退かぬ媚びぬ省みぬ
ある国のローゼンブルク領のシュタインヒューゲルにある貴族の家。
そんな貴族の家にとても大きな声が響き渡る。
その大きな声の主は家の娘で次女であるオルライトの声。
どこかの世界の聖帝のような精神の持ち主でもある。
「お父様!どういう事なんですか!」
「相変わらず声が大きいな、言った通り婚約の話だ」
「婚約なんて聞いていません!」
その大きな声は娘のオルライト。
父親の持ってきた婚約の話に対して上げていたようだ。
「私は婚約なんてするつもりはありません!」
「しかしだな、家のためでもあるのだ」
「い や で す!」
「はぁ、そういう反応が返ってくるのは想定はしていたが、声をもう少し小さくしてくれ」
「こほん、私は嫌です、婚約なんてするつもりはありません」
その頑固さはもはや帝王や何かのそれのようでもある。
まさに退かぬ媚びぬ省みぬを体現したような性格。
父親も婚約の話こそ持ってきたものの、この反応も想定済みだったようで。
「私は婚約なんてしません、結婚なんてしたら自由がなくなるもの」
「…ならばこちらも条件を出そう、それを達成出来なかった時は婚約をしてもらう」
「条件?それさえクリアすれば結婚しなくていいのね」
「そうだ、ただし期限を設ける、その期限以内に達成出来ればだ」
「分かったわ、婚約を回避出来るならなんでも聞いてあげるわよ」
父親も想定の範囲内だったのか、そのまま話を切り出す。
仮にも家族で娘の性格は熟知しているのだ。
その条件というのは…。
「ローゼンブルク領の東側は分かるな」
「東側?あの小さな村があって農産物とか魚なんかが有名なところよね」
「そうだ、そこの領主が病で倒れて仕事が出来なくなった、そこの領主代行をしてもらう」
「つまりそこの領主代行を私がして、お父様の出す条件をクリアしろと」
「そうだ、条件は4年で住民を10000人にするか、税金を1000万納める事だ」
出してきた条件は2つ、4年で住民を10000人にするか税金を1000万納める事。
そのどちらか片方でも達成すれば婚約の話はなかった事にするという。
オルライトは即答でその話を快諾する。
「分かった、その話やり遂げてあげるわ」
「いいだろう、村の村長には連絡を入れておく、すぐにでも向かっていいぞ」
「ええ、それではただちに向かわせてもらうわ」
「約束は守ってもらう、それは忘れるな」
「ええ、見返してあげるから見てなさいよ」
そのまま啖呵を切って部屋を出る。
そして自室に戻り手際よく荷物をまとめ上げる。
さらに父親に言われたからなのか、従者もついてくる事となる。
「オルライト様、馬車はすでに用意出来ていますよ」
「キスカ!まさかあなたも来るの!」
「お父上様に共に行きあなたを見ているようにと」
「…まあいいわ、キスカ、あなたも私に力を貸して、いいわね?」
「分かっていますよ、どうせ退かぬ媚びぬ省みぬなのですから」
従者のキスカはオルライトの事をとてもよく知っている。
なので今回の同行者に選ばれたのだろう。
そのままオルライトと共に馬車に乗りヴァッシェングロースへと走り出す。
「その村ってローゼンブルク領の東側よね」
「はい、ローゼンブルク領の最大都市であるテュアヴァッサから離れた場所です」
「確かヴァッシェングロース村ね、そういえばそこって伝承の地よね」
「そういう記録は残っています、ですが今はローゼンブルク領の小村に過ぎません」
「そう、まあいいわ、婚約回避のためにやってあげようじゃないの」
そうして馬車はローゼンブルク領のヴァッシェングロースへ向かう。
オルライトの嫌な事を回避するための力は本物である。
4年という期限の中でどれだけやれるのか。
オルライトの領主代行としての婚約回避への戦いが始まる。