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藤次は兄が好きではない。
昔から母上の愛情を独り占めされている気がしてならなかった。
なにより母上の兄に対する感情は自分に対するそれとは違っているように感じていた。
母上に連れられて、初めて浦山に登ったときに兄と出会った。
兄は母上を見つけるとすぐに走ってきた
「誠之助、元気だった? ははは、顔が煤だらけじゃない」
「母上、誰? 」
「誠之助が藤次のお兄ちゃん。藤次が誠之助の弟ね」
それが俺達兄弟の初顔合わせであった。
急にそんなことを言われてもいまいち実感がわかず、
そもそも自分に兄弟がいるなんて聞いていない。
里の者は誰もそんなことは教えてはくれなかった。
帰り道、母上に訊いた
「母上、俺は弟なのか」
「そうよ、藤次は弟。でも里の者に言っては駄目。約束」
母上にそう言われてしまっては守るほかない。
でも里にいる間、兄の事が気になって仕方がなかった。
なので会いに行くことにした
「おや、藤次じゃないか」
浦山へ行くと爺さんが一人いた。ここで刀を作っているそうだ。
そんなことよりも、兄に会いに来たのだ。辺りを見渡すがいない。
「なんじゃ、誠之助か。もう少し待っておれ、直に来る」
待つこと数分、兄が薪を背負ってやってきた
「よっ」
なんて言えばいいかわからず、とりあえず声をかける。
「おお、藤次。わざわざ来てくれたのか」
兄は何故かとてもうれしそうにしていたので、俺もなんだかそんな気分になってしまって
「まぁな」
なんていって笑った
それからというもの、兄の元をちょくちょく訪れるようになったが
兄が里を訪れる事は決してなかった。
なんでも、兄は里には入れないのだという。
理由を訊くと、母上との約束だと言われてしまった。
そう言われてしまってはこれ以上訊くことはできない。
藤次は、自分が会いにくればいいだけの事なのだからと納得していた。
兄は浦山以外の事は何も知らなかった。
考えることといえばどうすれば簡単に木が切れるようになるか。
そんな事ばかりを考えているのだそうだ。
それで退屈ではないのかと訊いたら、他に考えることがないと言った。
確かに兄の生活にはそれが重要なことなのだが……
何で兄がこんな生活をしているのか、母上に訊いたことがある。
「藤次、それはね。誠之助は霧ノ宮であって霧ノ宮でないから」
「どういうこと? 俺の兄ちゃんなんだろう? 」
「そう、でも誠之助の父親は霧ノ宮ではないの。だから里には入れない。」
父親が違うというだけで里に入れない兄のことを不憫に思うものの、何故かとてもつまらない者に思ってしまった。
そう、出来損ないや、欠陥品のように思えて、自分よりも下のもののように思えた。
それからというもの兄を憐れみの目で見るようになっていた。
こんな山奥で煤や泥にまみれて生きる兄に優しくする母上もきっと俺と同じ思いなのだろうと思っていた。
でも、それが違うのではないかと思ったのは、母上が兄の頭を撫でている所を見た時だ。
自分が一度も母上に頭など撫でられたことなどないことに気が付いた。
そのことに気づいてからというもの母上の対応がいちいち気になりだす。
何がそんなに違う、兄と何が違うのか。
それが気になって兄の行動を盗み見るようになった。
兄は俺のそんな気持ちなど知りもしないで、優しくしてくる。
優しくされると余計に兄が嫌いになっていった。
そんなある日、初めての仕事が決まった。
城を一つ落として来るというものだった。
母上も初めての仕事は同じ内容だったらしい。
だからなのか、この仕事をこなせば母上に褒めてもらえるような気がしていた。
よくやったと、頭を撫でてくれるのではないかと。
そんな期待をしつつ、初仕事を成し遂げて帰って来た俺に、
母上はよくやったとは言ってくれなかったし、頭も撫でてはくれなかった。
ただ、それが霧ノ宮だといわれた。
わかっているよ母上。
霧ノ宮が暗殺を生業としていることは、そんなことわかっている。
毎日毎日、その為の鍛錬をしているんだから。
俺が言って欲しかったのそれじゃない、ただ褒めて欲しかっただけなんだ
ただ頭を撫でて欲しかっただけなんだ。
今度は褒めてくれるだろうか、この戦でどうか褒められますように
そんな事を願ってしまう藤次であった。