第23話 支援艦隊の到着
羽蟻達との攻防のあと、小規模な行軍はあったものの、比較的ヒュージアントの侵攻は少なくなっていた。それが何を意味するのかは今は判らない。しかし、そのおかげで国連軍環太平洋艦隊…SDFの到着までMSXは持ち堪える事が出来ていた。
その環太平洋艦隊を束ねているのは、SDFの草薙海将補…久能の右腕とも云える男で、インテリチックな眼鏡が印象に残るが、意外にもザックリとした人物である。
「そういうわけでウテナちゃん、暫くは僕らも君達の支援に回れるから、よろしくね」
「…草薙海将補…そのウテナちゃんと云う呼び名はやめてください」
草薙はウテナに不機嫌な顔をされて、頬を掻いている。そんな遣り取りを見ていたエクステリナは首を傾げている。
「あのう…海将補、お二人は知り合いなのですか?」
草薙はエクステリナの方を向いて微笑むと、軽く指を眉間の辺りに添え、眼鏡を上げる。
「申し遅れました。僕はウテナちゃんの未来のお兄様になる予定の草薙宗二郎と申しまして―」
「はいはい。自己紹介はいいから、草薙海将補殿は自身の艦に戻ってくださいな。やる事は沢山あるんですよね?」
「ウテナちゃん冷たいなあ。お姉ちゃんの婚約者に、それはないんじゃないかい?」
エクステリナが思わず「え!?婚約者!!?」と声をあげるが、それに構わずウテナは草薙を押しやっている。そのウテナの口元からは「めんどくさいめんどくさい。こいつ本当にめんどくさい」といった言葉が漏れていた。
そう、草薙宗二郎は月詠財閥総帥、月詠咲耶の婚約者である。
草薙家は月詠家に代々仕える分家筋であり、頭脳明晰でSDFでもそれなりの地位に居る彼を、早いうちから咲耶の祖父は目を付けていたらしく、二人が高校3年生になった頃には婚約させていたのだった。
その婚約パーティーにはウテナも呼ばれており、それ以来の付き合いである。
「なんだいなんだいウテナちゃん。学生の頃は『宗二郎お兄様』なんて呼んでくれていたのに、連れないなあ」
「草薙海将補、今は任務中です。少しはわきまえてください」
キっと草薙を睨み付けるウテナを、エクステリナは不思議そうに眺めている。この二人の関係に疑問を持ったようだったが、その答えはすぐにウテナの口から告げられる。
「エクステリナ、気を付けてくださいね。この御仁はかなりのプレイボーイです。気を緩めるとスルスルと引き寄せられますからね!」
エクステリナも合点がいったようだったが、苦笑いを浮かべていた。ウテナの周辺…いや、その姉の咲耶の周辺の人物はこういう人達ばかりなのだろうかと想像しているようであった。
「おやおや、エクステリナ大尉。何か失礼な想像をしていないかい?」
「いえ、気のせいです。海将補、挨拶もお済になったようですし、そろそろご自分の艦にお戻りになられては?」
エクステリナの言葉に、草薙は絶望したような表情をしてみせる。
「ああ!君もか!君までも僕を邪険にするのか!」
「海将補、お二人の言うとおり、お早く艦にお戻りください。佐官達が指示を待っております」
「え、おい、月島一佐。まだ僕は妹とその仲間達との交流が…」
「いいからお戻りください」
草薙は、月島一佐と呼ばれた腰まで髪を伸ばしたスタイルの良い女性士官に引き摺られるように、強制的に退場させられていく。どうやらこの士官も、草薙の取り扱いには慣れているようだった。数名の男性士官達も、草薙を取り押さえるようにガッチリと肩を掴んでいた。
その様子をウテナとエクステリナは笑顔で手を振って見送ると、月島一佐も優美な笑顔と共に敬礼して、その場を後にしたのだった。
「貴女の…と云うか、貴女のお姉様の周囲は賑やかなようね…」
「まあ…想像どおりよ。エクステリナ」
二人は顔を見合わせると、どちらともなく吹き出し、笑い合う。そして空母さざなみの甲板から、食堂へと移動をする。時間は15時、彼女達にとっては、大事なティータイムの時間に差し掛かっていたのだった。
補給を受けられたおかげで、食堂の食材も新鮮な物が入り、サラダをエクステリナが注文し、ウテナはポテトチップスを携えていた。そして、二人のカップにはココアが注がれている。カップから洩れる白い湯気が、甘い香りを周囲に漂う。
この1週間ほどは補給物資も切れかけ、甘い物を口に出来なかった事もあり、二人は愛おしげにその香りを堪能していた。
「ああ、いい加減コーヒーにも飽きていたので、この甘い香りに癒しを覚えます~」
「本当ね。マナドリンクの数十倍…いえ、数百倍の癒しだわ」
甘い香りと二人の至福の笑みを見たクルー達も、釣られるようにしてココアを注文している。そんな中、マイペースを保つ男が居た。彼は普通にいつもどおりにコーヒーを注文し、片手には惣菜パンを抱えていた。
「エクステリナ、隣りは空いていますか?」
「ええ、ジード。哨戒任務はどうだったの?」
「まあ、ここ数日と変わりなしでしたね。動きはなく、ジャングルの中に大人しく潜んでいるようでした」
「ブラジルや他の国はどうなんです?」
ジードの返答にウテナが更に質問をすると、ジードは微笑みながらコーヒーを口に入れる。
「ベネズエラ、ガイアナ、エクアドル、それにペルーの解放は進んでいますがギアナ、スリナム、そしてブラジル北部は未だに危険地帯と云える状態ですね」
「南部はどうなの?」
今度はエクステリナが質問する。その問いに関して、ジードは少し難しい表情をしている。
「私は北部しか回っていないのですが、SDFの情報によるとサンパウロから南には暗雲が漂っているそうで、しかもその範囲ではレーダーなどのセンサー類が機能しないそうで、状況が掴めないようなのです。」
「でも、そっちにはヒュージアント達はいないのでしょ?」
「ええ、ただ…この状況は…」
「別の妖魔が潜んでいる、そう思うべきね」
ウテナの左隣に、ココアとサラダスティックを抱えた梶が、着席しながら呟く。3人は目を瞑り、その呟きに同意していた。
更にウテナの右隣にはメルティがフライドポテトを抱えて着席する。
「まあ、呻いていても始まりませんよ。取り敢えずは粛々とアリどもを撃退しましょ」
「あ、メルティ、受取ありがとう。月詠重工からの荷物はなんでした?」
着席しながらポテトを口に放り込み、ウテナに促されるようにメルティは受領書を読む。
「えっとねえ、アナト用のニアオリハルコン製の装甲部材に、遠隔誘導射撃装置となっていますね。あとは、試作したアナト用の大太刀と、MSX専用戦闘機F2-AX2型が3機。それと陸上戦闘歩兵…?なんだろこれ?」
ウテナが横から受領書を覗き込み、溜息を漏らす。どうやら思い当たる物があるのだろう。
「恐らくこれって、戦闘用ロボットの試作品ですね。うちの姉のサインもありますし、間違いないです」
そこへジードの隣りに、フライドチキンを山盛りにしたラドクリフが、上機嫌な表情で座る。
「そのとおりだ特別中尉。取り敢えず陸上用と云う事で、陸戦部隊が預かるぜ」
「最新兵器ですか。せいぜい振り回されないようにしてください」
ジードは皮肉をこめてラドクリフに告げながら、照り焼きサンドを口に運ぶ。そんなジードに対しても、今のご機嫌なラドクリフはニコニコしながら返答している。
「ああ、乗りこなしてみせるさ。羨ましいだろ?がっはっは!」
エクステリナとウテナ、そしてメルティは苦笑いをしつつ、ココアを口に運び目を見合わせる。梶は目を瞑ったままで、何事か思案しているようだった。
こうして支援艦隊到着のその日は、何事もなく平和な時をウテナ達は過ごしたのであった。
そうして、日々ヒュージアントの駆除を続ける中、SDFがギアナ高地にて巨大な横穴を見つけたのは、それから1週間の時が経ってからであった。




