私の推しはママ友の香織さん
不揃いの箇所を揃えました。
内容は変えていません。
今日の香織さんも美しかった……
いま私は、スマホで撮影した香織さんを眺めて悦に浸っている。
小学4年生である息子の、同級生のママが香織さんだ。
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転校生が来た、と息子からは聞いていた。今年の春に引っ越してきた香織さんとは、保護者会で初めて顔を合わせた。
美人でスタイルも良く笑顔が優しい。物腰は柔らかく話し方も落ち着いていて、誰とでも気さくに話す。
子どもは娘が1人。チラリと見たが既に美人だ。
(どちらに転ぶかな)
同級生のママに、香織さんと同じようなポジションの佐々木さんがいる。彼女も博愛主義よろしく、どんな人とも気軽に接する。
そんな彼女の下した結論は、優しくしない、だ。
同族嫌悪か、隣の芝生が青く見えたのかもしれない。
無視はしないが自分からは話しかけない。
話しかけられても笑顔を見せない。
香織さんと仲良くしようとする者にも同じ対応
イジメ……なのだろうか。
香織さん自身は気がつかないフリなのか、笑顔で対応している。大人だ。
と、思っていたある日、息子が難しい顔をしていた。理由を尋ねると、転校生のはるかちゃんについて悩んでいると言う。
「女子がはるかちゃんに話しかけない」
「無視じゃない。はるかちゃんから話しかければ話してる」
「休み時間? いつも1人だよ」
「今日は給食の途中で気持ち悪いって保健室に行った」
「そのまま早退したけど大丈夫かな」
これは、親の空気を子供が読んだ結果か、それとも遊ぶなと言われているのか。子供に影響が出るのはよくない。
正義感の強い息子は、学校からのお便りと宿題を誰が届けに行くか揉めていた女子から、「自分が届ける」と取り上げたと言う。我が息子ながらアッパレだ。
「お母さんも一緒に行くよ。急に男の子が行ったら驚くだろうから」
そして突然家を訪ねた私たちを出迎えた、香織さんの疲れた表情、それでも絶やさない笑顔に私は射抜かれた。
惚れたとかではない。
応援したい、推しにする!! と決めた瞬間だ。
それからの私は、外聞を気にせず、香織さんの普及活動を始める。学生の時からアイドルの追っかけをやっていた私は、馬鹿にされるのは慣れている。
まずは、子供の問題を解決することにした。
我が息子は親バカ目線で中の上のルックスだ。そして高学歴の夫の血が濃かったのか、頭は良い。運動神経も良い方だ。友達も多い。
「息子よ、由梨ちゃんに声をかけて、はるかちゃんを家に呼んで」
由梨ちゃんは幼馴染で隣のクラスだ。彼女も正義感が強い。まずははるかちゃんの友達づくりからだ。
幸運にも作戦は成功し、はるかちゃんに笑顔が見られるようになった。クラス内では息子が目を光らせている。自然と女子もはるかちゃんに話しかける子がでてくるようになった。
一番人気の男の子が無自覚に、女子は転校生に冷たいんだな、と言ったからかもしれない。結局は俺が何を言ってもイケメンの一言には負ける、と息子は少し落ち込んだが、それは仕方ない。
次は香織さんだ。
私は数少ないママ友に、まずは香織さんがいかに謙虚で心優しいかを事あるごとに口にした。
はじめは急になんだ、と私に対して引いたママ友たちだが、さすが私とママ友をやっているだけはあるのか、私の香織さん推しを温い目で見守るようになった。
行事の時はこちらから声をかけ、他のママ友も交えて話したり、一緒に写真を撮ったり、香織さんに対して応援してます! という姿勢を隠さなかった。彼女も本当は不安だった、と涙ぐんだり感謝されたり、と良い関係を築けた。
そんな弱気な彼女を見ていた佐々木さんが、溜飲を下げたのか、自分が上だと思ったのか、急に香織さんと仲良くし始めた。なんの下心もなさそうだ。
複雑な心境だが、彼女も楽しそうだし良しとしよう。
私の楽しみは、香織さんの冴えない表情が輝く笑顔に変化していく写真を見る事になっていた。
やはり美しいものは美しくあるべきだ。
そんなある日、息子がまた難しい顔をしていた。尋ねると、私の事で悩んでいた。
「お母さんが、気持ち悪いって」
「誰って……はるかちゃんが……はるかちゃんのお母さんが、はるかちゃんのお父さんに話してるの聞いたって」
「……知らないよ、好き好き言われて気持ち悪かったんじゃないの?」
私はその日から、香織さんに話しかけるのをやめた。
彼女はそれに気づいたが、もう別の友人がいるし、始めは気にしなかったようだ。
けれど周りは違う。あれだけ騒いでいた私が何も言わなくなり、ママ友たちが反応した。なんとなく私に同調する者が現れはじめた。
また、冴えない表情に戻る彼女を見たが、私はもうどうでもよかった。もう推しはやめたから。
息子がはるかちゃんを好きなようだ。
私に似て熱しやすい。
もしかして息子も気持ち悪がられるのだろうか。
子供だからといって、救ってもらった恩を忘れるようならば、私は許さない。
母親は許したけれど、2度目はない。
あなたを推しにして、どこまでも追いかける。