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原形動詞同士

 身体を引き裂かん勢いの激震。

 それによって、精神が撃沈。

 ありえないまでの未調整の衝撃が襲いくる。

 あまりに窮屈な部屋に、彼女は押し込められている。背中にごわごわした感触があった。触ってみると、どうやらそれが紙である、ということはなんとか解る。何が書かれている紙か。確かめたかったが、そこまで身動きできないし、第一思うように動けない。身体が麻痺しているかのようだった。

 ここはどこだろう。大山は、自分を覆う存在を見てみた。球形であり、上部が透明、下部が青色、ということだけ解った。

「なんなんだろ、これって、まるで――」

 ガシャポンみたい。

 言いかけて、大山は周囲を見た。すると、なんということか、頭上、いや大山の周囲には、無数のカプセルが積まれていた。無論、その中の一つ一つに、美男美女が封入されていることは言わずもがな。

 しばし大山は自分の置かれている状況と、記憶が途切れるまでのことを思考し、欺罔されたことに気づいた。

 あのドラキュラ、これが商売だったのだ。なんということだろう。自分はドラキュラの商品だったのである。せっかく磨き上げた美も、これでは活用できない。

 狭いことこの上ない空間で、溜息を漏らした時、またも周囲が激動する。視界が反転し、感覚も非日常へと落ちてゆく。

 激しく脳を揺さぶられ、大山の思考は混濁し、天地も解らぬ体であった。やがて平穏が訪れるも、それは束の間の安息。鼓膜を突き刺す音が、上部の崩壊を引き連れて出現する。

 自分はこれからずっと小人のまま、見ず知らずの人間の玩具になるのだ。

 飾られるのならば、まだいい。もしダブッているなどと言われ、即座に捨てられたりしたらどうしようか。

 安堵の息を吐く権利すら剥奪された大山は、天を仰いだ。自分を買ってくれたのは誰だろう。

 巨大な指が、彼女をカプセルから丁寧に取り出す。彼女は、掌で転がされていた。反抗しようとしたが、動けない。痺れが残っているのだ。しかし、じょじょに彼女は麻痺の喪失を覚えた。

 今なら動ける。えいやっとばかりに彼女は動き、巨大な掌から転げ落ちた。

 硬い道路に身体を打ちつけたが、どうということはない。アリがその軽い自重がゆえに、高所から落下しても平気なのと同原理なのだろうか。

 疑問を感じていると、身体に急激な変化が訪れた。なんと、見る間に身体が膨張してゆくではないか。

 視界に存在する全てが縮小してゆく。それにつれ彼女は大きくなり、ついには元の大きさに戻った。

 身体を動かしてみた。何かおかしい。なんだろう。いいや、おかしくなどない。少しもおかしくはない。だからこそ、彼女は違和感を覚えていたのだ。

 そう、身体に馴染み深い痛みや違和感が、すっかり失せていたのである。どういうカラクリなのか解らないが、それでよかった。彼女は、胸がすっとするのを覚えた。

 手を動かすと、円滑に動いてくれた。少し周囲を駆けてみると、走るとはこういうものだったのか、と思い出すような感覚があった。

 しばらくはしゃぎ回った後、彼女は、自分の購入者を見てみた。

「あ」

 声が重なった。大山の目の前にいたのは、霊崎努その人だった。

「君は? 君は誰?」

「え? 私は、大山だけど……」

 あまりに心外だった。いくら自分を美と認識していなかったとしても、顔くらい覚えているだろうに。

「だって、その髪、全然大山さんらしくないよ」

 失礼ね、と言い、大山はバッグから手鏡を取り出し、驚いた。そこに映っているのは自分であり自分でなかった。

 未加工の自分が、見つめ返している。気が遠くなるほどの時間と金をつぎ込んだというのに、得た結果全てが水泡に帰してしまった。

「まあ、いいや。とにかくさ、君、大山さんの名を騙るのはやめなよ」

 霊崎の言葉は、半ば意識と重ならなかった。ずれてしまい、意味のほとんどがこぼれ落ちてしまっている。

「しっかし、これが新商品とは驚きだなあ」

 霊崎努が、フィギュアとともに入れられている説明書を、しげしげと眺めている。そこで、大山の意識が明確化した。慌てて彼女はそれをひったくり、そして見た。


 新シリーズ。素朴な味わい。自然美の追求。


 あろうことか、加工済みの自分は更なる加工を受けたらしい。

 数学的に言えば、元の位置から三百六十度変わってしまったようなものである。

 首筋を触ってみたが、噛まれた痕はない。衰弱せぬ美は得られなかった。代わりに、酷い仕打ちだけが残された。

「ねえ、君、本当の名前は?」

 霊崎努が珍しく、自分に興味を持ってくれている。社内では、このようなことは決してなかったのだが。ひょっとして、これは好機なのかもしれない。

 胸の内を、さらけ出してみよう。英語の動詞でいえば『原形』となった今、彼女には否定される美など断片すらない。想いを伝え、結果として拒絶されたとしても、己の全人格を踏みしだかれるおそれはないのだ。

 深呼吸してから、彼女は今まで閉鎖していた想いを伝えてみた。

 霊崎努は少し驚いたようだったが、かぶりを振った。

「駄目なんだよなあ。一歩先に進んでいる人じゃないと駄目なんだ」

「……え?」

「人工的な美男美女の次は、きっとこの手のものが来るんだろうと思っていたんだ。だから、僕はこんな姿だけど、これは先を見越しての計算さ。さあて、次はどういった感じのが流行るのかなあ」

 霊崎の口調は実にのんびりしていたが、大山は理解できず、目を白黒させていた。

「大丈夫だって。君が大山さんだってことくらい、雰囲気で解るよ。僕を好きということもね。でも、それだけじゃ、僕は君に関心を向けないよ。もっと先を見越してなきゃあ。見飽きたフィギュアのような人間になるなんて、芸がないね。さあて、そろそろ整形しようかな」

 うーん、と霊崎が伸びをしてから、顔をしかめ、背をさすっている。

「あ、あなたも整形していたの?」

 素朴な青年、霊崎が整形をしているとは到底思えない。それに、美しい、格好いいという雰囲気とは無縁の彼が、一体どこをどう改良したというのだ。どうにも解せない。

「ま、ともかくさ、美を求めるのは大変だってことだよ」

 過去完了形、過去完了進行形、過去形、過去進行形。

 現在完了形、現在完了進行形、現在形、現在進行形。

 未来完了形、未来完了進行形、未来形、未来進行形。

 英語の時制のごとく、容姿を安易に変えることは、愚かなことなのかもしれない。しかし、結局、僕達は原形に戻らなければならない。

 謎めいた言を吐き、彼は去ってゆく。

「ちょ、ちょっと待って!」

 言うと、霊崎は軽く右手を挙げて、こう答えただけだった。

「身体は、いくらでも変えられる。でも、心はどうかな? それにね、君は進行形とかじゃなくて『原形』のままの方がいいよ。美に執着して心身を砕いていくのは、僕一人だけで十分さ。君は、TOの後ろにい続けさえすればいいんだよ」

「待って!」

 彼女は追いかけようとしたが、ふいに彼は消失していた。

 何が起きたのか。目をぱちくりさせる彼女。


 ――君は、TOの後ろにい続けさえすればいいんだよ


 TO――T・O――豊昭・大橋――大橋豊昭。かつて感情に任せて、捨ててしまった男の名である。

「あるがままの私を受け入れたあの人と……一緒にいろってことなの? ねえ、教えてよ、霊崎君」

 しかし、答えは返ってこない。代わりに、冷たい風が大山をなでるばかりだった。


 ネタバレなしの後書きなので、ご安心を。


 男女の思考はとてつもなく違うように思える。や、思えるどころか事実そうなのであろう。男は女に比して、腕力、つまり物理的能力に長けている。だから、女は劣る物理的能力を精神面で填補しようとしているのではなかろうか。そう考えると、色々と合点のいくところがある。

 表情からその人の感情を汲み取る能力も、女性の方が圧倒的に優れている。運命を信じてしまう女性が多いのも、自分の直感に自信があるからなのだろう。対して、男性は精神面をそこまで磨いておらず、自分の直感はあまり信じていないから、運命はあまり感じないし、信じない。

 さて本作は、飽くなき美の探究に命を懸けた女性の物語である。ここまでくると、一種のトラウマなんじゃないか、と思えるが、でも多くの女性は基本的にそうなのでは、と思ったので、書いてみた。女性は男性のことをよく単純などというが、女性もそうだろう。褒められたら異様なまでに喜ぶし、外面を磨きまくっているのは内面に自信がないことの裏返しともとれる。男性が人知れず努力している姿に惚れ込みがちなのも、他者への評価をもらえずとも努力できる、つまり女性にはない男性特有の自己内部に存する確固たる価値観に惹かれているのである。主人公大山は、そういう女性の典型として捉えて欲しい。しかし、結局、彼女が得た解答は――

 ネタバレになるから伏せるが、こういうことなんじゃないか、と考えているので、そういう方向に持っていった。何が正解で、何が不正解かなんて決まっているわけではないが、こういう考え方もあるんだな、と読後に感じ取ってもらえれば幸いである。


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