくるのは上司の怒鳴り声です」

「知ってるぜ、オマエみたいに会社に支配されているヤツのこと社畜って言うんだろ?」


 社畜……会社に支配されている……か……。

改めて人にそう言われると、意識してしまうと、ダメだ。なんだか頭痛がしてきた。

こめかみをおさえる健太郎。


「とにかくもう一回、考えてみろよ。な?」

「だから……願いなんて無いですよ。放っておいてください」

「チッ!」


 あぐらをかいて宙に浮いていた魔人はふいに地に足をつけた。

浮いていたときは分からなかったが、地に立った魔人は背が高く細身ながら均等の取れた体型で、アアアーシャは頭からつま先までとにかく超絶に美しい。


 そんな超美人がガシッと音がしそうな勢いで肩を組んできた。

そして今までよりも一層、ぐっと顔を近づける。

サラッサラの前髪が健太郎のおでこに柔らかく触れた。


「なけりゃなぁ、見つけんだよ!」


 この顔から出るとは思えない迫力のこもった声でアアアーシャは言う。

健太郎は、会社の先輩がしょっちゅうやってくるんだよなこれ……なんて思っていた。

その先輩はゴリゴリの体育会系で元ヤンで、健太郎は彼が苦手だった。

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