そこにいたという証
聖宮騎士団のエルネストをスカウトして帰還したオルライト。
エルネストはそのまますぐに自警団を鍛え始める。
ガウルもそれに協力しているようで、さらなる堅牢な守りを期待出来そうだ。
そのオルライトは以前の約束を守り老人と共に海に出ていた。
「どこまで行くのかしら」
「もう少しだ、しっかり掴まってな」
「ええ、分かったわ」
老人の操る船で沖合にある小さな島にある洞窟へと入っていく。
元海賊だと自称するからなのか、海賊の事を知っているからなのか何事もなく入っていく。
「ここは…この島にこんな洞窟があったのね」
「まあな、この島の辺りは潮の流れが急で船は近寄りにくいんだ」
「でも入れたというのは潮を読んでいたという事になるわね」
「ま、仮にも元海賊だ、海の事は熟知してるさ、こっちだぜ」
「どんどん奥に行くわね」
そのままさらに奥に入っていく。
その洞窟は岩肌から水晶石らしきものが露出しており、それが輝いていた。
それには目もくれずどんどん奥へと進んでいく。
「ずいぶん奥まで来たわね」
「この先だ、足元に気をつけろ」
「ええ、ありがとう」
「ここに来るのも久しぶりだな」
「やっぱり来た事があるのね」
その先にあったのは行き止まりの崖だった。
だがその崖には乾いた血がこびりついた様々な武器が突き刺さっていた。
オルライトに見せたかったのはこの崖なのだろうか。
「ねえ、ここはなんなの?」
「ここか?ここは海賊達が最後に来る場所、言うならば墓標だな」
「墓標…じゃあここにある武器って…」
「ああ、死んじまった奴らが残していったもんだ」
「海賊になったという事は、安らかに死ねるはずもなく、人知れず死んでいく…」
老人曰く海賊になる奴らは理由は盗賊と大差ないという。
違いがあるとすれば海に出るか陸で暴れるかの違いでしかないと。
海賊なんて基本的には盗賊と変わらないロクでなし、自由を求めた蛮族なのだと。
「でもなんでここを見せようと思ったの?」
「盗賊も海賊も世間様から見りゃただの悪党だ、でもな、そいつらに何があったのか、だな」
「海賊や盗賊になる理由、という事ね」
「そうだ、賊に堕ちた以上そいつはもう穏やかに死ぬ事は出来ない、看取ってくれる奴もいない」
「そして生き残っても穏やかに生きていくには全てを偽らないといけない…という事ね」
老人が言うには海賊も盗賊もそこに堕ちる理由に大差はないという。
だがどっちもなりたくてなった奴はただの変人なのだと。
オルライトも村で働いている盗賊達の事情を知っているだけに複雑な気持ちになる。
「でもなんで武器を残したの?」
「ここにある武器は奴らが生きていた証なんだ、誰にも看取られず死んでいった奴らのな」
「生きていた証…」
「確かに自分はここにいた、誰も自分の事なんて知らなくても、自分はここにいたってな」
「賊に堕ちるというのはそういう事なのね」
老人が言うにはどんなに国が支援などを充実させてもそこから溢れる奴はいる。
そんなこぼれ落ちた奴らが生きるために賊になる事を選んだだけ。
そしてそうした人にはもはや身内との繋がりはなく、海賊の仲間だけが繋がりなのだと。
「海賊も盗賊も事情があるというのは理解したわ、でも…」
「別に海賊相手に情けなんて必要ない、奴らは結局は悪党だ、悪党に情けをかけるな」
「私はその理由を知ってるから、それでも迷ってしまうのは甘い証拠なのかしら」
「そうだな、確かにあんたは優しい、でもな優しさに流されて判断を誤っちゃいけねぇぜ」
「優しさに流される…私に正しい判断が出来るのかしら」
老人が言う優しさに流されて判断を誤るなという助言。
優しい事は決して悪い事ではない、だが優しさで判断を誤るならそれは甘いだけだと。
海賊は結局は悪党でしかない、殺せとは言わずとも慈悲は必要ないとも。
「海賊も盗賊もそこに堕ちた以上、安らかに死ぬ事は許されない、そういうものなのね」
「国の軍隊に討伐されるか、海に沈んで帰ってこないか、賊なんてのはそんなもんだ」
「そうね、でも少し考えるわ、ありがとう」
「それとそこの箱に多くはないが金貨がある、必要なら持って帰って金にしてくれ」
「…これは持って帰れないわ、それにお金には困っていないもの」
崖に置いてあった一つの木箱。
その中にはかつて海賊達が奪った金貨があった。
老人は必要なら持っていっていいと言うが、オルライトはそれを持ち帰る事はしなかった。
「帰りましょうか」
「海賊もこの時間は静かなはずだ、しっかり送り届けるさ」
「頼むわね、おじ様」
そのまま洞窟を出て村へと帰還する。
老人の言っていた通り海賊に遭遇する事はなく村へと帰り着く。
帰ってから老人に美味い酒があったら教えてくれと言われた。
複雑な気持ちになったが、それでも優しさで判断を誤らないように戒めるのだった。




