第1話 神託の子
人攫いに両親を殺され、奴隷商人に売られた少年。
そして登場する漆黒の男。物語はゆっくりとだが確かに動き始める。
ガタゴトと馬車は何処かに向けて走りだした。一体何処に連れていかれるのか、不安な子供達を乗せて。
男の子はなるべく隅の方に寄って、空腹感と戦っていた。転生前の経験上、こういう時に空腹を訴えたならば暴力が襲ってくるのだ。
飢えや乾きをしのぐ方法は男の子はよく知っていた。
どれくらい走っただろうか。不意に馬車が止まり、痩せた男は仲間たちに向かって言った。
「そろそろメシにするぞ!商品達にも餌をくれてやれ!死なれちまったらかなわん!」
気がつけば周囲は夜の帳が下りてすっかり暗くなっていた。
「ほらよ、餌だ。食え」
痩せた男はそう言うと子供達1人1人に薄い野菜のスープと固くなった黒パンを配った。
子供達は互いに顔を見合わせると固くて齧れない黒パンをスープに浸して食べ始めた。男の子はとりあえずご飯をくれるだけマシな人達のようだと思い、他の子に倣って黒パンをスープを浸して食べ始めた。
生きている。父さんと母さんは死んだのに自分は生きている。男の子の目から涙が滔々と溢れた。それでも肉体は貪欲に生を求めて食物を飲み込んでいく。
ほぼ同時刻、リンドブルム最大の国家ラハム帝国帝都中央教会、創造神ベルセリアを祀ったその教会に1人の男がベルセリアの像ー6対の翼を持つ美しい顔立ちの長身痩躯の男性ーに傅いていた。黒くうねる髪が微かな風に揺れる。黒いマントがふわふわと揺れた。
『急な呼び出し、済まなかったな』
威厳ある声が男の頭に響く。
『表を上げよ。我が勇者』
月光が差し込みステンドグラスが後光の様に像を照らし出し、その光は男の姿を鮮明にする。
男は眼帯を着けた彫りの深い顔立ちの鷲鼻で褐色の肌に翡翠の瞳が憂いを帯びて像を見上げていた。腰に剣を帯び全身を革鎧やブーツ、マントに至るまで黒で纏めている。
「用事とは?」
何処か色香のある低い声で男はベルセリアにたずねた。
『うむ、実はだな……それが、そのだな。異世界転生者の少年を保護して欲しい』
どこかバツの悪そうにベルセリアは答える。男は怪訝そうな顔をしてざり、と無精髭の生えた顎を撫でた。
『すまぬ、彼奴の気まぐれで我が世界に輪廻転生させてしまったのだ』
「はぁ…それはなんとも」
『今は奴隷商人に囚われて帝都の闇市に向かっておる。少年を手に入れよ、手段は問わぬ』
「奴隷商人?」
男の眉間のしわが深くなる。
『そうだ、少年の右の瞳には彼奴が我が印を刻んでおく、後は好きにせよ。ではな』
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
慌てて立ち上がる男を置いてベルセリアの声は遠ざかって行った。はぁ、とため息をついて、男はマントを翻し教会を後にした。
食事を終えて、少年は片隅で立膝になって微睡んでいた。
ー。
声がする。
ー。
幾重にも重なった声が少年を呼んでいる。
『やっぱ難しいわコレ。
ん、おお、リンクしたね。よしよし』
聞き覚えのある澄んだ少女の声。少年は微睡みの中で思い出していた。
『やっほー調子はどうだい?
まぁ生きてるから何とかなったかな?』
少年は夢現にその声を聞いていた。返事が無い事にも気にかけず、声は続ける。
『キミを保護してくれる人が居るんだよ、その人に分かりやすくする為にキミにー。あぁまた認識出来ないか。とりあえずこの世界の神様の印を目印としてつけるよ!ちょーち痛むかもだけど、男の子だから我慢してねー!』
瞬間右目に焼ける様な痛みが走り、少年は夢現から現実へ引き戻された。
馬車は今は止められ、男達はテントで眠っているようだった。見張りが1人、立って此方を睨んでいた。
少年以外の子供達は皆眠っており、少年も痛んだ目をゴシゴシ擦ると眠る為に今度は丸まって横になった。
睡魔はすぐに少年を攫っていった。虫の音だけが辺りに響いている。
ちょっと短いですね。
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