第41話 サウンドブースター
オーストラリア中部に、月夜を舞う1機の機械神があった。彼女はティアラのみを乗せて、単機で作戦行動に入ろうとしている。それは本来、女神マリオン専用の装備であるサウンドブースターを試す為であった。
サウンドブースターは、女神マリオンの聖なる歌を増幅させて放射する為の装備であり、決してそれ自体には兵器的な特色はない。ティアラは惑星ソラスに於いて使われずにいたこの装備を使い、デスイーターの挙動を調べようとしていたのだった。
『本当に一人で大丈夫なんですか?』
通信機からは心配そうな声色のウテナの声が聞こえる。ティアラは微笑むようにして目を瞑ったまま、メインモニターを切り替えた。そこにはネールリンドバウムのブリッジの様子が映し出される。ウテナの後ろには同じように不安そうな表情のエクステリナも居た。
「心配はいりませんわ。ちょっとアナトの特殊装備を試したいだけですから」
なにしろこの装備は、惑星ソラスの魔導大戦時には既に開発され、装備もされていた。そしてフレームの更新の度に配備はされていたのだが、未だかつて一度も作動させた事のない装備であった。それ故に、ティアラは単独での実験に挑んだのだった。
「それにもしもシステムが暴走したとしても、アナトは必ず送り届けますわ」
ニッコリとティアラが微笑む。しかし、ウテナはその言葉に引っ掛かりを覚えて、ティアラの顔を覗き込むようにモニター横のカメラににじり寄った。
『ティアラさん!ちゃんとあなたも帰ってこなくちゃダメですよ!』
ほっぺたを膨らませて抗議するウテナをモニターに見ながら、ティアラは再度微笑んだ。
――この方は本当に、あのウテナ様によく似ていらっしゃる。いえ、この世界の同位体であるのだから当然ですよね…。本当に愛らしい…。
そんな事を思いながら、モニターに大写しになったウテナの顔をティアラは眺めていたのだった。
『ティアラさん、聞いてますか?!』
ウテナの大声に耳を塞ぎながら、ティアラは愛想笑いを浮かべる。
「聞いていますよ。ちゃんと私も帰りますから、そんなに興奮なさらないで」
『約束ですよ?』「ええ、誓いますわ。必ず戻ります」
そうしながら周りの景色を映し出す別のモニターに目を移すと、眼下には既にエアーズロックと、それを取り巻くように蜷局を巻いたユルルングルの姿があった。1キロメートルもの長大なその化け物は、どうやらご就寝中のようだった。偶に大きく呼吸するような動作以外のアクションは見られない。
だが、その周りを這う蛾の姿をした化け物達は、毒の鱗粉をばら撒きながら、忙しなく活動しているようだった。
「…禍々しい姿ですわ」
ティアラは目を細めると、嫌悪したような表情でそれを一瞥した。そしてコンソールを一旦仕舞うと、モニターに微笑むようにして呼びかけた。
「アナト、準備は良さそう?」
話しかけられた相手である機械神は、ほんの少しの間の沈黙の後に、落ち着いた声音で答える。
『はい。使ったことのないシステムでしたので多少の苦戦はしましたが、何とか起動できそうです』
「さすがね。まあ、本来の聖歌システムではなく、超音波発生装置程度の使い方をするだけだし、大丈夫よね?」
『恐らくは…。ただ前回、前々回のフレーム更新の際、それ以前のユニットのままで組み込まれていますので、1千年ほど前のシロモノです。何度も言いますが、保証は一切できません』
「わかってる。それにマリ母様用のシステムだから、私に扱えるかどうかも謎よね」
『はい。そちらに関しても保証はできかねます。聖なる者が使役するシステムなので、勇者の力を持つとは謂え、魔王の力もお持ちのオトメディア様にシステムが反応してくれるかどうか…』
ティアラは操作グリップを強く握りしめていた。相反する二つの力を持つ彼女は、これまでにもその反動に何度も苦しんでいた。ソラスでの冒険の間に、幾度その為に血を吐き、倒れ伏したかわからない。
ましてや、今使おうとしているシステムは女神専用である。魔王の力に反発し、再び世界から弾き飛ばされるような目に遭わないとも限らないと、ティアラは思っていた。
「でも、やらなきゃね。私は勇者、そして魔王の子よ。そう簡単には死ねない身体をしているの。聖歌システムよ、それを思い知らせてあげるわ」
決意のようなものを口にしながら、ティアラは自身の両頬をビタン!と強く叩いた。真っ赤に頬が染まると、痛みからか目の端から薄っすらと涙が零れた。そしてブンブンと激しく頭を振ると、ようやくオトメディア…いや、早乙女ティアラは正面を向いてレバーを引いた。
「聖歌システム起動!アナト、バックアップお願い!!」
『了解。極力姫様への負担を抑えてみせます』
アナトの胸部外装が開くと、そこには人の頭の大きさほどの結晶体が二つ現れた。それこそが聖歌システムと呼ばれるユニットの一部であった。月の光を浴びて、結晶体は美しく輝く。そこにティアラの魔力が注入されていくと、更にその輝きは増した。
薄紫色だった結晶体が、どす黒く変色を始める。しかし、月の光を浴びたその輝きは妖艶で、直視すれば心を溶かされそうな、そんな妖気を放った。
『オトメディア様、闇の魔力値が高すぎます。光の魔力である勇者の力を発動してください。そうすれば安定します』
「わかってる!でもね、そんなに簡単に発動できないのよ!私の中の魔王も目を覚まそうとしているの!」
ギリリとティアラは歯を食い縛る。その口元からは、唇を思い切り噛んだが為に血が流れ落ちていた。相反する二つの強大な力に、ティアラは耐えた。アナトもその苦しみを和らげる為に、その背中の翼から膨大な闇エネルギーを放出していく。
やがて真紅の翼は徐々に黒く染まり、天使の翼を思わせていたその形状も、悪魔のそれを思わせる姿へと変質しつつあった。ティアラの顔や腕からは、膨れ上がった血管がビクビクと波打ち、口からは普段は隠している牙をも姿を現していた。
『姫様!!』
アナトの声が、気を失いかけていたティアラを一瞬正気に戻す。しかし彼女は溢れ出る闇の力に抗えず、再び目を閉じたのだった。
――オトメディア…
それは遥か遠くから聞こえる、懐かしい声だった。
――しっかりしろ、オトメディア
力強く励ます声。それは彼女が大好きだった父の声。
――何をやってるのかしら~。まったく。さんざん小さい時から鍛えてきたのに、肝心な時に気を失うなんて、なってないわね~
少しプンスカしているが、それでもどこか温かみのあるその声は、実母の声だ。
――パパ…ママ…私…失敗しちゃった…
気付けばティアラの目の前には、泣きじゃくる幼い頃の自身の姿があった。
――泣いてても仕方ないでしょ?いつまでしゃがみ込んでるつもりなの~?はい、立~つ!立派な魔族の貴婦人は、ちょっとの失敗じゃ泣かな~い!
――そうだな。勇者の因子を持つ者なら、立ち上がれるよな?
優しく手を伸ばす父の傍らで、母ネメシスは腕を組んで仁王立ちしている。母の様子を見ながら、ティアラは差し伸べられた父の手を握った。
――よーし、起き上がれるね?いち、にぃ、さーん
ふわりと宙を舞うような感覚にティアラは驚きながら、いつもどんな時も娘達に優しかった父の笑顔に微笑み返すと、そのまま空を飛ぶようにして自身を照らす光の根源へと身体を向けた。するとそれまで見ていた夢のような世界は、彼女の後方へと光の速度で流れて行ったのだった。
気が付けば、アナトのコックピットのシートの上だった。
ティアラは辺りを見回すと、軽く溜息を吐いた。
『姫様、お見事です。光の魔力によって安定起動しております』
アナトの声が優しくティアラの鼓膜に響いた。アナトの言うとおり安定しているようで、各種計器類は正常に動作していた。そして後ろからの光が気になってバックモニターを確認してみると、そこには先程までの漆黒の翼ではなく、眩く黄金色に輝く天使の翼が見てとれたのだった。
「父様…いえ、パパ…ありがとう…」
幼い頃を思い出し、オトメディアは父に感謝の言葉を呟いていた。
娘達に甘々な勇者王ユーヤ・クノンは、天上に昇り勇者神と呼ばれても、相変わらず甘々なままであったようだった。




